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蝉鳴りのマリー  作者: あぐらまる
4/9

受音3

図書館は健雄が想像していたよりも遥かに混雑していた。

少し前まではこの一帯は僅かな畑以外何もない野山が広がる場所だったのに周辺道路では、この町では滅多に起こらない車の渋滞が起きていて駐車場は満車、外からも館内の混雑がうかがえるほどだ。

図書館入り口付近には暇をもてあました地元の若者の群れもあり無闇やたらにはしゃいでいた。

駐車場に中継車らしき車もあることからマスメディアもいるようだ。

これはかったるい。

さて、どうしたものかと健雄は図書館を遠巻きに眺めながら考えていたが、折角訪れたことだしひとまず館外にある公園を散策してみることにした。

ここも図書館の敷地内だがなかなか広範囲の公園だ。

遊具は少なめで、アスレチックジム的なものがいくつかあるだけで基本的に森林や元々あった小川などを活かしたつくりになっていて広々とした芝生スペースもあった。

館内と違い公園内の人影はまばらで、数人の家族連れと公園管理者と思われる清掃道具を持った作業着姿のおじいさんだけだった。

なかなか良い雰囲気だな、健雄はそう思いながら散策を続け、小川にかかる橋を渡り噴水のある池を通り過ぎ、奥の方まで行くと森林が生垣のように敷地を囲んでいる鎮守の森を思わせるスペースを見つけた。

入り口には木で作られた新しい案内看板があった。

湯陶里町のマスコットゆるキャラのユドラー君が解説をしてくれている挿し絵付きの看板だ。

それによるとここは新山という地名らしく、このスペースには新山の大楠と呼ばれる樹齢三千年の大きな楠があるようだ。

今から二十六年ほど前に落雷を受けて地上九メートルから欠損してしまったが今も生きており脇から新しい枝や新芽も出続けていて成長はとまっていないらしい。

木の内側が空洞化し、中は十二畳敷きの広さがあるらしい。

その昔、新山の大楠は龍のお気に入りの場所で、この大楠に巻き付いていたとも書かれている。

そしてこの大楠に熱心に祈祷を捧げた者は願いがとどくそうだ。

「龍が願いを叶えてくれるのか…?」

こんな場所があることを健雄は知らなかった。

それもそうだろう。

昔は人々もこの場所を見物をしたり祈願をしたりするために足を運んでいたものだが落雷を受けた後には不思議と人の足も遠退きいつしか人々の記憶からも失われ、この場所の事を知るものは昔からこの地に住みなす一部の人だけとなっていた。

その後長い年月放置されていたこの場所は生い茂る森林に囲まれて薄暗く、少し薄気味悪い不穏な空気に包まれていた。

しかしこの度の湯陶里市新図書館の設立にあたり、この場所も敷地内の公園の一部に取り込まれることによって人の手が入り、綺麗に整備されるに至った。

落雷を受けたとはいえ樹齢三千年を越える大楠だ。

本来充分人の目を引く要素をもっているし近年流行りのパワースポットともなりうる。

そんな目論見もあるのかもしれない。


「願いごと、ね…」


もし叶うとしたら何を願うだろう。

変わらぬ穏やか日々?

それとも逆に消極的な性格の打破?

自分が強く願うものなどないのではないか…?

