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疲労困憊

「麒麟…?」

ぼんやりと焔の声が聞こえた。

キリン…?俺がよくしってる首の長い黄色いのとはまるで違うぞ。

目の前にいるのは黒い体に鹿のような角の生えた珍妙な生き物だ。

そのキリンは咥えていたものを俺に手渡してきた。

妙に掌しっくり馴染むそれは錫杖だった。

西遊記で、三蔵法師が持ってそうな棒。

上に金色の輪っかが沢山ついていて僅かな揺れにシャラン…と細い声を上げた。

「これ、くれんのか?」

キリンは俺の体に鼻づらをこすりつけて来た。

そしてバッと顔をあげる。

キリンが振り向いた方向にいた影はまた起き上がろうとしていた。

…もうやるしかない。

俺は駆け寄ると影が完全に再起する前に握りしめた錫杖で影を刺した。

ガッ チリン…

錫杖は高い音を立て思ったよりずぶずぶと深く突き刺さって、影の動きが止まった。

そして、刺した所から影が崩れ始め…

消えた。

「終わっ…た?」

力を使い果たした俺はそのまま寝っ転がった。


あー、いつの間にか暗くなってら。

陽は沈もうとしていた。

公園の外灯が白く光を放っている。

あのキリンって生き物は俺が倒れた瞬間消えた。錫杖も。

錫杖とくっつきそうなほどきつく握っていた掌は開くとべっとり手汗をかいていた。気持ち悪っ。

「キリっ!」

開いた掌ごしに焔が上から覗き込んでくるのが見えた。どことなく心配そうな顔をしている。

「だ、だいじょぶ…。」

俺が腕を挙げて親指を立てると焔が顔をしかめた。

「大丈夫じゃないでしょーが!俺なんかかばうとか!」

あれ?あれれー?

「…怒ってます…?」

「当たり前でしょ⁈俺より何も知らないキリの方が不利に決まってんだから!」

焔の顔が険しい。いつもへらへらしてる分、凄みがある。

「いや、その、なんてゆーか、咄嗟にやっちゃったと言いますか…。」

俺がしどろもどろになってると焔は厳しい顔を緩めてふぅ、と息をついた。

「全く…無茶してさぁ?心臓に悪いってのー。でも、ありがと。」

焔は俺に礼をいうとしゃがんで背中をこっちに向けた。

「ホラ。」

「?」

「おんぶってあげるって。」

おんぶ…?

「ちょ、それ、マジ無理!」

同級生におんぶしてもらう男子高校生がどこにいるんだよ⁉

人通り少ないとはいえ、恥ずかしすぎる。

「だってキリ、無理矢理力使ったから歩けないでしょ。」

はい、ここにいました。

確かに、身体は起こせるけど立てなさそうだ。

俺はそろそろと焔の両肩に腕を伸ばした。

「んしょっと。」

「おわっ!」

身体が浮いた。

いきなり足を持ち上げられ、勢いよく背中にくっついてしまった俺は焔にしがみつく。

うわっ、なんかガキみたいだ。

「おいっ、やっぱりちょっと休んだら自分で歩くから…」

「だいじょぶ、だいじょぶー!走るからー!」

「そういう問題じゃ…って待てってぇ!」

「まーたないっ!」

焔は俺を背負ってるにも関わらず走り出した。

何処にそんな体力あんだよ。

「また走んのかよぉ!」

俺は公園から家までの短い間で人に会わない事を切に願った。


焔は俺を玄関に下ろすと

「じゃ、また明日ぁー。キリのかばんは俺が明日の朝届けるからねぇ!」

と、嵐のように去って行った。

…なんつうマイペース人間だ。

俺が呆然と玄関に座り込んでいると襖が開いてじっちゃんが顔を出した。

「おぅ、帰ったか!どうじゃった、学校は!」

「…まぁまぁだった。」

もはや学校どころの騒ぎじゃないよ、じっちゃん。

着流しの懐に手を突っ込んで腹をぽりぽり掻いてるじっちゃんを見てふと思った。

よく考えたらこの力のこと、じっちゃんも知ってる…?

