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儚き望みの『サブヒーロー』  作者: 生月 太郎
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1話 「そこら辺が君の小物臭を倍増させるよね」

  俺が幼き頃。

 それはそれは可愛くて、触れれば壊れてしまいそうなほどの繊細さを持ち、肌が真珠の様にツルンツルンしていた昔の話だ。

  そんな穢れも知らない純真無垢であった“僕”の話だ。

  “僕”の将来の夢が物語の主人公であり、実際なれると思っていた幼き“僕”は当然と言うべきか、ヒーローごっこをやっていた。

  しかし1人でのヒーローごっこというのも早々に飽きが来た。

 しょうがないから幼いながらも“僕”と同じ夢を持つ、同士達を5,6人集めたのも懐かしい。

 だがここで問題が発生した。

  考えてみれば実に単純な問題だった。

 “僕”と同じ夢を持つ者達を集めて、役割を決めるとなるとどうなるか。

 皆ヒーロー役を志望したのだ。

 そう、悪役がいないという根本的な問題だったのだ。

 誰かを悪役にしなければならない、とあの時“僕”等は相手の表情や仕草の一挙一動を見逃すまいと目を凝らした。

  初めての心理戦がこんなしょうもない所で行われていたなんて、今思い返すと本当にしょうもなく思う。

  それでも当時“僕”等は必死だったのだ。

  他を蹴落とし、己がヒーローという名の高みに手が届く様に必死だった。

 そして悪役が決まる。

  皆が皆、相手の弱みを突き、如何にソイツが悪役に相応しいかという弁論を繰り広げ、とうとう終いには泣き出し先生に訴えると脅す輩もいた中、悪役は決定した。


 “僕”だ。


 何故決まったのかというと、この悪役決めのつい先日、当時好きだった女の子の鉛筆を誤って踏んで壊してしまって、謝らずにその場を離れてしまった場面をたまたま目撃していた淕宮(りくみや)君がその話を持ち出したのが大きな原因であると言えよう。

  共通の敵を見つけた敵達はここぞとばかりに責めて来る。

 凄い泣きそうだったのを堪えて仕方なく悪役を演じたあの頃。

 “僕”は主人公という夢を諦めたのだ。


♦♦♦


  時を戻して今になる。

 幼き頃から、10年は経ち、立派とまではいかないもののなんとか高校生をやれている。

 しかし、不思議な事もあるものだ。

 主人公を諦めた次の日、俺に能力が発現した。

  だが別に珍しいことじゃ無い。

 世界中で確認されている事例なのだ。

 能力に目覚めてからはあっという間の日々だ。

  俺以外の能力者も通う小中高一貫の学園に転校していきなり親元離れて寮暮らししたのもあっという間に感じた。

 戸惑いも最初は多かった。

 馴れない能力や、一新された人間関係。

 それでも主人公みたいな能力を手に入れたおかげで俺は頑張ってこれた。

 でも、俺は未だに主人公を諦めている。

  主人公みたいな能力を手に入れた、と言ったけれどそれはこの学校に通っている皆にも共通することであり、俺が求めた孤独で特別なヒーローとは全然違うのだ。

 目からビームが出る奴もいるし、手から武器が生える奴もいる。

  後、頭が異常に発光する奴。

 最後は違うな。

 そりゃただのハゲだ。

 とにかく、俺は主人公になれない。

  俺がいることで世界は乱れないし、女の子のラッキースケべを拝めない。

 両親を殺すくらいの事をした因縁の敵なんて存在しないし、生き別れた兄弟もいない。

 ぎりぎりの場面で覚醒しない。

 隠された秘密もない。

  何も封印されてない。

 死にかけの場面で誰も助けに来ない。

 敵が味方にならない。

 超強くないし、超弱くない。

  俺には主人公の素質など無かったのだ。


 ならばどうすべきか?

