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儚き望みの『サブヒーロー』  作者: 生月 太郎
12/16

12話 「ああ、たった今君をボコボコにする事を最優先事項に設定したよ」

 問◎主人公にしても脇役にしても、生きる事には必要な物がどうしても存在する。それは何か、また何故そう答えたか理由を述べよ。


 答☆お金。金欠になって本当の重要性を理解しました。


 (主人公検定5級練習問題より抜粋)


♦♦♦


 俺は一人教室で項垂れた。

 まだ誰も居ない教室は、少しだけ広く感じ、より一層の孤独を演出してくる。

 今の俺には避けても通れない障害が発生している。こんな事を話せる奴なんて我楽希ぐらいしか居ないので、アイツが登校してくるのを待っている状態だ。

 たが、この障害は今回初めて発生した訳じゃない。実を言うとこれで七回目位の事態となる。

 その度に我楽希にSOSを送るのだが、取り敢えず今までは助けてもらえた。しかし今回も助けてもらえるなんて保証はどこにも無い。

 無意識に唾を飲み込む。ゴクッという音が、やけに響く。

 ちらりと隣の席に視線を送る。

 誰も居ないのは分かっているのだが。

 俺の隣には、山田という女子生徒が在席する。彼女はついこの間まで黒髪黒目控えめポニーテールの純日本人だったのだが、ある日を堺に赤髪赤目腰まで伸ばした超ロングストレートに大胆なイメチェンを施した。

 結局詳しい理由は不明のままだが、彼女がイメチェンを遂げたその日に新たな転入生、上梨が俺達のクラスに来た。

 教室で顔を合わせた途端、山田さんが叫んだり、模擬戦始めたら勝手に決闘だとか言ったり、色々騒がしい事もあった。

 上梨は模擬戦勝利の暁として、山田さんに何でも言う事を聞かせられるという夢システムを手にしていた訳だが、奴は学園案内とかいうつまらない事に消費しやがった。別に、俺に学園案内を頼んでおいて、断りを入れなかった事に怒ってなんてねーけど。

 分かる分かる。俺、影薄いもんな?

 ………………しかしそれも四日程前の話なのでいつまでも引きずってはいない。

 俺はそんな些細な事より重大な事態に陥っているのだが。

 それは学園生活に大きく関わる。下手したら俺の生命にも関わる。

 今日は我楽希にも早く来るように、と予め伝えておいたのでもうそろそろ来てもいい頃だと思うのだが。

 まぁ、普段の我楽希から考えたらいつもより早くなってしまっているが、そこは親友のピンチだ。何としてでも来てもらわなければ。

 俺はゆっくりと瞼を下ろす。取り敢えず今、余計な事は考えたくはない。

 我楽希が来るまでこうしていよう。





 我楽希が登校してきたのは、それから実に一時間後の事だった。

 「遅すぎる!今まで何してたんだええ!?答えてみろよ!親友の呼び出しを一時間も遅らせる理由をよぉ!」

 半目で瞼をゴシゴシ擦りながら教室に来た我楽希の胸倉を掴まんばかりの勢いで詰め寄る。ガッと手を伸ばしたらバシッと叩かれました。寝ぼけていても流石我楽希。今は褒める場面じゃないけどな。 

