3話 「……やった…やりましたー!私、能力使えました!」
問◎強い力を有する主人公が自分の力を出し切れない場合、どのような原因があるか。具体的に述べよ。
答☆自分の能力を理解しておらず、使いこなせていない。…………か、敵方の美少女に手加減をお願いされたか。
(主人公検定4級練習問題より抜粋)
♦♦♦
俺は初めて実感した。
時が止まる感覚を。
意識も停止して、体は別世界に置いて行かれた様に動かない。
それでも、心臓は確かな鼓動を漏らす。
ドクンドクンと俺の時が止まっていない事を主張してくれる。
ふぅーと長い息を吐く。
気が付けば額や手に汗が浮かんでおり、自分で自分が焦っていることに驚く。
汗が目に入る前に袖で乱雑に拭う。
その時、視界の隅で同じ様な状況の佐藤先生がいたので汗を拭ってやった(佐藤先生が握りしめていたハンカチでな)。
佐藤先生はそれに気が付いていなかったのか、俺の行動に少々驚いた後、微笑み「済まない」と呟く。
そしてすぐに表情は固くなる。
俺も視線を元に戻す。
今まで固唾を飲んでの意味が分からなかったが、悲しいかなこの状況で理解出来てしまった。
唾を飲み込もうとするが、何故か喉が受け付けない。
それでも無理矢理押し込むとゴキュリ………と鈍い音が響いた。
それを聴いた佐藤先生が無言でこちらを小突いてくる。
俺は視線だけで謝罪した。
だが時を止めた原因の2人はこちらに気付いていないらしい。
星叶はモジモジと手を動かしているだけだし、我楽希は顔に「良いよ。じゃ、場所変えよっか」?を…っておいいいいいいいいいいいい!!
我楽希は星叶の手をとって、2人が今来た道を引き返して行く。
おい我楽希、場所変えて何するつもりだコノヤロウ。
爽やか笑顔の裏には下心丸出しじゃねーか。
「大変ですよ佐藤先生、我楽希が転入初日の星叶と大人の階段を登りそうになってます」
「その表現から田中がピュアということが伺えた。しかしよもや私の目の前で実行を仄めかす様な言動を取るとは、見過ごせんな。行くぞ、付いてこい」
「先生主体で尾行はどうかと思いますが、無論ですよ」
こうして俺達はどこかへ行こうとする2人の後を追った。
♦♦♦
「なぁ田中、2人して体育館に入った訳だがどうしよう。見過ごせんなどと言ったが、扉を開けたら行為中とか私は嫌だぞ」
「その言葉から先生がピュアだという事が分かりました。つっても入ったのは数分前でしょ?大丈夫ですって」
俺達は現在、体育館の出入口で立ち尽くしていた。
「さっきまで私位焦っていたというのに冷静だな」
確かにアレには大変驚かされたが時間も経てば幾らか落ち着きを取り戻す。
というのも良く良く考えてみたら出会って数分で告白させるとかどんなテクニシャン何だという話だ。
神級フラグ建築士の称号をくれてやってもいい。
星叶が一目惚れした可能性?
ああ、ナイナイ。
絶対にナイ。
「あの時は俺もテンパりましたが、アレは多分俺達の聞き逃しですよ」
「聞き逃し?私には『付き合って下さい』としっかり聞こえたがね」
「星叶は『━━━━付き合って下さい』って言ったんですよ。俺達が聞き逃したのは大切な、付き合って下さいの前部分だったんです」
「ふむ、そういえばその様な気もする。しかし星叶は春日原に何を付き合って欲しかったんだ?」
そこが謎だ。
幾らか可能性を模索してみたが、どれもイマイチピンとこない。
ベタに買い物に付き合って欲しいという展開も考えた。
転入初日でポイントもロクに持っておらず、店の場所も知らないであろう。
しかし、さっき頼んで直ぐに実行に移せる事となるとこの線は怪しくない。
という訳でとりあえず佐藤先生には一番納得した考えてを伝えてみる。
「例えば………星叶がバスケの実力者で、不用意に『僕もやってるよ〜』とかほざいた我楽希に自分のシュート練習に付き合って下さいとお願いしたのかもしれませんね」
「一瞬で設定を創り出して現実味を持たせるその才能は誇るべきだと私は思うぞ」
「駄目ですかね………」
「星叶はこの学園に転入する前、偏差値そこそこの進学校で新聞部に入っていたらしいぞ」
全然違った。
ハキハキとしていたからてっきり運動部かと思い込んでいたが、やはり見た目で判断するものじゃない。
「因みに偏差値そこそこって良い方ですか?」
「悪い方だな」
良かった、あのアホ毛は飾りじゃなかった。
しかし新聞部か………。
思いついたのがあったので佐藤先生に話してみる。