「な、じっちゃん。」

「なんだ?」

「御堂家には土の力があるって本当…?」

「本当じゃ。麟太は言ってなかったか?」

親父は言ってなかったぞ、これっぽっちも。

俺が首を振るとじっちゃんは何か考え始めた。

…てか、その言い方は肯定か。

ふっ、今までのことはすべて夢だった、っていう俺のポジティブシンキングは脆くも崩れ去った。

「…確かに御堂家には土の力があるぞ。」

じっちゃんは場所を移そう、と言ってスタスタと歩き出した。

「…這って行けと?」

俺の状態を少しは考えてほしい。

「うーっ…。」

俺は年寄りさながらのスピードで立ち上がると壁づたいについて行った。


ある一間。

ここはじっちゃんの部屋らしい。

床の間に壺やら皿やらいかにも高そうなものが飾ってある。

じっちゃんは廊下にむかって大声をあげた。

「ばあさん!」

「はい。」

どこにいるのか、ばあちゃんの声はずいぶんくぐもって聞こえる。

「これから麒里と男と男の大切な話をするからなあ!」

「はいはい。はいってくるな、でしょう?」

ばあちゃんの返事には笑いがふくまれていた。

「おう!」

じっちゃんは満足気に襖を閉めて、俺の前にあぐらをかいた。

カポー…ン

庭の鹿威しがなった。

「麒里。」

「…う。」

座って5分で足がしびれ始めた。

「麟太が何故話していないのかわからないがわしの知っていることを話すぞ。」

「はぁ。」

「お前ももう知ってると思うが、御堂家は代々土の力を受け継いでいる。そして一族の中から後継者が選ばれる。

わしの代はわしの兄が後継者じゃった。」

「じっちゃんの兄⁉」

じっちゃんの兄は俺が生まれる前に死んだそうで写真でしかみたことがない。

「そう。だからわしは兄から聞いたことしかしらんのだ。

兄も前の後継者から教わったと聞いておるし、お前の父もわしの兄から教わっておったわ。」

それは意外だ。

こういうのって一子相伝って感じするけどな。

「へぇ…親父の前の後継者はじっちゃんじゃなかったのか…。」

思ったことを口に出すとじっちゃんはうむ、と頷いた。

「御堂一族出身者の中から神獣に選ばれた者のみが後継者になるそうじゃ。

だから神獣が選ばなければ何代も続けていないこともある。」

「神獣?」

「御堂家の神獣は麒麟。」

「キリンっ⁉あの馬みたいな…」

「そうか、麒里はもう麒麟を見たのか…。」

じっちゃんは感慨深げにいった。

「やはり、お前は後継者なんじゃのう…。」

俺はため息をついた。

「じっちゃん、俺まだ信じらんないんだけど。力とか神獣とか。」

「そうじゃな。そう簡単に受け入れられる話ではないわ。わしも、自分の息子が後継者にならなければ兄の話などしんじなかったかもしれん。でもな、キリ。」

じっちゃんの真面目な顔に俺も緩み切っていた背すじを伸ばす。

「これは本当にあることじゃ。力も存在するし、後継者もお前じゃ。だが、それを受け入れられんのならオニやその友達と関わるのはやめろ。現実を受け入れられない心はたやすく隙に変わる。一瞬の隙は即ち…死じゃ。」

じっちゃんの重い言葉が俺の胸にずっしりと飲み込まれた。

「…わかった。」

じっちゃんはうむ、と頷くと

襖を開けて大声を出した。

「ばあさん!麒里に晩飯を用意してくれんか!」

「はい、はい。」

ばあちゃんの声を遠くに聞いて、俺はふと疑問に思ったことを聞いてみた。

「ばあちゃんはこのこと知ってんの?」

否定の意味でじっちゃんが首を振った。

「知らん。後継者以外はその人間に近いものしか知らんことの方が多い。そもそもなかなか信じられん話だからな。」

確かに。今でさえ信じられない(いや、信じたくない)のに、見てない人は尚更だろう。

逆に、この厨二病みたいな話をちゃんと信じているじっちゃんのほうが珍しいんじゃないんだろうか。

俺はどっこらせと立ち上がった。

「じっちゃん。ばあちゃんに俺飯いらないって言っといて。」

「なんだ食べんのか。大きくなれんぞ。」

俺は襖に手をかけて首を振った。

「いや、今日は疲れたから寝ながら考えるわ…これからについて。」

そういうとじっちゃんはにかっと笑った。

「そうか。じゃ、一晩じっくり考えてみろ。おい、ばあさん!」

じっちゃんとばあちゃんのやりとりを聞きながら俺は身体を引きずり階段へ向かった。

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