 ピキッと我楽希の額に青筋のような物が浮かぶ。

 「ねぇ透真、今何時か分かる?」

 「お前こそ何で教室にも時計が設置されているのか分からんのか。自分で確認しろ」

 「いいから早く」

 「おっ、おう」

 我楽希からのこれまでに無い気迫を感じたので言葉が思わず尻すぼみになってしまう。俺が怒っていた筈なのにいつの間にか立場が逆転しているみたいだ。

 まぁここで逆らってみてもいいのだが、今日の我楽希は冗談で済ませてくれるような雰囲気じゃないので止めておきます。

 俺は教室前方、黒板の少し上に立て掛けられるようにして設置されているアナログ時計を見る。

 チク、タク、と微かに時を刻む音が聞こえる。俺はこの音があまり嫌いじゃない。

 しかし今はそんな事どうでもいいので、只今の時刻を確認する。


 「ちょうど…………五時だな」

 「馬鹿じゃないの!?」


 我楽希が叫び、体がビクッと跳ねる。

 「いや、馬鹿って何だ馬鹿って。確かにお前の普段の登校時間にしたら少しばかり早いかもしれん」

 「いつもより三時間早く出てきたんだぞこっちは」

 「だがお前はそんな些細な事より、親友の俺を優先してくれる筈と思っている」

 「ああ、たった今君をボコボコにする事を最優先事項に設定したよ」

 「俺も待たされた側なんだぞ。お前は謝罪の一言も無いのか」

 「集合時刻四時って何!馬鹿じゃないの!」

 「そっからこっちは一時間待たされてんだ。段々時間も無くなってきてしまった」

 「あるだろ!時間だけはたっぷりと!」

 「一刻の猶予も残されていない。事は俺の生死にまで関係するかもしれん」

 「そんな事どうでも良いんだよ!こっちは寝起きでイライラしてんの!」

 「寝起きて。昨日の内に連絡入れといただろ?寝坊したのか」

 「あーあー!確かに連絡はあったよ、メールでね!それに昨日って言っても夜の十一時に送られてるし!」

 「その位なら、大体の高校生は起きてるだろ」 

 「その大体の高校生から僕は外れてんの。それで今朝になってメールを確認して急いで来たのに、何で君に怒られなきゃいけない」

 まぁ要するに我楽希はちゃんと俺の事を心配してくれていた訳だ。じゃなけりゃ、メールを確認して直ぐに学校へ向かうなんて事はしないだろう。

 「確かに俺も悪かったな、我楽希。こんな早朝に呼び出したのには理由がちゃんとある」

 「………メールには、『とにかく教室に来てくれ』って事ぐらいしか書かれてなかったから気になってはいたけど」

 我楽希もさっきまでの事は水に流してくれるのか、未だ眠そうな目をしつつ片手で頭を書く。

 「それで?わざわざ僕の睡眠時間を削ってでも呼び出す必要がある用事って?」

 結構根に持っているのかもしれない。

 「実はな我楽希」

 「勿体ぶらなくても良いよ。ちゃっちゃと進めて」

 寝起きだとコイツこんなに扱いづらいのか。普段から扱い易い訳ではなくけど。

 こっちも朝早くに呼び出した事は悪いと思ってる。さっと本題だけ言ってしまおう。


 「ポイントが尽きた」


 その瞬間の事を、俺は良く覚えていない。

 言葉を言い終わった途端に腹に襲う衝撃。恐らくはボディーブローでも叩き込まれたのだろう。

 ぐえっとむせ返るような不快感。両足が僅かに地面から離れていくのを何とか理解した時、更なる追い打ち。

 左足に何かをぶつけられたような感覚。地面に足を着いて重心を支えていなかった俺は簡単に中で舞う。それが我楽希の足払いによるものだったと今の俺には気がつけなかった。

 空中で一回転、ではなく半回転で留まってしまった事が運の尽きとでもいおう。天地逆さまの視界になったのを不思議に思いつつも俺の頭は重力に引っ張られ、地面と激突する。

 「グハッ!」

 今までも人生の中で一番痛かったかもしれない。

 あまりの衝撃に俺の意識は吹っ飛んでしまった。




 「ハッ!」

 ガバッと勢い良く身を起こすと、俺は知らぬ間に机に座らされていた事が分かった。

 キョロキョロと辺りを見回してみると誰もおらず、窓の外からは鮮やかな夕焼けが教室を照らして………………って、え?

 夕焼け?

