7話 「イメチェンよ、イメチェン」
問◎脇役には脇役にしか出来ない事がある。それは何か。簡潔に述べよ。
答☆カツアゲされる。
(脇役検定2級練習問題集 俺達だって人間だ!〜目立つモブキャラとは〜より抜粋)
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最近は毎朝、主人公検定の勉強ばかりしていたのだが、つい先日その検定があった。手応えとしてはまあまあだが、やはり結果が返ってくるまでは何とも言えない。
検定が終わったので、勉強する必要も無くなったのだが、朝の勉強が習慣になったのか、勉強していないとソワソワする。
という事で、気分を変えて普段なら絶対に勉強しないであろう、脇役検定の問題集を持ってきた。
恐らく誰もいないであろう教室の扉を開く。
「………………ん?」
普段なら誰も登校していない時間帯の筈なのだが、どうやら俺は2着だったらしい。
俺は先に教室にいた奴の席まで歩く。
「よっ、我楽希。何してんだ」
俺の数少ない友人の1人、春日原 我楽希は何やら机に広げられた本と格闘していた。
「んー駄目だ。やっぱり僕には無理っぽいや」
そう言って我楽希は本を閉じて、腕を伸ばす。
「駄目って、本を読む事がか?」
「そ、昨日生徒会の先輩から本を読んでみろって言われたんだけど、小さい字をずっと眺めるの苦手なんだよね」
「そりゃそうだろうな……………」
我楽希が先程閉じた本に視線を移すとそこには、表紙にどでかく『六法全書』と記載されていた。
そりゃ俺も無理だわ。法律とか興味ないもん。
「一体何がどうして読書に六法全書を選んだんだ」
「いやぁ僕が先輩に読む本を持っていませんって言ったらコレ渡されちゃって……」
「お前は生徒会でイジメにでも遭ってんの?何なら助けてやろうか?」
「お気遣いなく。それに助けるって言っても透真、生徒会って基本一筋縄ではいかない人達だらけなんだよ?」
「実際に会った事ないから分かんねえよ。そもそも俺は生徒会役員の名前なんてお前くらいしか知らねぇし」
「せめて生徒会長の名前くらいは知っておきなよ……………」
この学園の生徒総数はかなりのものだ。俺も詳しい数は把握出来てはいない。
その中のほんの数人、生徒会役員を全員知っているなんて奴は同じ生徒会役員くらいなものではないのか?
それに、ここの生徒会は役員選挙などが存在せず、生徒会長直々に指名して役員が決められるらしい。
我楽希も勿論そうやって役員に選ばれた。
何故選ばれたのかと何度もしつこく尋ねてみたが、それははぐらかされた。
しかし役員選挙が存在しないとなると誰がどの役職になったかなんて全然分からない。
加えて行事などであまり表に立たない事が生徒会役員の知名度の低さに拍車をかけている。
「生徒会長なんて、今後の学園生活で関わる事ないんじゃないか?」
「意外と目立つ人だから会えばすぐに分かると思うよ。それに、透真ならきっと気に入られると思うしね」
「俺のどこを気に入るかは聞かない事にする。つーか我楽希、お前がこんな朝早くに登校するなんて珍しいな」
我楽希は重たそうな瞼を擦る。その様子から普段より幾らか早く起きた事が分かる。
「読書の為…………って訳じゃないけど、ちょっとした仕事だよ。生徒会の」
「そうか、そりゃご苦労さん。佐藤先生来るまで時間あるし寝ておけよ」
「お言葉に甘えさせてもらうよ………ふあぁ」
大きな欠伸を1つして、我楽希は机に突っ伏した。
すぐに小さな寝息が聞こえてきたので、相当眠かったのかもしれない。
生まれてこの方、生徒会に関わった事がないので仕事内容なんて知らないが、決して楽じゃない事くらいは分かっているつもりだ。
今は寝かせておいてやろう。
そう思って我楽希の机を離れた時、
「大ニュースですよっ!!春日原さん田中さん!大大大ニュースです!!」
勢い良く教室の扉が開かれて、星叶が入ってくる。
その音に驚いて飛び起きた我楽希の表情が泣きそうだったのは見なかった事にしてやろう。
