とうめいにんげん2
「いや~。多分、久しぶりの学校は楽しいね~」
二時間目の授業が終わり、休み時間になると健雄のもとにマリーがやってきた。
この二日間で分かった事の一つだが、マリーは健雄のもとを基準にして、ある程度の距離を行動できるようで、健雄にとってそれがせめてもの救いだった。
地縛霊として制限のあったマリーは大楠のある場所から健雄の家まで恐る恐る憑いてきたらしい。
今は健雄にとり憑いている状態なのであまり遠くには離れすぎる事は出来ないようで、必然的にマリーも学校へ憑いてくることになる。
「それでね、健雄君!行けそうな範囲で校舎を探索してきたんだけど、この学校の屋上に、なんと猫がいたよ!」
一部の生徒にカシラと名付けられている灰色の猫だ。
この学校の屋上がお気に入りの場所のようで、いつもどこからともなく忍びこんできては昼寝をしている。
物怖じせず、ドッシリと構えた重厚な雰囲気が大物のボスのように感じることから誰かがカシラと名付けた屋上の主だ。
「やっぱり猫って霊感が強いみたいで今まで一人で過ごしていた時もたまに見かけたんだけど、わたしに気づくと大抵は逃げちゃうんだよね」
マリーは健雄の無反応な態度も意に介さず続ける。
「でもね、ここの猫ちゃんは逃げないの!チラッと私のほうを見ただけで、お構い無しに眠りだしてたの!身を投げ出したように眠る猫って可愛いよね!」
なぜ興奮しているのか健雄はよく分からない。
机に突っ伏して自分にしか聞こえないくらいに抑えた声量で尋ねる。
「…それでなにかわかったのか?」
健雄は何かしらの事の進展を期待していた。
「ううん!全然!」
左右に首を降る表情は、はち切れんばかりの笑顔。
昔より行動範囲と自由度が広がったことがよっぽど楽しいのだろうな。
無闇やたらには怒るまい。
無闇やたらには怒るまい。
そんなことをしても解決には近づかないのだから。
健雄はそんな気持ちを反芻するように念じ、そして溜め息をついた。
それにしても幽霊のくせに明るい娘だ。
制服姿である以上、学生だったはずで、学校に来ることで何かしらの記憶を思い出す糸口がみつかるかもししれないと思ったのだが、それが空振りだったいうのにもかかわらず。
それにしてもやはり誰にも見えないんだな。
あらためて健雄はそう思う。
こんな人が集まる学校内でもマリーの姿を目にとめる者は誰一人いない。
女の子が教室内を浮遊しているという状況にも反応をしめすクラスメイトも勿論いない。
それは一体どんな心境なのだろうか。
そんなマリーが先日語った身の上話は健雄にとってあまりにも衝撃的で同情だってする。
彼女の過ごした二十六年間を思うと不憫でならない。
でもなんで自分なんだ、一体自分に何ができるっていうんだ。
話を聞き終えた後に純粋に、そんな疑問を投げかけた。
その時のマリーの答はこうだった。
「幽霊になった以上、わたしはこの世に未練があるんだと思う」
マリーは記憶も曖昧なのらしい。
「きっとその未練を解消するために、わたしは存在しているんだと思う」
きっと幽霊とはそういうものだろう。
「そしてそれは音楽に関すること」
この辺りから健雄は妙な胸騒ぎがしていた。
「だから健雄君…」
マリーは放置気味の健雄のギターを指差して言った。
「バンドやろうぜ!」
だから健雄が選ばれたのだろうか。
それはまだわからない。