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襲撃の100号室

 うぅ……。俺、どれ位眠ってたんだ……?

 ボヤける視界を何度か(しばた)かせてから、体を起こす。

 俺の特徴で、朝起きると時は必ずベッドの下へ転がり落ちるというものがある。それが起こってないということは、まだ朝ではないのだろう。

 だからと言って、夕方というわけでもなさそうだ。

 辺りは静寂に包まれた暗闇なのだ。

 いま何時だ?

 咄嗟に手が伸びる先は、右側のポケット。スマホのある方だ。

「あ、こっちじゃねぇ……」

 寝起き特有の掠れた声で呟き、左側のポケットへ手を伸ばしなおす。

 そして金色の学院証を取り出す。

 暗闇の中でもほのかに発光し、見失いにくくなっている。

 こういう所、すげぇーよな。

 そう思いつつ、学院証を裏返す。すると銀色の時を刻む文字が浮かんで見えた。

「うおっ。これも魔法なのかな……」

 発光するというレベルでなく、飛び出て見えるのだ。日本でも3Dという技術はあったが、ここまで局所的に使うことが出来ていただろうか。

 まだ出来てなかったような気がするぜ。

 この世界には驚かせられてばかりだ。

 そんな思いを持ちながら、俺は浮かぶ銀色の文字に意識をもっていく。

 20時47分。

 あー、21時にはなってなかった。良かったー、ご飯食べられる。

 慌てて体を起こし、俺は無人の部屋から出ようとする。

 あれ? 鍵ってどうやって閉めるんだ?

 鍵なんて持ってないんだけど……。まぁ、いいか。いまはそれよりも夕飯だ。

 鍵は掛けられないが、それでもしっかり扉は閉めて大広間に向かった。


 案の定と言うべきだろうか。大広間は閑散としていた。21時まで設けられた夕食の時間。対していまは20時50分。夕食タイム終わりの10分前だ。そんな状況でまだ食事をしている人が大勢いるはずが無い。

