死神リンス 1
デス・ゲーム
そう呼ばれるものに囚われて、二週間。リンスは今、盛大に腐っていた。
昼間っからギルドの酒場でパーティメンバーを募り、そこで日がな一日昼寝をするのが日課となっている。時々、小学生とか中学生とかに、ポーションとかおやつとか色々あげていたが、今では逆にもらう方になっている。
批判する事なかれ。だってこの世界では年齢差なんて意味は無い。現実世界でLV17だとしても、ゲーム世界ではLV7なのだから。
ちなみに、件の小中学生はLV30ぐらい。そろそろこの「始まりの街」から出て行く頃だろう。
「はあああ…‥‥‥‥」
歓迎すべきことなのだろう。だが、素直に喜べない。小学生にも負けるとか、高校生のプライドが「やばい」と叫んでいる気がする。いや、そんなプライド既に朽ちて消え去ってるだろう。
やけになってきた。
取り敢えず、ボーイに『魔力酒』をオーダー。
支払いと同時に目の前に出現するキンキンに冷えたオレンジの液体をぐいっと呷る。食道を流れるアルコール、焼け付くように熱くなる喉、取り込まれたアルコールがじくじくと身体を炙っていく。
「ッハあああああ‥‥‥‥」
吐息と一緒に鬱憤を纏めて吐き出す。
此処でグチグチしててもあまり意味ないのはわかっているし、このまま乞食を続けれるのもあと僅か。
恵んでくれる小学生`Sが「戦士の町」に行ってしまえば、ヘタすれば餓死してしまう。
一口残った魔力酒を流し込む。そして、勢いに任せてグラスを机に叩きつけた。
「っしゃああ!今日こそゴブリン倒すぞぉっ!!」
掲げた拳に反して、その目標はとても低かった。
☆
マジック・ソード・オンライン
これがこのゲームの正式名称だ。しかし、トチ狂った開発者のせいでログアウト不能のデス・ゲームとかした。そこまではネットで真しやかに囁かれていた都市伝説とあまり変わらないし、そんなそこら中にありふれたネット小説のような展開に、逆に燃え出すアホもいた。
所謂攻略組と呼ばれる連中が、デスペナなしサービスタイムの内に10あるうちの3つのダンジョンをクリア。
そしてサービスタイムは終了と同時に流れる4つ目のダンジョン攻略のアナウンス。暗雲立ち込めていたゲーム世界に光が差してきた頃だった。
住み分けが進み、そもそも戦闘に向かない女性プレイヤーや小学生のような子供、暇を持て余した老人たちは後方支援として雑魚モンスターを借り、アイテムを市場に供給するという役目から、プレイスタイルを変更し職人スキルを取ろうという動きが活発化した。
しかし、そこで転職ができない事が判明。
当初、このゲームの謎機能として名を馳せていた供給システムのせいで、ポーションなどの重要アイテムが品切れになる可能性があった。そのためプレイヤー間でサービスタイムのうちは職業スキルへ転職しない、元々持っているものも戦闘に参加し、低級アイテムをNPCに供給し続けるという協定が結ばれた。
それにこのゲームでは職業を決めてキャラを作成する。そのため転職には神殿へ行き、10万グリード(以下G)を払わなければならない。
高い金もないし、一週間は死なない。その一週間の内に稼ぎまくれば安全な生産職へ転向できる。
そのためその協定に反対するものは誰もおらず、僅かに漏れでた反対の声も村八分にされる恐怖からか、直ぐに消えていった。
が、蓋を開ければこのザマ。
恐怖と怒りに駆られたプレイヤーが取った行動は二つ。泣き寝入りか、引きこもり。
そして二択の内、泣き寝入りを選んだリンスは、今宿敵と相対していた。
緑の体表、醜い顔、薄汚れた毛皮をまとい、キズだらけのランスを担ぐ小人。
通称ゴブリン、適正レベルは5。
リンスのレベルから考えれば、余裕で下せる相手のはずだが、リンスは額に汗を浮かべ緊張した面持ちをしている。
「今日こそ……今日こそぶっ殺してやらぁー!!」
油断なく構える武器は、黒塗りの大鎌。
そしてリンスがまとっているのは真っ黒のフード付きローブ。
「うおおおお!【デス・ハンド】!」
大鎌を掲げ、MPを消費してスキルを発動。
掲げた鎌から黒い霧が出ると、それが4つの手と模り、ゴブリンへと殺到する。が、内3つはシッチャカメッチャカな方向へ飛んでいく。
黒い手の直撃で濁った声を上げるゴブリン。HPを三割ほど削られたが、それでもそのままリンス目掛けて突撃してくる。
「くそがぁー!【スラッシュ】!」
再びスキルを発動。
今度は鎌に紫色のエフェクトが発生する。
そして勢い良く振りかざした大鎌はゴブリンの喉元へと迫り。
「ぐごっ」
「げぇっ!」
すかっと、いとも容易く躱された。いや、単純に外れた。
そして期せず懐に入り込むことに成功したゴブリンは、両手で構えた槍でリンスを一突き。
咄嗟に【バック・ステップ】を発動させるが、リンスの頭上には「クリーン・ヒット」の文字が。
たった一撃で、HPの半分が消し飛んだ。
距離をとったリンスがゴブリンと向かい合う。
暫く静かな時間が続いたかと思うと、じりっとゴブリンが距離を詰め。
「せ、戦略的撤退!ちきしょー!次は覚えてろ!!」
ゴブリンに背を向けると、一目散に逃げ去っていくのだった。
彼の職業は「死神」。このゲーム内では「地雷」と称される職業の一つ。
魔法、物理共に高い攻撃力を持つ反面、魔法防御、物理防御が壊滅的なネタ職業。同時に、武器・魔法の扱いに高いプレイヤースキルが要求される熟練者向けの職業だった。