大ニュース、と聞いて真っ先に思いつくのは俺にとって吉報ではない。
何か悪い事が起こった時にニュースだ、と思う。
そんな訳だから、星叶が大ニュースと叫びながら教室に入って来た時思わず身構えた。
しかし、星叶の嬉しいんだか困ってるんだか分からない表情で力が抜けた。
星叶は走っていたのか息が上がっており、普段は白い肌が僅かに朱を帯びている。
「大ニュースなんですよ……」
「取り敢えず落ち着け星叶。椅子にでも座れ」
俺は自分の隣の席を後ろ向きにさせて星叶に座らせる。これで俺と星叶が我楽希と向かい合った形になる。
我楽希が腕を組んだ上に頭を置いているが、シクシクと聞こえるのは気のせいだろうな。
我楽希の肩を叩いて、頭を上げさせる。少し目が赤いのは気のせいだろうな。
聞く準備が出来たので俺達は星叶に視線を向ける。
俺達以外には誰もいない教室は、普段では考えられない静寂を醸し出し、星叶の真剣さを後押ししているようだった。
星叶がスゥと息を吸った。
「これは、私がたまたま職員室で目にした事なんですが………」
思わずゴクッと唾を飲み込む。
こう言っては何だが、星叶に真面目な話は似合わない。もう少し明るい話題ならまだ違ったのだろうが、星叶の表情から察してそれはないだろう。
星叶は少し長い溜めを置く。どうやら言って良いのか悪いのか迷っている様だ。
俺達は星叶を見て、頷く。
今から聞かさせる事を、俺達は他言しない。そういう意味合いの頷きを星叶に送る。
それを見た星叶は決心したように目を閉じて、
「佐藤先生が、ごけっこ━━━━」
「はい撤収」
「おやすみ透真」
「最後まで言ってないじゃないですかー!」
俺がパンパンと手を鳴らし、我楽希は呆れた様に睡眠の体勢になった。
「ホントなんですよー!信じて下さいよー!」
俺の胸ぐらを掴んでゆさゆさと揺らしてくる星叶。それを肩に手を置いて止めさせる。
「なぁ星叶、お前は明日世界が破滅すると聞いて信じるか?」
「そんなレベルで信じられないんですか!?」
星叶が言おうとしていた事、それは恐らくというより確実に佐藤先生がご結婚って言おうとしていたのだろう。
まぁ確かに佐藤先生も良い年だし、結婚して家庭を築くのも悪くはない。先生も滅多にこの学園から出ないから、お相手は同じ学園の教師かな?はたまた、学生に手を出すという冒険をしたのかもしれない。
しかしだ、佐藤先生と数年間接してきた俺や我楽希に言わせれみれば、そんな現実は存在しない。
誰が信じる?明日世界が滅ぶと聞いて、日本が無くなると聞いて、本州が消し飛ぶと聞いて、自分達の学園が破壊されると聞いて、誰が信じるというのだ。
要するに佐藤先生の結婚は、明日地球が宇宙の塵と化す、くらいに信じられない出来事なのだ。
「そもそもどこから結婚っていうワードが出てきたんだよ………………」
「それは佐藤先生の机に結婚情報誌が乗ってたんですよー!」
「そりゃ多分アレだ、付録の理想の結婚相手と結婚時期とかそんな感じの奴に興味があったんだろ」
「でも子供が表紙の本もあったんです!」
「あの人、教師になる前は保育士目指してたらしいぞ。意外と面倒見とか良いし、子供大好きだし」
子供の前になると普段の佐藤先生とは思えないくらいに優しくなる。その優しさはただ甘やかすだけでなく、間違った事を間違いだと教えられる優しさだ。
因みに佐藤先生の机にそういう情報誌が置かれている事はしょっちゅうある。
結婚もしたいのだろうが、何でもかんでも生徒優先の良い先生である。
そう星叶に伝えると、肩の力を抜いてフゥと息を吐いた。
「私の勘違いだったんですか……………佐藤先生のご結婚」
「今はまだありえないってだけでいつか結婚する可能性はあるけどな。でも、あの人は教師やってる限り結婚しないと思うぞ」
佐藤生徒は身だしなみさえちゃんとしておけば貰い手なんて幾らでもある。
「でも、私は佐藤先生から聞いたんですよ」
星叶がポツリと呟く。
「………………何を?」
我楽希も気になったのか、眠そうな目を擦って頭を起こした。