 残っているのは、この大きな部屋に15人ほどだ。俺はその人たちを一瞥してから、こちらに背を向けて台所に立つフフに声をかける。

「夕食、貰いたいんだけど」

「はい」

 先ほどとは違う、さらに寮母っぽい雰囲気を醸し出している。そしてその正体はメイド服の上に着られたエプロンにあると気づく。

「今日はソーホーの炒めものです」

「そ、そーほー?」

「はい。こちらで取られる肉の名前です」

 牛肉や鶏肉と似たようなものなのか。

 そんな考えを巡らせているうちにフフは白いお皿の上にソーホーの炒めものをよそい、それを黒色の四角いお盆の上に乗せる。

 それから二つあるコンロの隣にある大きな釜の中からご飯をよそい、それも同じお盆に乗せ俺に渡す。

「あ、ありがとうございます」

 俺はそう言いながら、お盆を受け取る。

「それよりも、カーミヤくん」

 背を向けて誰もいないテーブルに行こうとフフに背を向けた瞬間、声がかけられる。

 俺は視線だけをそちらに向け、なんだ? と目で問う。

「まだお風呂に入られてないのでは?」

「あぁー、そうだな」

 自分のボロボロになった学生服を見てからそう答えると、フフは明らかに面倒くさそうな溜息をつく。

「な、なんだよ」

「初日から時間を守らない人だとは……」

「別に、破りたくて破ったわけじゃねぇーよ。ただ、寝てたんだよ……」

 口先を尖らせ言い訳をする。

「あらら……。まぁ、でも今日来たばかりですもんね。疲れているのも仕方ないのかしら」

 困った人だわ、と言いたげな目で俺を見てからフフは右腕を持ち上げる。そして、左手人差し指で腕のあたりをポンッと叩く。

 刹那、フフの右腕に銀色の文字が浮かぶ。俺が何度か見た銀色の文字。

 暗闇では浮かび上がることすらする銀色の文字。そう、時刻を知らせるあの文字だ。

「えっと、今が20時52分だから……。もう女子の時間始まっちゃってるかは23時以降の一時間消灯までなら自由に入っていいわよ」

「え、まじっすか?」

 正直言うと、風呂の時間のことは忘れてた。けど、風呂入れねぇかもって思ってたからラッキー。

「まじっすよ。でも、その時間は本来の時間に都合が合わない人のための時間だから、混浴になるけどね」

 フフは小さく笑いながらそう言う。

「混浴かよ。んなら、それを狙う奴もいるんじゃねぇか?」

 たとえ魔術を学ぶための学院と言っても所詮は男と女。しかも、思春期真っ只中の、だ。異性を意識しないでいるやつのが少ないだろう。

「それは無理よ。わたくしが理由を聞いて、許可を出した者以外は入っちゃいけないルールだから」

 小悪魔的な笑いを見せるフフ。一見したらいたずらっぽい笑みに違いないはずだ。しかし、俺はその笑顔が妙に怖く感じられた。

 破るものなら、容赦なく制裁を加える。そんな意図すらあるように思えたのだ。


 混浴に入る許可を貰った俺は、誰もいないテーブルで腰を下ろす。

 しっかりと湯気の上がっているソーホーの炒めものに俺はお箸で掬う。

 どうやらこの世界にもお箸という概念はあったらしい。

 だがお箸という名前ではなく、スティークという名らしいが。

 いい感じに焦げのついたソーホーという肉を口に入れる。

 おぉ、なんて言うか……ホルモンみたいな食感だな……。

 そんな感想を抱きながらご飯と一緒に咀嚼(そしゃく)していくこと10分。盛られたソーホーの炒めものとご飯はなくなっていた。

「ふぅー。普通に美味かったな……」

 独り言を呟いてから俺は席を立ち、お盆を持つ。


「美味かったっす。ごちそうさまです」

 台所に立つフフにそれを持っていく。

「お口にあったようで何よりです。お風呂の時間、間違わないようにね」

 慈愛に満ちた声でフフはそう言い、お盆を受け取る。

「りょーかいっす」

 お盆を渡した俺は、そう残し100号室の部屋へと戻って行った。



***



 あぁ、これからどうしようかな……。

 入浴出来るまではあと二時間近くある。スマホも使えないので、現代っ子の俺にはどうやって時間を潰すべきか分からない。

 そう思いながら俺は鍵を閉めなかった……というより閉めることのできなかった扉の取手に手を伸ばす。

 キキィーっと蝶番が軋む。

 こういう所寮らしいな。

 小さく笑みを零し、俺は扉を開けた。瞬間──

「な、なんだよ……これ……」

 掠れる声が自分のものとは思えない。部屋を開けたのは、およそ20分。その間に何があったらこうなるんだよ……。

 目を見開き、立ちすくんでしまう。

「ど、どうしたの……?」

 すると後ろから今日何度も聞いたマリアの声がした。

「あっ……え、っと……、こ、……これ」

 全てを理解することができないまま、俺はただ呆然としたまま小刻みに震える手で室内を指した。

「何よ」

 疑うような目で俺を見たマリアは、お風呂上がりなのだろう。頭にはタオルを巻き、白い肌はほんのりと蒸気している。

「……う、うそ……でしょ?」

 部屋の中を見たマリアは、目を見開き、その場に崩れ落ちた。


 部屋の中は、荒らされていたのだ。しかも強風が吹いて置いてたものが散らばったとかいう段階ではなく、完全に人の手によって荒らされている。

 俺の方は俺が寝たから多少なりともベッドメイクは崩れていただろう。しかし、シーツ全てを外すようなそんな寝方はしてないと、断じて言える。

 さらに寝てないはずのマリアのベッドもめちゃくちゃにされている。

「……」

 現状を把握しようとすればするほど、どういった状況なのかということが分からなくなる。

 クローゼットも全部開けられており、中身も全て出されている。

 俺の方は制服と、スエット、それから多少のボクサーパンツとシャツがシーツを剥がされたベッドの上に投げ出されている。マリアの方は、制服と私服5着ほど、それからブラジャーとパンティーが同じくベッドの上に投げ出されている。

