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ですげ!!  作者: 白髪
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死神リンス 2

 職業;死神


 マジック・ソード・オンラインの()人気職業。

 全身黒尽くめという厨二ファッション。

 遠目からでも目立つ大鎌。

 そして闇系統の多彩な魔法、高い威力の武器スキル。


 極めつけに、サイトトップに設置されている宣伝用デモムービーに写っている、一人無双する死神の姿。


 ゲーム開始直後、すぐにデス・ゲームと化したわけではなかった。β版、そして正式にサービス開始してからの1ヶ月後。それだけの期間が与えられており、ゲーム内の設定、職業、スキルの解析は半分近く終わっている状況だった。

 その御蔭か、死神が高いプレイヤースキルを要することが広がり、要の魔法も魔法職に比べ威力に欠け、純正魔法使いに迫るほどの紙装甲。ソロ育成そのものが非情に難しいことが判明し、パーティに入っても使い所に困り、寄生虫扱い。ゲーム内の新陳代謝が進むことにより、死神の排他は進んでいった。ゲーム自体、廃プレイヤーより新規プレイヤーを中心としたコンセプトだったことも死神排他を助長したと考えられる。

 結果、デス・ゲームと化す前にネタ職業認定を受け、デス・ゲームとかした今は現在死神育成を真面目にやっているプレイヤーはリンス一人。他のプレイヤーは引き篭もり、つまりヒキコと化すか、他のプレイヤーの補助にまわっている。

 本来なら、自由度の高さが売りの玄人向けキャラクターがだったが、実に残念な結果になってしまった。


 そして、現在最後の死神、リンスは再び酒場で酒を煽っていた。グラスに注がれた真っ赤なワインが、光を飲み込んでタプタプと揺れている。

 半分に消し飛んだHPバーは、やけ酒として呷った『リカバリーワイン』でジリジリと回復中。口に含むとワイン独特の渋みと、飲みやすさを重視してか僅かな甘みがふわりと広がる。喉を通るときには焼け付くようなアルコールが身体を熱くする。

 このゲームでは自然回復のようなシステムはなく、回復には必ずアイテムが必要だった。そのため酒やジュースのような飲み物はポーションなどと違い即効性はないが、その価格設定から攻略組からヒキコに至るまで、幅広い層で人気のアイテムの一つである。


 多くのプレイヤーはダンジョン攻略後や討伐クエストの終わりに酒場に集まり一杯やる、というのがセオリーだ。その宴会には普通に小学生とか中学生とかも混じっているから、中々の違和感を感じる光景でもある。


「あー、あー、あー……」


 丁度、その宴会を目の前にしているリンスは、自己嫌悪と悪酔いから机に突っ伏していた。

 リンスの死神ソロ育成が始まって、一週間。ゴブリンに挑戦した回数は両手の指では数え切れないほど。最近漸く大鎌を自在に振り回せるようになってきて、スキル発動までスムーズにできるようになった。勿論、命中率を度外視してだが。

 その形状からして、そも攻撃が当て辛く、振り回すのも一苦労な大鎌。全身を覆うローブと並び死神の特徴である武器だが、見た目重視で実用性には乏しい。槍のようには突けず、剣のように振るえない。運営のネタとして作り上げたのかと疑惑すら上がる始末。

 そのデメリットに反してか、他のステータスが優れてはいるが、その結果器用貧乏としてパーティからは不人気。

 意図せずして、デス・ゲームで縛りプレイ。

 あまり笑えない今の現状に、リンスの目の前が暗くなる。


「やっぱ、パーティに入らないと無理か……」


 そう呟き、ふと目の前の宴会へと視線を向けた。

 感じと思われる小学生がビールジョッキを掲げている風景は違和感を感じる。此れも、デス・ゲーム化により一部規制解除された事により生まれた光景だ。

 オブジェクト破壊、アルコール飲料の解禁、パワーレベリングの規制緩和、マップの全解放。これら4つが、主に解除されたものだった。一時はPKが解除されるのではないかと戦々恐々していたが、有志による検証の結果、プレイヤー間の戦闘は未だに禁止されているらしいことが判明した。


 わいわいがやがや。

 楽しそうな喧騒を肴に、ワインをちびちび。

 元々このゲーム、パーティを組むように推奨しているフシがあり、転職し辛くしているのもその一環だと言われている。

 そんな中で、死神の仕様はこの状況と相まって、半ば嫌がらせに近かった。

 ぼっちには厳しいゲームである。


「つっても、なー」


 誰もパーティに入れてくれない。


 リンスがこうして腐っている理由の一つだ。

 一つは単純にプレイヤースキル不足。死神を扱うにはリンスのコントロール能力が足りないのだ。足りていれば、ソロで活躍しているので当然ではあるが。

 もう一つが、皆お荷物や寄生虫を抱えたくないという、ごく一般的な理由。

 死神はレベルを上げる=強くなるではない上、魔法では魔法使いに負け、タンクには成れない。

 デス・ゲームと化した今では誰だって無駄なものは抱えたくない。


 一応、そういった地雷職・ヒキコプレイヤーを助ける互助組織的なものも作られたが、それらは食料の配給が基本的な活動である。というか、今現在そこに押しかけるプレイヤーが多すぎて、機能麻痺に近い状態だ。