 簡単だ。

 悪役になれば良い。

 それもとびっきりの。


 主人公を諦めた今でも嫌だった。

  いつの間にか勝負を解説してる奴、1回倒されて二度と出てこなくなる奴、間違いを認めて寝返る奴、まるで主人公の踏み台にされてるような(モブキャラ)になるのは嫌なんだ。

 だからなるなら最強最悪の敵になる。


 「そんな事知らないよ」

 「てめぇはもう少し俺の話に関心を向けろ」


 そう言ってきた、後ろの席の春日原(かすがはら) 我楽希(がらき)を小突く。

 俺なんかより主人公っぽい名前に少々憧れる。

 「僕の名前が欲しいんなら、僕と中身だけでも入れ替えてみる?田中(たなか) 透真(とうま)くん」

 「冗談でも止めてくれ、田中は世界に誇れる名前なんだよ」

 「ダサいのは苗字じゃなくて名前だって言ってるじゃん」

 「よし分かった我楽希。今すぐ表へ出ろ」

 「何言ってんのさ、もうHR始まるのに」

 視線を前に戻すと、確かに我等が担任佐藤先生が教卓にいらっしゃった。

 なら仕方ない。

 「後で覚えてろよ」

 「そこら辺が君の小物臭を倍増させるよね」

  「うっせ」

 話を打ち切って前に向き直る。

 佐藤先生はいつもの様に今日の日程についてや、提出物の回収のみでHRを終了させる。

 そして授業が始まる訳だが、特別な科目は無い。

 能力者であれど学生の本分は勉学という事なのか。

 毎日しっかり、勉学してます。


♦♦♦


 かぁーかぁーっとカラスのガラガラなかすれ声が俺達の上で響く。

 「透真ー」

 「どうした我楽希ー」

 「何でもなーい」

  「なんだそれ」

  太陽は半分姿を隠し、空は鮮やかな橙色に染められた頃。

  俺達は学園内のベンチに座って脱力していた。

 そもそも俺達の通う学園━━━━国立 月陰(げついん)学園━━━━は規模がデカイ。

 小中高一貫で全寮制のこの学園は1つの都市みたいなものだ。

 よほどのことがなければ、外出許可が降りない生徒達の為にコンビニや服屋、雑貨屋にゲームセンターまで、この学園で過ごすのに不便さを感じさせない。

 とはいえ、寮暮らしをしている俺達に金が無限にある訳じゃない。

 なので買い物にはこの学園専用のポイントを用いる。

 稼ぐ方法は多種多様だが、一番手っ取り早いのは能力者どうしの模擬戦で勝利することだ。

 しかし、例外はあるが能力は好きな時にホイホイ使って良いものじゃない。

 能力を練習するのにも、生徒同士の模擬戦を行うのにも先生及び学園の認可を受けた生徒が立ち会う必要がある。

  これが非常に面倒だ。

 ポイントを稼ぎたいから戦いたい。

 戦いたいから先生を呼びにわざわざ校舎に向かう。

 時間の無駄。

 と、実際には金稼ぎで模擬戦を行う奴はあまりいない。

  だが、月に一度に学年でのトーナメント戦があり、そこで勝利することで普通に模擬戦を行うよりも倍以上のポイントが手に入るので皆こちらに力を入れる。

 参加は強制ではないのだが参加率は常に8割を超える。

 勿論俺も参加するのだが良くて三回戦敗退といったところだ。

 予選ブロックの。

 能力者を集めている学園なんて日本でここくらいしかないので生徒数が多い。

 百や二百じゃ効かない。

 多分高等部だけでも千人以上はいるんじゃないのだろうか。

 だから強い奴がゴロゴロいるし、そいつ等と当たる度に能力の良さに嫉妬する。

 俺の能力、良くもなく悪くもないからな…

 学年戦 (学年トーナメント戦の略称。基本、生徒は皆こう言う) で勝てなくて本当にポイントに困っている時にはいつも我楽希にポイントを譲渡してもらう。

 表彰台の常連であるアイツにとってポイントは腐るほどあるので俺に譲っても困る事はない。

 なのにポイントを譲渡してくれるようになったのはここ2、3年のことなのだ。

 と、まぁ関係の無い話をしたように思われるのでまとめる。


  1. 月陰学園はデカイ、とにかくデカイ

 2. 生徒総数が多い、とにかく多い

 3 .先生は基本、校舎内にいるので学園内を巡回している事も無いし、生徒1人1人を監視している事も無い。

 4. ポイントは譲渡出来る。


 以上の事を踏まえると駄目なことが出来てしまう。

 それがまさに俺達の状況で脱力の原因なのだが。


 「てめぇ等1年だろ?早くポイント出せやオラァ!」