「み、見ないで!」

 その状況に気がついたのだろう。マリアは風呂上がりだということで、少し紅くなった頬をさらに紅くして荒らされた部屋へと駆け入ろうとする。

「行くな!」

 だが、俺はそんなマリアを強く静止する。理由は簡単。現場を荒らせばその分、犯人逮捕が遠のくと、俺のいた世界で知っているからだ。

「で、でもっ!」

「でもじゃねぇ。この状況を作り出したのが誰かを突き詰める方が先決だ」

 マリアは下着が丸出しで恥ずかしいという気持ちと自分がこれから生活が初日から荒らされたという恐怖の狭間にいるのだろう。

 全身を小刻みに震わせながら立っていたマリアは、遂にその場に跪いてしまう。

「大丈夫……か?」

 そう訊く俺の声は震えていた。俺だって怖いのだ。異世界に飛ばされて、今日から暮らすと分かった部屋がその日に襲われた。もし仮に、俺が目覚めることなくまだ眠っていたならば……。俺はそのまま息の根を止められていたのではないか?

 そんな考えすら過ぎって不安や恐怖といった感情が渦巻く。

 マリアはそんな俺の質問に小さく首肯する。

「どうかなさいましたか?」

 そこで大広間に繋がる扉が開き、声がした。フフだ。

 妙な安心感を覚えるのを感じた。出会って間もない大人の女性。でも、強くて頼りがいのありそうな、そんな女性に俺は……頼ろうと思った。

「誰かに部屋が荒らされました」

 状況把握はまだ完璧とは言えないだろう。でも、マリアよりは冷静で状況を把握出来ている。そん考え、自分のものとは思えないひび割れた声でフフに言った。

「何ですって!?」

 フフはエプロンを外そうとしていた手を止めて、慌てた様子をみせる。

 そして俺の横に立ち、部屋の中を覗き込んだ。

 やはりそこには、先程俺とマリアが見たのと同じ荒らされた部屋があった。

「自分たちでした……ってことは、ないですよね?」

 驚きを隠せない声で、フフは確かめるように訊く。俺たちは揃って首肯する。

「ですよね」

 フフは顎に手を当て、困惑顔を浮かべる。悩んでいるのだ。この後の処置について、一体どうすることが正解なのか、ということを。

「警察とか、この世界にはないのか?」

 自分の家が荒らされたなどという経験はない故に、こういった時の対処法はどうしてもすぐには思いつかない。でも、何かあった時の警察だろう。

警吏隊(けいりたい)は存在するわ。でも……」

「こういった強盗に関しては知らんぷりよ」

 座り込んだまま、マリアは俯き気味で告げた。

「なら一体どうすればいいんだよ!」

 わけが分かんねぇ……。警吏ってやつらはどんな仕事してんだよ……。

 とめどなく溢れる怒りが口調に現れる。大きく張り上げた声は、マリアどころかフフすらも威圧するものがあった。

「わ、わるい……」

 囁くようにそう呟き、俺は一歩後ずさる。

「とりあえず、わたくしが知り合いに連絡してみるわ」

 そこでフフが口を開いた。

「知り合い?」

 マリアが掠れ震えた声で訊ねる。

「えぇ。誰も現場に入っていないのよね?」

 フフは確かめるように俺の顔を見る。俺は無言で頷き、肯定の意を示す。

「なら。刹那の轟よ 閃光以て 凍結せよ」

 フフは人差し指と親指を立て、小さな子どもがよく作る銃を両手に作り、それを重ね合わせ四角を形成する。そして、それをまるでカメラのように、荒らされた部屋に向けて、そう唱えた。