 自分で言っておいて何を言っているのか分からなくなった。

 ちょっと待ってくれ。おかしい、これはどう考えてもおかしい。

 俺はフゥ…とため息を吐きつつ、机に肘を乗せて頭を抱える。

 気が付いたらいつの間にか夕方になっていただと?ふざけるな、一体俺の身に何が起こった。

 取り敢えず自分の記憶を洗ってみる。最後に俺が見た光景、聞いた言葉、出来るだけ詳しく思い出せるように集中する。

 「………………………………」

 どうやっても今朝の我楽希との会話辺りでプッツリと途切れてしまう。どうやらそれが俺がこうなるに至った原因究明の手掛かりらしい。

 いや、原因なんて一つしか思いつかない。

 今朝の詳しい会話までは、思い出せなかったが、その後の我楽希のスーパーフルボッコタイムについてはしっかりと体に痛みが刻まれていたので忘れようにも忘れられない。

 つまり、俺が朝から夕方までまるまる昏倒する事になった原因とは、


 「ふざけんな我楽希ィィィィィィいいいいいいいいいいいいいい!!」


 誰も居ない教室で叫ぶ。怒りに身を任せる。

 そもそも我楽希が暴力を振るった原因が俺にあるとかそんな事もチラッとは思ったがどうでも良い。

 俺は自分自身の責任をダストシュートして席を勢い良く立ち上がる。

 「覚悟してろよ………!倍返しじゃ済まさん。泣いて謝るまで殴ってやるからな我楽希!」

 「はいはい我楽希です」

 「………………」

 いつの間にやら、俺の後ろには我楽希が座っていた。

 視線がぶつかると、我楽希はニコッと人当たりの良い笑みを浮かべる。

 「………………」

 取り敢えず俺も座る。

 我楽希は俺の方へと視線を固定したままニコニコと笑う。

 「………………」

 「………………(ニコニコ)」

 「………………………………すいません」

 素直に謝ったら、普通に許してくれました。


♦♦♦


 俺と我楽希は教室を出て帰路へと着く。俺達は同じ寮に住んでいるのでこのまま帰り道は同じだ。

 俺は我楽希から今に至るまでの状況説明を受けていた。

 「じゃあ俺はずっと寝たままだったって事なんだよな?授業中とか注意受けたりしなかったか?」

 「そこら辺は安心しといて。予め僕がクラスの皆や先生にはでっちあげの説明しといたから」

 「そりゃ有り難い。どんな説明したんだ」

 「………………………………」

 こっちを見ろ。凄い気になるだろうが。

 我楽希は思いっ切り話を逸らすような口調で、実際に話を逸らした。

 「でも佐藤先生には説明が要らなかったよ。HRの時とかは特に苦労しなかった」

 「流石佐藤先生だな。状況説明無しでも全てを把握していたという訳だ」

 「いや、透真の存在に気がついていなかった」

 「ちょっと待て教師。受け持ったクラスの生徒の体調確認はおろか存在確認すらやっていないだと?」

 担任教師の重大な失態が露見した。まぁ詳しく聞かれるよりはましだったのかもしれないが、せめて「どうした?大丈夫か」位は聞いて欲しかった。寝てたから応えられないけど。

 「しかし、我楽希も我楽希だけどな。俺が金欠だなんて今回初めてじゃなかろうに。いきなり意識を奪ってくるからビックリしたぜ」

 「悪かったとは思ってるよ。けど透真も、僕との短くない付き合いで、僕が寝起きの機嫌が超悪いって事を察して欲しかったな」

 「別に放課後とかに話しても良かったんだけどな」

 「じゃあ最初っからそうしてくれると助かるよ………………」

 そうすると面白くないじゃないか。という言葉は言わずに飲み込む。

 俺の残高は美しく幻想的で清らかな0ポイントではあるが、今すぐ死ぬという事は決してない。

 ただポイントが無いという事は、物品を買う事も出来ず、食料もロクに口にしていない。

 この学園には、ポイントが無くなった生徒の為に無料で僅かな種類の食料や物品を寮で配布している。快適に過ごす為の物ではなく、最低限生きていく為の物を配布している辺り、社会の厳しさを改めて教えられる今日この頃。

 無料で配布される食料は基本野菜だ。それもキュウリ。マヨネーズは寮の食堂で貸出されているので、俺はそれをかけて食べているが、いずれ限界が近づく。

 俺も食べ盛りの高校生だ。キュウリだけ食べていると本気で死の危険を感じる。

 俺がキュウリだけを食い始めてもう二日といった所か。

 一番長くて一ヶ月程キュウリだけ食べていた時期もあったのでまだ耐えられると思うが、何分それも中学の頃の話だ。

 高校一年生としては、毎日のように肉を食っていたいものである。

 しかしキュウリを食べていると水を飲む必要があまりないので、ある意味便利食材ではあるのだが。

 「残念だけど、今回僕はポイント譲渡出来ない」

 「そうか、まぁ我楽希にいつまでも縋っちゃいけないしな。たまには自分で何とかしてみるよ」

 「そうしてくれそうしてくれ。そして僕が今までに貸したポイント全額返してくれ」

 「在学中には不可能だな」

 「断言する所が透真らしいよ」

 「しかしそうなるとポイント稼ぎが出来るものなんて………………」

 「“アレ”しかないんじゃない?僕も今回真面目に優勝狙ってみるよ」

 「学年戦、か」

 月一で開催される学年全体で行われる大規模トーナメント戦。参加は自由だが、おおよそ八割の参加率を誇る。

 参加するだけで2000ポイント。我楽希曰く、優勝なら100000ポイントは貰えるらしい。

 俺が準優勝した時は50000ポイント貰えていたのであながち嘘ではない。

 1円=1ポイントのレートであるこの学園での100000ポイントはかなり大きい。

 俺はバシッと拳を自分の掌に打ち付ける。

 「一ヶ月を過ごせるだけのポイントを目指す」

 「堅実な所が透真らしいと思うよ」

 不純な動機かもしれないが、学年戦に参加する奴の心情なんて大体こんなもんなので特に機にする事なく俺達は寮へと足を進めて行った。

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