 「今月厳しいんだよ〜来月の学年戦が終わったら返すから、ちょいポイント貸してくんない?」

 「2万、2万でいいぞ」

 「かぁーかぁー」


 つまり学園内でのカツアゲである。

 ていうか、カラスの鳴き声アンタだったのかよ。

 うまいな。

  4人の上級生に囲まれて見下されてカラスの鳴き真似さえされる始末。

 この状況になってまだ数分だ。

  やっと授業が終わって暇な放課後を我楽希と夕日を見て過ごすというロマンチックな事をしていたところに絡まれた。

  最初は遠目からこちらを見てコソコソ話をするぐらいだったのが、段々と近づいてきてベンチを囲んで今に至る。

  「なぁ我楽希ー」

  「なにー透真ー」

 「何もないー」

 「何それー」

 「いい加減話聞けやゴラァ!!」

 囲まれてもなお、この態度を改めなかったせいか、先輩方はイライラしていらっしゃる。

  特に俺の右横の髪の毛が異常にツンツンしてる人はヤバイ。

  眉毛がピクピクゥ!って感じだ。

 しかしながら実際にカツアゲに遭ってみると、非常に面倒だな。

  「聞いてんのかオイ!」

  もし自分がカツアゲに遭ってしまったらこうして対処しようと考えていたのに、いざその場面になると頭からスッポ抜けてしまった。

  「無視すんなやぁ!」

  まず一番手前の奴の顔面に一発かまして〜、その後油断していた横の奴に回し蹴り叩き込んで〜とか。

  出来ない出来ない。

 だからか、と納得する。

 ラノベや漫画やアニメでもカツアゲされる(モブキャラ)はいつだって(メインキャラ)頼りだ。

  画面や文章のアイツ等も好きで無抵抗な訳ではないのだが、結局良い所を主人公と言う奴は掻っ攫っていく。

  ならば主人公じゃない俺はそれにならおう。

 人頼りで、主人公(ひと)頼りだ。

 いつまでも無視を決め込む俺達に対して限界を迎えた髪の毛ツンツン先輩は、顔を怒りに歪めて無言で俺の胸倉に掴みかかる。

  「グッ…!」

 と短い呻きの後、続いて、

 「ぐぇ!」

 「わぁぁぁ!」

 「おわっ……!」

  悲鳴が3つ程上がる。

  先輩方はどうやら戸惑っているようだった。


  俺の胸倉をつかもうとしたのに、まるで自分が見えない何かから胸倉を掴まれているのだから。


  先輩方のシャツが不自然に胸元だけが引っ張られているかのように伸びており、そのまま少しづつ、少しづつ足が地面から離れていく。

 そうして4人の先輩方は必死に足をジタバタさせながら空中に浮く事になった。

 そして俺は左横を向く。

 そこには俺が頼った主人公が右の拳を空中で、胸倉を掴むかの様に固めていた。

 我楽希が右腕を挙げると、先輩方も上昇していく。

  そしてようやく、この不思議な体験が目の前の後輩によるものだと気付いた。

 だが、それと同時に我楽希はパッと右の拳を開いた。

 するとドサドサッと先輩方が鈍い音をたて、落下してくる。

 しかし、髪の毛ツンツン先輩は偶然か否か見事に両足で着地し、よろめきながらも俺達、いや我楽希に殴りかかった。

 「オラァ━━」

 「無駄ですよ、貴方程度の人には」

 その動きはまるで何かに掴まれたかの様に止めた。

 その時、我楽希はツンツン先輩に向け、掌をかざしていた。

 今までので大体分かったかも知れないが、これが我楽希の能力《不可視の神手》(俺命名)である。

 我楽希本人しか見ることの出来ない手はその数や大きさまでもを自由に変更出来き、まるで身体の一部の様に操ることが可能だ。

 なんてチート級能力。

 見えないとか反則じゃん。

 避けようもないじゃん。

 「学園内…での、許可が無い………能力使用はご法度だぞ………………………………」

 ツンツン先輩が苦し紛れの反抗を試みる。

  しかし我楽希は鼻で笑った。

 「先輩、それじゃ不十分です。確かに許可は必要ですが例外もあるのをお忘れですか?」

 そう言って我楽希はかざした手とは逆の手でズボンのポケットに突っ込みある物を取り出す。

 それは、ただの腕章。

 ただこの人物が、春日原 我楽希が例外であることを証明する腕章だった。

 それを見たツンツン先輩は愕然とし、我楽希は人当たりの良い笑みを浮かべる。

 「ご存知ですよね?学園から何時、如何なる場合でも能力使用の認可を受けた例外の組織━━━━」