「もしかしたら星叶は月陰学園七不思議の1つ、体育館のステージで踊る人体模型を調べるのに付き合って欲しいと言ったかもしれませんよ」
「この学園に七不思議が存在していた事にも驚きだが、何故人体模型が体育館で踊る。踊るなら化学室だろう。一体人体模型に何があった」
「違うっぽいですね」
「待て田中。気になる、凄く気になるのだが」
「新聞部なら七不思議に食いつくと思ったんですが………………特にココと双璧を成す1−Aでサンバを踊る人体模型とか」
「私達の教室でそんな事が起こっているのか。後その人体模型は体育館の奴と同一なのか?おい、田中」
言い忘れのようだが、俺達は1−Aだ。
クラス分けとかに特に意味はない、あしからず。
「でもまあ、佐藤先生が心配している様な事にはなってませんよ」
そう言って俺は、体育館の扉に手を掛ける。
「………………信用していいのか?」
「はい、なんたって我楽希は主人公ですからね」
「主人公?どういう物語のだ?」
「なんて事ない、学園系小説のですよ」
『早く、早くいれてください!春日原さんっ!』
『焦らない焦らない。直ぐにいれてあげるから………………』
違った、エロゲの主人公だった。
先程までの考えを吹き飛ばされた様な衝撃波に襲われつつも、体は直ぐに行動する。
力強く扉を押し開けて、状況を把握しようとした俺の目に映ったモノは、防護陣を展開する我楽希とそれに縋り付く様にする星叶だった。
状況が分からず動きが止まる。
止まってしまった俺達に気が付いた星叶が顔を赤くして防護陣を離れた。
それを見てハッとなり我楽希に問いかける。
「………………何してんの?」
我楽希はやれやれといった風に肩を竦める。
「模擬戦の模擬戦」
自分の危惧していた様な事はなかったと言って先に戻った佐藤先生を見送った後、これまでの経緯を我楽希に聞くことにした。
教室を出てから世間話をしつつ、学園を案内していた我楽希。
その時、話題が星叶の能力の事になったそうな。
星叶はこれまで能力を発現の時限りしか使っていなかったので、能力を使いこなせるかどうか心配だったらしい。
「私の年代で能力の発現は遅い方だと聞いていたので、私1人だけ能力を使いこなせていなかったらからかわれると思って………………」
にへ〜と星叶が笑う。
確かに俺みたいに能力の発現を早い段階で迎えた奴は、自分自身の能力に向き合う期間も練習出来る時間も長い。
しかし使いこなせるかどうかは別だ。
今まで結構な人数と関わって来たが、完璧に使いこなせていた奴なんてほぼいなかった。
というか10年近く自分の能力を理解していない奴もいるしな。
だから気にする必要なんてないのだが、能力を上手く使えなかったら恥ずかしいという気持ちは分からんでもない。
自分は自分、人は人と簡単に割り切れるものではない。
それは我楽希も同じ考えだった様で、ある提案を星叶に持ちかけた。
「能力を使いこなせているかいないかなんて本人にしか分からない事だからさ、実際に模擬戦で使って見ればいいんじゃないって言ったんだ。僕がちょうど生徒会だから、模擬戦の立会人になれるしね」
そして星叶はその提案に乗った訳だ。
しかし、ちゃんと能力を使うのも見せるのも初めてなので緊張してしまったらしく顔が赤くなり、ついつい両手をモジモジしながら『模擬戦に付き合って下さい』と言ったという。
やはり聞き逃しというお約束の展開だった。
つまり悪いのは、勝手にHRを放り出して勝手に生徒を尾行して勝手に勘違いして勝手に焦った佐藤先生だったのだ。
以上ここまでの経緯でした。
「それにしてもなんでわざわざ模擬戦なんだ?生徒会は相手単体の能力使用も許可出来るんだろ?」
「残念ながら生徒会が許可されているのは、自分自身の能力使用と模擬戦の立会人だけなんだよ」
「模擬戦は良いのに、相手単体は駄目なのか………………意外と役立たずだな」
その言葉を聞いた我楽希の眉がピクッと動き、引きつった笑顔になる。
「………………学園が決めた事だから僕には何とも」
うお、怖っ。
役立たずとか言ったら怒るのか。
今度から気を付けよ。
「でも模擬戦するのに、さっきは星叶に防護陣が展開されていなかったんだが」
「ああ、それは先に防護陣を外から見てもらおうと思って」
「そうでした!春日原さん、早く私もその…プ、プロ、プロラルロに入れて下さい!」
防護陣ね、と言って我楽希がポケットから腕章を取り出す。
「生徒会庶務、春日原 我楽希の名に於いて模擬戦を許可する」
