①プロローグ【ノアと呼ばれる奇跡の粒子】
2752年
後の世界大戦が起きる28年前
その年は、この世界に一時の救済が起きた年と記録される。
「衣食住が足りてしまうと言う事は、何れそれに恃む事となる、幸福を知ってしまった者 それ即ち人間である、この発見が何を齎すのか、今はある程度までしか分からないが私はこの世界に平穏のあらんことと願う」
それはかの無限機関を最初に発見し、その無限機関から後に『ノア』と呼ばれる粒子を抽出した一科学者の言葉である
彼がそう前口上を流し、国際学会の席に立ち研究成果を元に講演を行った日を他の学者及びその従事者は総じて、一般的な物理学が終わった日であると話す。
彼の発明及び発見は、荒廃していたこの世界にありとあらゆる繁栄を齎した。
ノアと呼ばれるその粒子の性質は物を圧縮しエネルギーに変換し保存する事であった。
そのノアは今まで観測されずにいたが、彼の提唱した方法論を用いれば、途轍もない設備費用とノアの保存に使用する広大な敷地面積が必要にはなるが、一般的な物質から極微量ながら抽出できる事が判明した。
これは同時に、この世界に於ける革命の瞬間でもあった。
枯渇した化石燃料に代わる新たな燃料として多くの企業がこれに着手したのを始まりに
広大な土地の必要性が緩和され根本的な見直しが必要となった重工業、設備を縮小し効率化された製造会社の各生産ライン、ノアを用いた核廃棄物の再エネルギー化、発電所から食品工業に至るまでノアは社会に貢献した。
更に、これによって生じた交易は下落傾向にあった貨幣価値を回復させ、点在していた買手付かずの土地にも需要を与えた。
燃料の高騰と言う暗黒期を塗り替えしたこの発見は、各国の投資家をも刺激させた、彼らは新たな産業の開拓を名目に様々な場所にて投資を行い、各国各地にて多少の差異はあれど、歯止めが効かず逼迫していた失業率を改善した。
単純労働の自動化か進んでいたこの世界に於いて、人手不足と言う予想だにしない現象も起きた。
ノアの発見が経済界を潤し、多大な益を実感したのは人類全体へ言えたものであり、その時確かにこの世界に希望が見えていた。
職の普及で戦争孤児や難民と言った所得が低い者達に、多少なりとも価値が付与され社会貢献ができるようになる、納税者が増え国が豊かになるに連れ損傷していた社会基盤に復旧作業が行われた。
電力の供給と安定、バルブを捻ると汚染されていない水が流れる等、生きる為に必要な物が手に入った時代となっていた。
ある家庭には笑顔が戻り、明日はこうしよう明後日は何を食べよう、親権者が子供より自分を優先する時代が終わり、子供は一般的な教育を受ける事が許されていた。
だが
社会全体が豊かになるにつれ、誰もが予想ができた事態が徐々に近づき、平穏な時代に陰りを見せてくる
この世界の情勢と『過去』から、最早『ノアの軍事転用』は避けては通れないものであった。
2759年
ノアの発見から7年が経過した時の事だった。
好戦的な周辺国への防衛手段として、ある国がノアを利用した兵器の開発に成功したと公に発表した。
これはこの世界に於いて禁忌に触れた事と同義であった。