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蝉鳴りのマリー  作者: あぐらまる
3/9

受音2

次の日の土曜日。

昼前に目覚めた健雄は朝食とも昼食とも言えない時間に食事をとりながらテレビを観ていた。

本日の空の様子は少しばかり曇りぎみだが地元テレビ局の天気予報によると雨は降らないらしい。

梅雨入りは今しばらく先のようだ。

しばらく惰性的に眺めていると地域のニュースを伝えるコーナーは湯陶里市の図書館の話題へとうつっていった。

初日はやはり大変な賑わいだったようでインタビューをうける湯陶里市長も笑顔で応じ、今後の目標や方針について語っている。

訪れた来館者から肯定的な意見から否定的な意見まで様々だ。

けれどもカメラを向けられた子供の表情はみんな笑顔だった。


「あらあら、大盛況ね~。タケちゃんも今日暇なら行ってきたら?」


そう促す母親に健雄は曖昧な返事を返したが、単調な日々にに少しだけ起こる波風だ。

まぁ散歩がてらに少しだけ覗いてみるのも気分転換になるかもしれないと考えなおし、食後のレモングラスティーを飲み干した。


微かに響く耳鳴り。

古い建物が残る中町の小道。

湯気をあげる温泉饅頭屋。

時折すれ違う浴衣姿の観光客。

本日も湯陶里町は通常営業だ。

湿度の高いこの季節。

風がない今日は歩くだけでも汗ばんでくる。

浴衣姿に少しだけ羨望の思いを抱く。

そうして図書館に向かう途中の、車が一台通れるほどの昔ながらの住宅が並ぶ道をしばらく行き、小さなお堂の入口に差し掛かった時に健雄はふと足を止めた。

そこは昔からある小さなお堂で、この地区の土地神が祀られており近辺の人達が管理をし、時折ここでささやかな宴をしたりしている。

健雄が足を止めた理由は、そのお堂の中の広間にある人物がいたからだ。

陰水おじさん。

いや、もうおじいさんかもしれない。

本名なのかは分からないが、町の者は皆そう呼んでいた。

彼は常にサングラスをかけていて、髪の毛は伸ばしっぱなしの白髪を後ろにかきあげた天然パーマ。

浅黒い肌の様子からあまり入浴もしていなさそうだ。

住所不定で浮遊霊のように町を徘徊している。

言葉を発することがほとんどない。

この町のちょっとした有名人だ。

そんな彼には特技がある。

業務用の大きな缶詰めの空き缶で胴体を作ったお手製の一本弦の三味線を巧みに操り町の神社・仏閣の祭行事に現れては人々を楽しませていた。

しかし特技はそれだけでない。

彼の服装は二通りしかなく、一つは作業着。

もう一つはスーツ。

路上生活だとうかがえる陰水おじさんだが不思議と衣類だけは小綺麗だ。

そして何故だか彼がスーツの日は決まって雨が降る。

嘘か本当か彼は自身の天然パーマの縮れ具合で、その日の天気を占えるらしい。

何故晴れの日に作業着で雨の日にスーツなのかは誰も知らないが、町の主婦達はスーツ姿の彼を見かけると、早々に洗濯物を取り込むらしい。

ちなみに本日はスーツ姿。

そんな彼を町の人達は、実は名のある哲学者だの何処かの会社の元社長だのと色々と噂しあっていた。

中にはただの精神異常者だと言う心ない者もいたが、おおらかな気風のこの町に疎外されることもなく暮らしている。

健雄は耳を澄ませていた。

陰水おじさんがお手製の三味線を奏でていたからだ。

たった一本だけの弦から無限に広がるかのような音色は夕凪の波音のように心地好く、響き続ける耳鳴りを和らげてくれる。

ものごころついた時からこの町にいる陰水おじさんの事を健雄は子供の頃から嫌いではなかった。

小さい頃、同年代の子供達は陰水おじさんを見つけると、からからったりしたものだが健雄はそんな気にもならず、不思議な魅力をもつその演奏と風のように過ごすその存在に淡い憧れさえもあった。

しかし今にみる陰水おじさんに、人間の背負う哀しみのような陰も感じる。

それは彼の奏でる音色からも感じとられた。

その音色の一つ一つが水面に落ちた一滴の水が拡げる波紋のように健雄の意識に拡がり響くようだった。

そうしていつしか演奏が終わると陰水おじさんが、ジッと自分の方に視線を向けている事に健雄は気づいた。

健雄もしばらく陰水おじさんに視線を向けていたが、軽く会釈をすると再び図書館の方へと歩みを進めた。








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