 瞬間、視界に白い何かが映り込む。何かは分からない。だが、一瞬にして辺りの気温がグッと下がったということだけは理解できた。

「な、何を……」

 俺は思わずたじろいだ。荒らされていた部屋がそのまま凍結されていたのだ。

 霜がおり、真っ白になっていた。

「現場を崩さないでおくこと。これが大事だから」

 どうやらこちらでもその考えはあるらしい。だが──

「流石にやりすぎだろう」

「しかし、このまま保存しておくにはこの方法しかございません」

 フフは当然のことを言うようにサラリと告げる。

「ンなことしなくてもいい。一旦解除してくれ」

 やりきったといった表情を浮かべるフフの肩に手を置き、俺は言う。

「何をする気ですか?」

 フフは俺に疑いの目を向ける。

「現代日本を舐めんなよ」

 口端をキッと釣り上げ、不敵に笑う。するとフフは、一瞬だけですよ、と渋々凍結させた部屋を元に戻す。

 氷が溶ければ水が出る。それは日本に……いや地球で生活するものなら誰でも知っている事象だろう。しかし、ここはそんな常識は通らない。溶けた氷は、存在しなかったように跡形もなく消え失せたのだ。

「流石は異世界だぜ」

 誰にも聞こえないほど小さな声でそう呟き、右側のポケットに手を突っ込みスマホを取り出す。

 そして、電源ボタンを軽く押しホーム画面を表示させる。それから、右下にあるカメラのアイコンをタップし、カメラアプリを起動する。

「これが俺らの世界の保存方法だよ」

 カシャ。

 目映いフラッシュと同時にそんな音がする。

「な、何の音かしら?」

 驚いた様子で俺に近寄るフフに、俺はギャラリーアプリを開き、先程撮ったばかりの写真をみせる。目の前に広がる荒らされた部屋と同じ部屋が綺麗に、収められている。

「こ、これは……一体何ですの?」

「これはスマホのカメラ機能を使って撮った写真だ。って言っても、この世界の者には分かんねぇーかもだけどな」

 自嘲気味にそう告げ、俺は加える。

「ちょっと中入っていいか?」

 自分で入るなと言っておきながら、自分から入ると言い出すなんて……。傑作だわ。

 だがそれも、現場検証の為だ。

 フフが首を縦に振ったのか、それとも横に振ったのか。しっかり確認する前に俺は部屋に入る。

 そして、あらゆる角度から写真を撮っていく。もちろん、マリアの下着もだ。

 不幸の中の幸運だな。しっかり脳に焼き付けておかないとっ。

 およそ15枚、写真を撮り終え俺は部屋の外に出る。

「終わったぜ。おい、もう入っていいぞ」

 恥辱にまみれた顔で俺を睨むと、マリアは急いで部屋に入りベッドの上に散らばった下着類を隠し始める。まぁ、遅いんだけど……。俺の脳内にもスマホ内にもバッチリと記録してあるから。

 純白のブラジャーとパンティー、あれは多分セットだろうな。それから、水色と白色のストライプの──

「バッチリ覚えてるでしょ!」

「いーや。全然。もう忘れた」

 チラッと舌を出して、そう答えるとマリアはさらに顔を紅くする。

「そんなことよりも、無くなった物とかないか?」

 これは明らかに誰かに荒らされている。だから何か盗られている可能性がある。

 正直俺は盗られる物などない。俺の所持品は、今着ているボロボロの学生服と学生ズボンの右側ポケットに入ったスマホ、左側ポケットに入っている学院証だけだからだ。

 にしても、なんでこの部屋なんだ……?

 狙いはなんだ……?

 そこで俺は思考を切り替える。仮に、この部屋が狙われたのではなく、たまたまこの部屋が一番に荒らされたことに気がついたのでは……、と。

「なぁ、これはマズイかもしれねぇ」

「どういうことですか?」

 俺の言わんとしていることが分かっているような、そんな表情で聞き返してくるフフ。

「いや、もしかするとここだけじゃ無いかもしれない」

「それは大変です!」

「俺はこのまま真っ直ぐ行く。フフさんはあっちの200号室の方をお願いします」

 転校してきた異世界人である俺は、そう言い放ち廊下を駆け出した。時を同じくして、フフも200号室の方へと駆け出した。

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