「……うわあー!ちきしょー!どうすりゃいいんだよぉー!!」


 ヒキコは、リンスのなけなしのプライドが許さない。

 小学生が戦っている中、高校生の自分がのうのうと惰眠を貪り、餌を与えてもらうなど、言語道断。


 どうするか、と自問自答するが、既に答えは一択しか無かった。

 答えは無論、レベル上。

 死神での戦闘になれ、一端のプレイヤーへと成り上がるのだ。

 このままでは遠からず他のプレイヤーに温情を掛けてもらうような立場になってしまう。


 リンスの脳内に、生暖かい目をした小学生が、G硬貨を差し出す光景が浮かんだ。


「やばいやばい、それは色々とヤバイっ!」


 ぐっと、ワインを一口呷る。

 戦闘への恐怖をアルコールの興奮で上書きする。沸々と湧き上がる異様なやる気。

 ぱぁんと頬を叩いた両手は、燻っていたリンスの根性へと撃鉄を下ろしてくれた。

 動かなければならない、言いようのない感情に先導され、手足に力がみなぎってくる。

 コップのワインを一気に飲み干す。

 そして。


「親父ぃー!ポーションと、リカバリーワインありったけくれ!!」


 まあ、アイテムを恵んでもらっている現状と、金を直接もらうことと、一体何が変わるのか。それは本人にしかわからない。



 そして再び草原。

 フィールド自体の適性レベルは5。対するリンスのレベルは7。

 黒のローブを閃かせ、ガッサガッサと腰ほどもある草を割いて歩く。

 歩くのに邪魔な下草を、自慢の大鎌をブンブン振り回して刈り取っていく。こうしていると、死神というより農家のようだ。

 着られた草は直ぐに消失し、ごく低確率で『赤い実』『青い実』を落とすことがある。

 ならそれをして稼げばいいじゃないか、と思うが、実をドロップする確率より『土蜂の巣』を叩き壊す確率のほうが高い。

 壊せば最後、適正レベル1ぐらいの『ソルジャー・ビー』が10ほどアクティブ状態で出現する。一匹の脅威はそれほどでもないが、群で来られるとそこそこHPを削られる。

 此れで殺されることはないが、50%HPを削るか、倒されるかしないと消えないのが厄介だ。


 しかし、リンスには策があった。

 普通、草刈りを行うのは戦士系、特に剣士職。そういった連中は総じて、範囲攻撃の手段を持っていない。

 だがリンスの職業は死神。武器スキルだけではなく、複数に攻撃できる魔法スキルもある。

 『土蜂の巣』を叩き壊しても、『ソルジャー・ビー』が散会する前に魔法スキルを叩きこめば大丈夫、だと踏んでいた。


 最も、此れを早くからやらなかったのには、理由がある。


「ぐぎゃ!」

「げ、またかよ……」


 モンスターとの戦闘。

 特にゴブリンは草原の中で最も遭遇率が高い。

 また、周辺物の破壊をしていると、モンスターとの遭遇率が上がるとの検証組の報告もある。草刈りなどしていたら、それこそ何度ゴブリンと遭遇するかわからない。


 つまり、あんまり美味しくない。


 緑の肌をした宿敵、ゴブリン。今度は槍ではなくボロボロに錆びた片手剣を装備していた。

 興奮しているのか、口から涎を垂れ流し、ぎゃっぎゃと唾を飛ばしながらこちらへ迫ってくる。緊張に体が強張るが、AGIではリンスのほうが辛うじて上だ。隙を作れば逃げ切るのは余裕。


「【デス・ハンド】!【バック・ステップ】!」


 大鎌を掲げ魔法スキルを発動、続いて発動したバックステップが発動しかけていたデス・ハンドを強制終了させる。

 手を象るわけでもなく、そのまま黒い霧として周囲に残った魔法の残滓。

 そこへ怯むことなく切り込んだゴブリンだったが、振りぬいた剣には何の手応えもなく、剣風で晴れたきりの向こうにはリンスの背中。


「ぎゃぁ!ぎゃぁ!!」


 悔しげにやめくゴブリンを尻目にリンスは振り返って叫んだ。


「だぁーれがまともに戦うかよっ!ばぁーか、ヴぁぁぁぁか!悔しくなんか無いんだからなっ!」


 町の外壁へ向かって全速力で走る。

 外壁周辺まモンスターの遭遇率も高くない。逃げ切る先としては優秀だ。最も、モンスターから逃げるというのはトレインを引き起こしかねないため、プレイヤーから渋い顔をされかねない行為。あまり堂々と言えたことではない。

