45 勇者ファルスとアイゼン先生
「勇者ファルスは、私たちを裏切りアイゼン先生を殺したんですよ」
「……? アイゼン先生?」
スフィアがゆっくりと語り始める。
「親からも、カラリア王国からも見捨てられた私たちを救ってくれた人がアイゼン先生なのです。先生を殺した勇者を、私たちは絶対に許すことができませんッ!」
いつも弱々しい口調のスフィアが、声を荒げる。
「ちょ、ちょっと待てよ。何かの間違いなんじゃないか? 勇者、なんだろ?」
「私も信じられませんでしたよ。まさか、最初から異端者である私たちを殺すつもりで近付いてきたなんて思いもしませんでしたからね。でも、悲しいけれど事実なのです、三年前のあの日、スライムがカラリア王国を襲撃した騒ぎに乗じて、アイゼン先生は――」
スフィアの目は怒りと悲しみに満ちている。
「嘘よッ! 出鱈目を言わないでちょうだいッ!」
「クレ……ア?」
「……!」
いつの間にか、クレアが目を覚ましていた。
そして、そのままスフィアに掴み掛ろうとする。
「やめろっ! やめるんだッ!」
「ナイト?! なんで、どうしてこんなやつらの味方をするのッ!? こいつらは、嘘を言ってるわ! お兄ちゃんがそんなことするわけないッ! 誰よりも優しくて、誰もよりも強くて、誰よりも平和を愛してたんだからッ!!」
俺は必死になってクレアを取り押さえる。
まずい、このままだとまたバッドエンドになってしまう。
「フフ、そうやって、いつまでも真実から目を背き続けるのですか? 私は、心が読めるのです。読めてしまうのです。だから、分かります、あなたも本当は気付いているのでしょう? 勇者ファルスの優しさが偽りだったことをッ!」
「違う……違うわッ! お兄ちゃんは……そんなんじゃないッ! この世界を、みんなを救おうと必死になって戦って、戦って、戦い抜いて、それで死んだのよ! そんなお兄ちゃんが、人を殺すはずがないじゃないッ!」
「死んだ? 何を言っているんです、ここに居るじゃないですか」
「うぐッ!」
突然、スフィアに殴られる俺。
「この顔は忘れもしません。ですよね、勇者ファルス?」
「お、俺が勇者ファルスだって言うのか?」
確かに、写真の人物とよく似ているけど、俺は――。
「おい、やめろ、やめろよ! 意味わかんねーよ! 心が読めるんだろ? なら俺がファルスじゃないことくらいすぐにわかるはずだッ!」
「異世界の人間だと、本気でそう信じていたのですか? だとしたら笑えますね。あなたは紛れもなくこの世界の人間、勇者ファルスです。三年前に死の淵を彷徨ったあなたは、異世界で暮らす夢でも見ていたのでしょう。しかし、所詮は夢、いつかは目覚めるものなのですよ」
「お前、何を言って……」
「さあ、今すぐに懺悔してください。私たちを裏切ったことを……、そして、アイゼン先生を殺したことをッ!」
いつものスフィアじゃない。
まるで、何かに憑りつかれているかのように恐ろしい表情をしている。
「ふざけないでッ! お兄ちゃんは死んだのッ! これ以上、おかしなことを言うなら、全てを燃やし尽くしてやるわッ!」
「待て、落ち着けクレア。それだと、何も変わらない、変わらないんだよッ!」
俺はクレアを取り押さえながら叫ぶ。
ここで、時間が戻ったらまた最初からやり直しだ。
もう、タイムリセットはさせない――。
ここで、全てを解決させなくちゃいけないんだ。
「おい、ジェミン。黙ってないでなんとか言ってくれよ。俺がファルスだって、お前もそう思ってたのか? 最初から、俺に復讐するために仲間として呼び込んだのか?」
「……そうだよ、最初からそのつもりだったのよさ! 城で会った時にあたいは心底驚いたよ。行方不明となっていたファルスが目の前に現れたんだからね」
そんな……。
「じゃあ、なぜ仇である俺が焼かれたのにタイムリセットされるんだよ!」
「……言っただろう? 僕のスキルは不完全なんだよ。僕がバッドエンドだと思えば時間は勝手に戻る。きっと僕は、勇者ファルスに復讐なんて望んじゃいなかったのかもしれない。ただ、理由が知りたかっただけなんだ。アイゼン先生を殺した本当の理由を――ッ!」
「だから俺は勇者ファルスじゃないし、アイゼンってやつも知らないッ!」
「まだ白を切るつもりですか? バレないと思っていたのか知りませんが、残念でしたね。こちらには『地獄耳』のソニアがいるのです。ソニアが聞いていたんですよ。アイゼン先生の最後の言葉をね。そうですよね、ソニア?」
スフィアが手に持っていたラクダのぬいぐるみが大きく歪む。
名指しされたソニアが、一瞬ビクッとなって下を向いたかと思えばすぐにまた正面を向いた。
「……違う、違うんだ!」
ソニアがそう叫んで、その場から逃げるように走り去ってしまう。
その様子に驚いたスフィアが、ラクダのぬいぐるみを床に落とし、そのまま地面に蹲ってしまう。
「う、嘘……。そんなわけない。そんな……私は心が読めるのに、そんな、こんなことって……」
「お、おい、どうしたんだ?」
「私は、私は、カラリア王国と勇者ファルスに復讐するために……それだけを考えて生きてきたのに……」
そう言い残して、スフィアはその場に倒れこんだ。