コイツ、カツアゲの時もポケットから腕章出してたな。
腕章なら腕につけとけよ。
我楽希が握った腕章に許可を降ろした時、星叶の周りに淡い透明な水色の半球が展開された。
「うわぁぁ、綺麗です…!後、妙な安心感があります!」
初めて防護陣を展開して、テンションが上がったのか、星叶はその場でクルクル回りだす。
その様子を見て、俺は自分の周りを見てみる。
「なぁ我楽希、気のせいか?俺にも防護陣が展開されているようなんだが」
「何言ってんのさ、模擬戦は2人居なきゃ出来ないじゃない」
「何言ってんのはお前の方だが。何で俺がやるんだ、さっきはお前がやるつもりだったんだろ?」
「それも手段として考えたけど、立会人が模擬戦を行うのはどうかと思ってね。ちょうど良い時に透真が来たもんだから押し付けようと」
「お前が提案したことを放り出すな。最後まで責任を持て」
「その代わりと言っちゃ何だけど、僕から何か報酬を出すよ。この模擬戦で何か賭ける訳にもいかないしね」
「それならまぁ………………」
我ながらチョロかった。
その言葉に我楽希が軽く頷いて回っている星叶に声を掛ける。
「星叶さーん、早速だけど模擬戦やってみよっか」
星叶は回るのを止めた後、こちらに歩いて来る。
「でも私ルールとか全然知りませんよ?」
「今回はちゃんとした模擬戦じゃなくて、星叶さんの能力を使う為だから詳しい説明はまた今度。だから簡潔にざっくりと分かりやすく要約した説明をするよ………………透真がね」
「おい待て」
あまりの無茶振りに口を挟まずにはいられない。
しかし星叶のこちらを見る目がキラキラしているので、耐えられなくなって溜息がでる。
仕方なく、分かりやすくはないだろうが説明する。
「………じゃあ説明するぞ星叶」
「ハイっ!お願いします!………………えとーお名前なんでしたっけ?」
そりゃ自己紹介もしてないから知らないわな。
「透真だよ。田中透真」
「へぇーカッコいいですねー!」
「おい我楽希、なんでお前が自分の名前の様に紹介する」
「田中さんお願いします!」
「そうだよ透真、早くしてくんない」
コイツ地割れに巻き込まれないかな。
「まぁいいや、説明するぞ」
「ハイっ!」
とても元気な返事を返してくれる星叶。
我楽希とは大違いだな。
「模擬戦の説明にあたって、知っておかなきゃいけない事が幾つかある。一番大切なのが、今俺達に展開されている防護陣だ」
「プロラルロって何に使うんですか?」
「防護陣な。俺達の能力は千差万別だが、どれも人を傷つけるだけの力を持ってる。だから俺達が傷つかない、傷つけない為にコイツがあるって訳だ」
「そうなんだぁー」
ふぁーと口から変な音を零しながら、防護陣に触ろうとする星叶。
「アレ?触れませんよ?さっきは触れたのに」
「そりゃそうだ。防護陣は自分を中心とした半径1メートルに展開される。それは俺達が動いても一緒。常に俺達を護ってくれるんだよ」
俺は星叶の方に一方近づく。
「そして防護陣同士が干渉し合う事はない」
俺達の防護陣が重なり、その部分が多少色濃くなる。
「星叶、俺の防護陣に手を伸ばしてみて」
「分かりました!」
恐る恐るという風に手を伸ばす。
そして星叶の手のひらはピタッと俺の防護陣に置かれた。
「触れました!触れましたよ!」
「人は防護陣に干渉出来る、知っておくのはこれぐらいで良いか」
「いよいよ模擬戦のルールですねー!」
ふんすーと大きく息を吐く星叶。
「ルールつってもそこまで難しくないぞ。殴っても蹴っても叩いても能力を使ってもいい、ただ相手の防護陣を壊す。それが模擬戦だ」
「どちらかの防護陣が破壊されたら、立会人である僕は模擬戦終了を告げて防護陣を消さなきゃいけない。模擬戦が終了した後に許可なく能力使うと違反になるから注意してね」
「違反になったらどうなるんですか?」
「さぁ?どうだろ。噂では死より恐ろしい罰が待っているとか」
「死より恐ろしい罰!?」
星叶が我楽希の言葉に驚く。
まぁ能力なんて殆ど人外の技ばかりだ。
生身の相手に使ったら死ぬ事もある。
カツアゲの時、我楽希が能力を使ったのは正当防衛として見逃してやって下さい。
そんな危険なモノを厳しく取り締まるのは当然といえるが、俺達は常日頃能力を制限されている訳じゃない。
生徒会を始めとした例外達は学園の許可という大義名分があるが、俺達一般の生徒にはそれがないだけなので使おうと思えば何時でも如何なる場合でも使えはするのだ。
誰一人として使おうとはしないが。
