プロローグ2
薄明かりの森―
「彼」達が目的を果たした同時刻、数キロ離れたこの森はとてもざわついていた。
「いたか!」
「いや!」
「そっちはどうだ!」
「いたぞ!あっちだ!!!追え!」
軍服のような服をまとった男が3人、大声を上げながら森の中を走っている。
森には何百年たつ背の高い木が沢山生い茂り、足元には木の根が蛇のように脈々と地を這い、その根にはコケが青々と生えていた。
日中は観光スポットとして専門家が観光客を連れてくる人気の森である。
この、神聖な森を黒い人影が横切る。
木々の間から洩れる月明かりにたらされたその姿はとても美しいものであった。
月光に照らされて、つやつやと光る金髪をなびかせ走っている。
深い海をたたえた青い眼、白磁の肌に非常に均整のとれた顔をしていた。
優しさと哀愁を帯びたその顔は、芸術家や画家が一目したら、ため息をつき、恍惚とした顔でモデルを懇願し、作品をこぞって作るであろう。
「美の女神の化身」とでも表現できる人物で、細身な体つきではあるが、残念だが「女神」ではないようであった。
走っている姿が「黒い人影」に見えたのは、この人物が黒い上着とズボンを着用しているからだろう。手にはなにやら透明なビニールファイルに入った紙の束が握られている。
「いたぞ!こっちだ!」
声は「黒い人影」のすぐ後ろで聞こえた。
先ほどの3人の男性と声が違うことから、どうやら捜索員はまだ他にいるようだ。
(おいつかれそうだな…)
「黒い人影」は後ろを確認した。未だ、捜索員の姿は見当たらない。
休むことなく走り続けていると、森の木々が少なくなり、渓谷へとたどり着いた。このあたりの渓谷は深く、谷の間には川がながれ、轟々と音を立てている。
(このあたりに橋があったはずだが…)
当たりを見渡して、「黒い人影」は愕然とした。
鉄製の、ワイヤーが何重にもかけられ、何トンもの重量に耐えれるように設計された橋が、みるも無残に堕ちているのだ。
最近、地上では天変地異とでも言えるような災害が多く発生していた。
この橋も先日の大きな嵐で堕ちてしまったようだった。
もう逃げ道はなくなってしまった。
「さーて、ここで終わりだな」
「おとなしく捕まればいいものを!」
捜索員が「黒い人影」をとらえた。
「本部に引き渡す前にたっぷりかわいがってやろうぜ」
一人から下卑た声が聞こえた。
「黒い人影」は会話を聞いても、表情ひとつ変えずたたずんでいた。
一人の捜索員が一歩近づいたその瞬間…
「!!!」
「おちていきやがった…」
「黒い人影」は背中からまっさかさまに谷へ落ちて行った。轟々と流れる激流に飲まれ、沈んだまま浮き上がってこない。
「…この激流の中だ、…死んだな」
「っち!これだから気位の高い美人さんはよ!」
「まあ、いいじゃねえか、仕事は終わった。撤収だ!」
男たちが去り、再び静けさを取り戻した森の緑がだんだんと鮮やかさを増してきた。
夜明けがきたのである。
こうして、長く、騒がしい一夜が明けたのであった。