実戦
校門を出て商店街に入って焔はやっと歩く早さに足を緩めた。
「はぁ…はぁっ…まじ、足早えよ。焔…。」
ちなみに俺の足が遅いわけじゃないぞ。俺は普通だ。
息を切らしていると、前を歩く焔が話しかけてきた。
「あのさぁ…」
「ん?」
「もしかして、キリのお父さんの事って触れちゃダメだった?」
「え?」
「なんか、あの話出た途端キリの表情がくもったからさぁ。」
俺は正直驚いた。
確かに、親父のこと思い出していたけど、そこまで表情に出ていなかったはずだ。
焔はへらへらとした笑みを引っ込めて俺を見ている。
案外こいつ、鋭い。
「いや…俺の親父さ、最近死んじゃったんだよね。」
つとめて暗くならない様に言ったけど、焔は目を見開いた。
「そうなの⁉…ごめん。
嫌なこと言わせちゃって…。」
「いやいや、別に平気だって。」
俺が明るく言って笑うと焔は少しホッとしたようだった。
「本当にぃー?よかったぁ。」
焔は元の間延びした口調に戻るとへらっと笑った。
明るい調子で言う。
「じゃ、公園までれっつらごー!」
「あ、ちょい、待てって!」
言うが早いか再び駆け出した焔を俺は走って追いかけた。
「公園ってここかよ…。」
「そーだよー?知ってんの?」
「まぁね…多少は。」
そこは昨日不良達が喧嘩していた場所だった。
焔は公園に着くと隅の塀に何か貼り始めた。
ペラペラの半紙のような紙に墨でなにか書いてある。
「何それ?」
「んー、お札?市販の奴。」
注)普通お札は市販で売ってません。
「お札…?そんなもの、何に…。」
焔は俺の質問には答えず、顔をあげた。
夕陽に眩しそうに目を細めた顔がオレンジ色に照らされる。
「夕方…か。黄昏時、またの名を“誰そ彼時”、ってね。」
最後の隅に貼ると一瞬この狭い公園の外側が何かに包まれたのが見えた。
「…っ!今の⁉」
「いい?キリ。俺たちが戦ってる
オニは負の生き物でー、黄昏から明け方の間になるとでてくんだよねぇ。」
その説明を聞いているとぞくりと身体に何かが走った。
慌てて当たりを見渡す。
これ、この前の…
家の前で視線を感じた時の事を思い出す。
何処かで何かが見ている感覚。
「わっかるー?
今ぞくってしたっしょー?」
気配がわかるってことは力ありってことだね、と焔は笑った。
「そろそろかなっ?」
焔が見つめる中、目の前にもくもくと黒いもやがかかる。
それはだんだん形をかえ、イヌの様な形になった。
俺は、この時まで大人しく説明を聞いてはいたけど信じてた訳じゃない。
心のどっかで遊びだと思ってた。
だって普通、ないでしょ?
急に現れた黒い犬みたいなものがこっちを睨みつけながら唸ってる、なんて。
…明日眼科に行こうかな。
現実逃避ですね、ハイ。
「…まじですか。」
「マジだよー。じゃ、俺が殺るからキリは見ててー?」
物騒な言葉を吐いて焔は俺の前にでると、腕を前に出した。
その時、ぼわっと焔から熱気が吹いてきた。
「うあちっ…」
思わず反射で顔を庇う。
「ごめーん、俺の力、火だからさぁ。」
俺はうっすらと目を開けた。
そして目を見開いた。
「…おいっ!おまっ、手がっ!」
焔の手のひらの上に弓のような物がのっていた。
それがごうごうと燃えている。
触っている焔は直に炎に触れているハズなのにちっとも熱がらない。
そして焔と俺の頭上で真っ赤な鳥が羽ばたいていた。
「すーちゃんはいいよ、手だししなくて。
これ位俺1人で平気ー。」
そういうと、すーちゃんと呼ばれた鳥はゆっくりおりてきて焔の肩に止まった。
焔は弓を掴むと構えた。
構えると同時に細長い炎が別の手から伸びる。
まるで矢みたいに。
熱気で焔の赤い髪がちらちらと踊る。
その姿はいつものチャラチャラした感じを微塵も感じさせない、静かで力強いものだった。
「こいよ。」
イヌの様なモノは言葉がわかるらしい。
焔の余裕の態度に腹を立てたのか熊みたいな唸り声をあげて飛びかかった。
焔が避ける。
影は木にぶち当たって、木が折れた。
焔がその影に向き合った瞬間、
ごおっ、と炎がより一層燃え盛る。
「せーのっ!」
だいぶふざけた掛け声と共に焔は炎を放った。
イヌは炎に全身を包まれた。
もの凄い悲鳴を挙げてのたうち回る。
そして動かなくなると、煙を出して塵の山になった。
「ハイ、終わり。」
パンパンと手をはたくと弓矢が消え、焔はこっちを向いた。
「どうだったー?」
そういいながらこっちに向かって歩いてくる。
「どうって…」
俺は折れた木から目を剃らせずにいた。
細いといえども木は木だ。
それがあんな一瞬で。
初めて命の危険を感じて、俺は身をこわばらせた。
固まってる俺をみても、焔は始終にやけている。
「これで信じられるー?」
焔が目の前にきた時、またぞくっとした。
赤い鳥が甲高く鳴いた。
きっとそれは警告だ。
何故なら焔の背中越しに黒いモノが見えたから。
「っ!」
俺は焔を横に突き飛ばした。
昨日、白パーカーを庇ったときと同じ、完全無意識に。
でも今度は鉄パイプなんて目じゃないって思えるくらいやばい。
全身が逃げろって言ってるし。
多分襲われたら、死ぬし。
しかも、焔を突き飛ばした時はあんなに素早く動けたのに今は身体が竦んで動かない。
そんなことに構わず、黒いモノの向かってくるところは当然俺になるわけで。
「麒里っ!」
切羽詰まった焔の声が聞こえた。
影が飛びあがった一瞬、
親父もこんな感じだったのかな、とかとっさに思った。
なんだかんだ根本的なとこは似てんだな、親子って。
その時かぁっと身体が熱くなった。
あ、こういうのあれが分泌されてんだよな、あれ。ビタミン!じゃなくて…えっと…そうだアドレナリン!
…てあれ?いくらこういう瞬間がゆっくり感じるっつったって長すぎじゃねぇ?
ちっともこない衝撃に恐る恐る目を開く。
「…え?」
目の前には黒い影…ではなくふさふさとした尻尾が揺れていた。