そんな思いが頭が巡る。

今の小さな願いは耳鳴り解消ぐらいだよ。

そういう答が頭に浮かんで一人苦笑した。

健雄は特別信心深い方ではないが、頭から否定的でもない。

神秘的な力だろうが思い込みによる暗示作用だろうが、生産的な求心力だろうが心地好い幻想だろうが良い方向に作用するなら大いに結構だ、と考えている。

そしてなにより、頭からの否定にしろ肯定にしろ、覆された時の事を考えるとどちらかに傾倒していないほうが便利だという打算的な考えもある。

そんなわけで、ひとつお参りでもさせていただこうか。

そんな気持ちで健雄は鎮守の森へと足を踏み入れた。






何気ない気持ちで入った森の中は違和感に包まれていた。

空気間が外界と異なっている。

日の光が届きにくい森の中は湿り気を帯びた冷ややかな空気が滞るように広がっている。

付近の整備は整っているもののどこか不気味で、まるでこの空間だけ周りから切り取られたかのような静寂が重苦しくのし掛かるのを健雄は感じていた。

その静寂さの中に落ち着きだしていた耳鳴りが浮き彫りになって響いてくる。

パワースポットとして推しても女子供は寄り付かないかもしれない。

近くに人の姿もない。

だからといって、それを理由に引き返すほどまで健雄は臆病ではない。

とはいえ念のために恐る恐る内部の様子をうかがい、暗がりの奥の方に目を向け空洞化した大楠に歩みを進めた。

湿り気を帯びた腐葉土の地面の柔らかな感触を足裏に踏み締める度に凝縮された森の香りを鼻腔に感じる。

目の当たりした大楠は途中から欠損したとはいえ三千年生きてきただけあり神々しく雄大だった。

欠損しても尚、生き続ける様に健雄も何かしら感慨深いものがあった。

初めてくるのに何故か懐かしい。

そんな不思議な気持ちに駆られる。

三千年もの間、この地に生き、自分達の歴史より長い年月を過ごしてきた、この存在に畏敬の念を抱かずにはいられない。

それに比べれば自分の存在なんて、ましてや自分の悩みなんて


「小さいもんですよ~。」


そんな気持ちで健雄は大楠に手を触れた。

その時だった。

健雄の耳鳴りが突如けたたましく鳴りはじめた。

「な、なんだ…?」

まるでハウリングを起こしたマイク音が健雄の耳をスピーカーがわりに鳴り響いているかのようだった。

神経を逆撫でするかのようなその音に軽い目眩を覚えた健雄は、その場にとどまり耳鳴りが治まるのをまっていたが一向に治まる気配はなかった。

激しい不協和音に軽い吐き気をおぼえはじめた時だ。

耳鳴りに混じり不可解な音が聞こえはじめた。

それはギターの旋律のように思えた。

そんなはずがあるわけないのだが、その旋律は整ったメロディーのように健雄の耳に聞こえてくるのだ。


「トウメイ…ゲンガ…ウタヲ…ダケド…。…ゲンノ…ハ…トウメイダッタンダ…」


それどころか、そのギターにのせて誰かが歌っているような金属的な声も聞こえ出した。

とうとう幻聴まではじまりだしたのか。

胃液があがってくるのを感じた健雄はその場にうずくまると同時に吐いた。

この場を汚す事に申し訳ない気持ちが頭をよぎるが、いたしかない。

健雄は涙混じりに嗚咽をあげている。

湿った風が吹き出すと森の木々達がザワザワと騒ぎだし、稲光がおきると間があいて遠くで雷鳴が響いた。

しばらくすると雨がくる。

そう感じた健雄は自分の体を無理矢理にでも奮い立たせて一時、大楠の空洞内に身を寄せようとフラフラとしながらも立ち上がった。

空洞内に避難しても耳鳴りと不快音は依然として治まらない。

電波のはいりの悪いラジオの様に途切れ途切れの歌が聞こえる。

悲しい歌だった。

透明人間を題材にした歌のようだった。

透明人間が歌を歌ったんだけど、透明人間は声も透明だから誰の耳にも届かない。

そんな内容だった。

哀しみに満ちた感情が込もった歌が耳鳴りと共に健雄の意識にも染み込んでいき否応なしに共有させられる。

具合は益々悪くなる一方だ。


「うるさい!」


たまらず健雄は両手を塞いで一人叫んでいた。

すると不思議な事に再び水をうったような静寂が訪れた。

代わりに雨水が地をうつ音が辺りを包み出した。

稲光がまた光ると今度は近くに雷鳴を轟かせる。


「もしかして、聴こえているの?」


今度はハッキリとした声が聞こえた。

若い、女の声だった。


「誰か…いるのか?」


健雄は空洞内の奥にある闇に問いかける。


「本当に聴こえているんだ…。やっと出合えた…。ずっとあなたのような人を…。あなたをまっていたの。」


切実な声だった。


「俺を待っていた…?」


問いかけた直後、また稲光が起き空洞内の闇を一瞬だが照らした。

その時カメラのストロボに照らされた被写体の様に声の主の姿がみえた。

小柄な背丈で夏服のセーラー服。

胸元には赤いスカーフ。

黒髪のボブカット。

そして真っ赤なギターを手にしていた。

一度認識すると彼女は確かに存在し、見えもしたし言葉も聞こえた。

が、彼女の姿はとても儚く朧気で、幽かな存在だった。

何よりその身体はホログラフィーのように半透明で、その身体の向こう側の景色がうっすらと見えていた。

思考の追い付かない健雄をよそに彼女は嬉しさを押さえきれない様子でとびまわっていた。

それは比喩ではなく彼女は宙に浮かび時折円を描くように浮遊していた。

ああ、これは幻覚だな。

そう考えていた健雄に彼女が近づいてきて言った。


「私はマリー。よろしくね」


そして手を伸ばし握手を求める彼女に、健雄は反射的に手をだした。

だけども半透明の彼女の手は健雄の手に触れる事はなく、空気を掴むように交差して通り抜けていった。


「やっぱり触れることは出来ないのかな…?」


彼女が寂しそうに、そう言った直後、健雄は意識を失った。





 




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