 速さに関してはAGIがあまり高くないため、そこまで速度は出ないがあのゴブリン一匹撒くには十分。


「いきなり当たるとかツイてなさすぎだろ」


 愚痴りながらも、ステータスを確認する。スキルを二回ほど使ったがMPにはまだまだ余裕がある。

 回復しなくてもよさそうだ。

 先ほどの場所から少し離れ、逃げやすような場所を探す。草刈りは外壁周辺でやってもアイテムや蜂の巣の出現率はゼロに近い。

 そのため、外壁から少し離れなければならない。

 逃げやすそうな目安としては、直線で門に逃げられるような位置がベストだ。ここらのモンスターであれば、トレインしても大した脅威にならない。

 加えて、入れ違いに出てきたプレイヤーが軽く殲滅してくれるかもしれない。


 その後、恐らくバッシングは受けるだろうが、死ぬよりマシだ。


 五分ほど歩きまわり、漸くよさそうな刈場を発見した。

 気合を入れて頬をぱちんと叩き、リンスは鎌を思い切り振りかざす。


 ブンッと心地良い風切り音が響き、草が切り裂かれポリゴン片へと化していく。緑色の光がいくつも上がっていく幻想的な光景に、今此処が「ゲーム」であるという実感が強くなっていく。


「…なんか、久々だな」


 草刈りを続けながら、リンスはそんな事を思った。

 最近はプレイヤースキルをあげるので手一杯。パーティを組んでくれそうな人を探すため、街中を走り回り、尽く断られてはやけ酒を呷る。

 ささくれた日常を思い返し、今、自分が楽しんでいるのを確かに感じていた。


「このままゴブリンが出なけりゃ、一番だな」

「ぐぎゃ」

「……」


 突如横から上がった肯定の声。その聞き覚えのあるだみ声に、全身からアラートが鳴り響く。

 油断していたとはいえ、ここまで接近を許すことはない。

 と言うことは、リンスの隣にポップしたと見るのが普通だろう。


「ついてねーな、糞!」


 悪あがきで、鎌を振り回すも、空振り。

 普段からあることだったが、今日ばかりはあたって欲しかった。


「ぎゃっ!」

「がっ、くそっ!」


 ゴブリンの振りかざされた鉈が直撃。肉に刃が食い込む感覚に、鳥肌が立つ。

 痛覚がカットされていないければ、今ごとのたうち回っていただろう。

 咄嗟にHPを確認すると、先の一撃でHP三分の二ほど持っていかれた。

 バック・ステップを使用し、距離を取るとすかさず大鎌をゴブリンへと突きつけた。


「【デス・ハンド】!」


 大鎌から染み出す黒の霧。

 そこから一本の腕が具現し、ゴブリンへと食らい付く。


「ぎゃっぎゃ!」


 スキルの直撃に一瞬仰け反るが、すぐさま体勢を建てなおされた。

 魔法スキルを発動してから、駆け出していたリンスだったがその予想以上に早い回復にちっと舌打ちをし、反転して鎌を構えなおした。


「【スラッシュ】!」


 大きく後ろ(・・)へ振りかぶった鎌。

 そしてそのままスキルの補助を得て、全力で地面へ振るう。

 低レベルの斬撃スキルは、鎌の勢いを増長するにとどまったが、今回はむしろそれが狙いだった。

 釜が直撃した地面が弾け、土やら草やらがゴブリンへと飛ぶ。

 破壊された草や地面は直ぐにポリゴンと化して消えるが、一瞬ゴブリンの動きを止めることに成功。だみ声のうめき声が上がり、ゴブリンのHPをわずかに削る。


「【デス・ハンド】【バック・ステップ】」


 そして先の繰り返し。

 しかし、今度はきちんと発動させて、ゴブリンを弾き飛ばす。

 再び直撃した魔法スキルに、今度は転倒したゴブリン。HPは大きく削れ、残り三割を切っていた。

 リンスの目に、欲が浮かんだ。

 初めてのソロゴブリン討伐。

 此れを乗り越えれば、草原をビクビクしながら歩かなくてもいい。

 そんな未来を幻視し、追撃しようと大鎌を構え、


「【デス・ハン…ああ、くそっ!あと少しだったのにっ!!」


 目の前に現れた真っ赤な警告。

 MP切れだ。

 肉弾戦で挑むか迷ったが、未だになれない鎌での戦闘は危険すぎる。

 躊躇いつつも、体を翻し町の方向へと向かって全速力で走り出した。

 途中、あまりに悔しかったのか、何度か振り返って文句を言いながら。


「ばーか!ばーか!しつけーんだよ、くそがっ!」


 スタン状態で固まるゴブリンを尻目に、全速力でかけ出した。



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