それは実際に前列があるからだ。
我楽希が先程言っていた、死より恐ろしい罰を受けた生徒が存在していたのだ。
この目で見た訳ではないが、恐らくその生徒はこの世にはもういないだろう。
死より恐ろしい罰、それは規則を破った生徒を死に追いやってから始められる罰、との噂だ。
そこまで厳しくする理由も分からんが、俺達は自主的に能力を使わない生活を送っている。
「だから生徒は基本、模擬戦を楽しみにしているんだよ。能力使用の数少ない機会だからね」
「ほへぇーそうなんですかぁ」
「そういう事。さっ、大体理解出来た?今日は能力の練習と思ってガンガン使っていってね」
「りょーかいです!」
ビシッと星叶が敬礼する。
我楽希が視線を向けて来たので、俺は星叶の対面に移動する。
「それじゃ、開始っ」
開始の合図とともに俺はすぐさまバックステップで距離をとる。
能力者同士で戦う模擬戦では無闇に突っ込んではいけない。
ひとまず数メートル離れて星叶の出方を伺う。
しかし当の星叶はキョトンとその場で立ち尽くしていた。
「星叶………もう始まってるんだぞ」
「え?………え!?そうなんですか!?」
星叶がアタフタする。
「開始の合図って今、春日原さんが言ったのだったんですか!?」
「そうだけど………何と思ってたの?」
「てっきり機械音声とかで『戦闘開始━━━━』とか聞こえるものだと」
「アニメの見すぎだね」
ようやく動き出した星叶はとりあえず俺と同じ様に後ろに下がって距離をとる。
距離をとって。
距離を、とって。
距離を………………とって。
「遠っ!どこまで行くんだよ!」
体育館の中央付近で開始したが、星叶はもう端の方まで下がっていた。
そこで星叶は目を瞑る。
眉間にシワを寄せ、口を噛み締め、手を拳にして力を込めている、様に見える。
「ッ〜〜〜!プハァ!」
息も止めていたのか、星叶の口から大きな息が漏れる。
そしてもう一度、力を込める。
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜!プハッ!」
何してるんだコレ。
星叶が急に意味不明な行動をやりだした。
「何してるんだそれー」
少し距離があるのでちょっと大きめの声で尋ねる。
「能力使おうとしてるんですよー!でも使い方がわかりませんー!」
なんてこった。
使いこなせるこなせない以前に使い方が分からないとは。
でも確かに一度しか使ってないなら、能力使用の感覚もまだ分からないのも頷ける。
「星叶ーお前の能力はどんな感じだったー?」
「えとーえっとー………天使が出てきました!」
召喚系の能力か。
しかし、俺の知り合いに召喚系はいないので能力使用の感覚とか聞いたこともない。
そこで我楽希が星叶に声を掛ける。
「星叶さん、思い出してみて!能力が発現した時の状況とか気持ちとか!その時の事を、思い出してみて!」
「その……時……」
その言葉を聞いた星叶が俯いた。
能力発現の状況には色々なパターンが存在するが、一番多いのは無力だ、無能だと自分で痛感した時。
もしかしたら、星叶もそのパターンかもしれない。
そうなら、その時を思い出せというのは酷なことだろう。
現に遠目から見ても、星叶の顔色は優れたものじゃない。
「おい星がな……」
声を掛けようとして、止めた。
今の星叶に確かに気迫を感じたからだ。
能力が発現する状況として多数なのは、自分の無力無能を痛感した時。
それはまるで、能力がそんな自分を変える為に与えられた救いの手の様で。
まだ諦めるなと叱咤してくれている様ではないか。
「ッ〜〜〜〜〜!!」
星叶がまた力を込めだす。
先程までの闇雲なものではない。
星叶の体から僅かだが金色の粒子が湧き上がる。
「そうだ…………あの時私は……想ったんだ…もう、逃げないって………!」
金色の粒子は量を増やし、湧き上がったそれらは一箇所に集まり形を成していく。
「だからお願い!私に、力を貸して━━━━!」
その言葉とともに、集合した粒子がパァンと弾ける。
そこには、光に包まれる大天使が君臨していた。
「……やった…やりましたー!私、能力使えました!」
鎧に身を包み鉄仮面で素顔を隠す大天使は、両の手に長剣を携えて佇む。
5メートルはあろうかと思うその巨体に見下され、体中に電流が走る。
「オイオイ…………!こりゃ凄すぎるだろ……!」
限り無い威圧を目の前にして、少々震えてしまった。
今更だけどこの模擬戦止めてもいいかな?