「佐藤先生がクラスに大ニュースがあるから楽しみにしておけって言ったんです」
そこで結婚情報誌が目に入れば、そりゃ大ニュースは結婚と思うだろうな。
「大ニュース、か。それもクラスに……一体何なんだろ」
「佐藤先生少し嬉しそうでしたから、悪い事じゃないと思うんですけど………………」
「そこまで気にする事でもないだろ、どうせ答えは佐藤先生の口から聞ける訳だしな」
「ま、そうだよね」
そう言って、我楽希は欠伸をして再び眠りに就いた。
俺もそろそろ勉強しなければと思い、椅子の向きを元に戻す。
星叶も少し考えながら自分の席へと戻って行った。
俺達が話終えて数分後、女子生徒が1人教室に入ってきた。
この時間帯で登校してくるとなると、恐らく山田さん辺りだろうな。
俺は特に気に留める事もなく脇役検定の問題集を解き進める。えーと、問5は……間違いか。意外と脇役への道は厳しいな。
女子生徒がペタペタとスリッパの音を鳴らしながら俺の近くまで歩いてくる。
そして俺の隣席に通学鞄を置く。そこの席は山田さんなので、やはり彼女で正解だったのだろう。
「おはよ」
山田さんの挨拶。
「うーす」
それに俺も軽めに応える。この流れも結構習慣になってきたな。
このクラスは基本、俺が1番最初に登校してくる。次に星叶、そして山田さんが登校する。
星叶は登校してきた後、小説を読んでいたりするのでやはり活字が好きなのだろう。新聞部って言ってたし、佐藤先生が。
俺は専ら検定の勉強をしているので、俺と星叶のが間に会話はあまり生まれない。そんな時に山田さんが登校してくる。
高校に入って初めて知り合ったが、かなり付き合いやすい人だ。あまりサバサバしておらず、媚び過ぎず、ザ・平凡女子みたいな所が良い。
俺が朝に勉強するようになってから話すようになったが、そのきっかけは挨拶だった。
初めて話した時も多分こんな挨拶だったと思う。
それからというもの、毎日挨拶を交わす程度の仲にはなれた。
残念ながらフラグが立っている様子は見せてくれないが。
そういえば、山田さんは星叶が話していた大ニュースとやらについて何か知っていないだろうか。
「なぁ山田さ━━━━」
そう、尋ねようと思って顔を上げた先にいたのは━━━━赤髪の誰かだった。
「……?何、どうかしたの」
「誰!アンタ誰!山田さんを何処にやった!?」
「失礼過ぎるでしょ!アタシよアタシ!アタシが山田!」
「嘘つけッ!俺の知ってる山田さんは黒髪で主張が控えめなポニーテールで眼鏡がよく似合う純日本人だぞ!」
目の前にいる女子生徒は赤、というより濃い目のピンクに近い色の髪を腰まで伸ばし、水晶の様に透き通った瞳でこちらを見ていた。
この学園の制服を着ているから、かろうじてここの生徒だと判る。が、それがなければ何処のアニメの住民だ、とツッコんでいる所だ。
アニメの住民はその場でクルリと一回転すると、
「イメチェンよ、イメチェン。なんだか今日に合わせていろいろと変えなきゃいけない気がしたのよ」
そんな突然なイメチェンがあってたまるか。
しかし目の前にいるアニメの住民の声は確かに毎朝聞いてきた山田さんのモノだった。
「にしてもそれは変わり過ぎだろ……………今も山田さんかどうか疑わしい所なんだけど」
「まぁこればっかりは信じてもらうしかないわね。でもこの格好になってあまり良くない事が起こるし、早ければ明日元に戻すわ」
そう言ってヒラヒラ〜と手を振るアニメの住民、もとい山田さん。
「良くない事?何かあったのか?」
「あまり思い出したくはないけど………………実は今朝、変態が出てきたのよ………………」
「変態………?」
「あのッ……変態、めぇ……!思い出すと腹が立つ!」
普段温厚な山田さんを激怒させるとか一体どんな猛者だよ。
というよりこの学園に変態なんか存在していたのか。そっちの方が驚きだ。
山田さんが、再びその変態に巡り会わなければいいのだが。
因みにその変態と俺は既に出会っていたが、この時の俺には知る由もなかった。