  我楽希は器用に片手で腕章をつけてみせた。

 そこにはハッキリと『庶務』の文字が書いてあった。


  「月陰学園生徒会庶務、1年春日原 我楽です。お見知りおきを」


  恭しく礼をしてツンツン先輩を放り投げた。

  ぐぇっと呻いた後、先輩は気絶してしまったようだ。

  「さすが主人公、頼りになる」

  「やめてよ主人公だなんて。僕はそんな柄じゃないし」

  我楽希は照れくさそうに頭を掻く。

 その後、視線は伸びてしまった先輩方へ。

  「………………どうするんだこの人達。いつまでもほっぽっとく訳にはいかないだろうし」

 「後は僕がやっとくよ、生徒会だし。カツアゲの件は会長に伝えておくから」

  「ん、悪い。なら頼む」

 「明日にでも何か奢ってもらうからね」

 「善意の行動じゃないのかよ」

 「冗談冗談、さっさと帰っときなよー」

  「お前は俺のカーチャンか」

 こうして先輩方を我楽希に託して、俺は寮へと帰宅した。


♦♦♦


  「“コレ”はどういうことです、会長」

  放課後の生徒会室で、春日原 我楽希は会長と呼んだ女子生徒と向き合っていた。

 彼女はクスッと笑い、微かに首を傾げる。

  「“コレ”とは?」

 我楽希は無言で後方へと眼をやる。

 そこには我楽希がここまで運んできた、4人の男子生徒が気絶していた。

  それを一瞥した後、彼女は我楽希に向き直る。

 「さて、一体何のことでしょう」

  「とぼけても無駄ですよ会長。ご丁寧に生徒会のマークまで描かれているのに疑われないとでも?」

 そう言って、我楽希はポケットから腕輪を4つ取り出すとそれらを会長の机にボトボトと落とす。

  「簡易式洗脳器具、腕輪バージョンってとこですか」

 「洗脳なんて人聞きの悪いですね」

 「やっぱり会長じゃないですか…」

 「あら……」

  しまったと言わんばかりに口を抑える。

 我楽希は少し肩を竦めて話を進める。

 「この腕輪はそこにいる生徒達が着用していたものです。命令内容は大体想像できますけど、一応聞いておきます。なんて命令したんですか?」

  会長はクスッと笑みを浮かべると首を軽く傾げた。

  「命令でも、洗脳でもありません。私はただお願いしただけですよ?“春日原 我楽希に能力を使わせて下さい”と」

 「そうお願いした結果が、カツアゲですか」

 「仕方ありません。私はお願いしただけですので、実行方法については一切触れていませんでしたから」

 「では、能力は使ったので目標達成という訳ですね」

 「いえ、目標は達成されませんでした」

  その理由を我楽希はなんとなく察したが、口にすることはせず無言で続きを促した。

  会長はニコニコと笑ったまま続けた。

 「私が見たかったのは、貴方が最初から持っている能力の方です我楽希君」

  「………………………………」

 「なのに貴方は生徒会(わたしたち)が貸し与えた能力しか使っていないじゃないですか。そんなんじゃ全然━━━━」



 面白くありません。



  そう言った会長の顔は、笑ってはいなかった。

 それも束の間コロッと表情を切り替えるとまたニコニコと笑う。

 「僕は………もう僕自身の能力は…使いたくないんです」

 我楽希は眼を伏せながら呟いた。

 「ええ、分かっています。貴方が能力を使わない理由もキッカケも。だからこそあのような事をさせたんですよ」

  会長の視界には、未だ気絶したままの生徒達が映っていた。

 「貴方が気兼ねなく、害となる者を壊せる様に」

 「ふざけるなッ!!」

 我楽希はいつの間にか身を乗り出していた。

 勢い良く机に叩きつけた手は微かに痛むが、そんな事などどうだって良い。

 「アンタは…それだけの為に…………無関係な生徒を巻き込もうってのか…!」

 「ええ、そうですよ」

 「ッ………!」

 「まぁ精々カツアゲ程度では貴方も使わないと思いましたけど」

 会長はおもむろに立ち上がり、我楽希の耳元に口を近づけた。

  「もう一度私に見せて下さい………貴方のその美しい“翼”を…」

  我楽希はギリッ…………と歯を鳴らす。

 そんな彼を見つめる彼女の笑みはどこまでも深く、闇に溢れていた。

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