36 居眠り勇者と迷子の悪魔
「……帰ってこないな」
魔道図書館で待つこと数時間。
俺の横には、幸せそうに眠り続ける勇者クレア。
勇者に永眠魔法をかけたまま、ミルフィさんは一向に帰ってこない。
「ったく、クレアを眠らせたこと忘れてるんじゃないだろうな」
少し不安になりつつも、よだれを垂らしながら眠るクレアを見ているとなんだか幸せな気持ちになる。
「寝てるだけなら、可愛いのになぁ……。おーい、いい加減起きろよー」
よだれを垂らしながら寝ている勇者の頬を思いっきりつねってみるが起きる様子はない。
うーむ、困った。
さすがに、この魔道図書館に眠ったままの勇者を置き去りにするわけにはいかないし。
「……、本当に起きないのかな?」
一瞬、俺の脳裏にやましいことが思い浮かんだが、すぐにそれを払拭する。
いかんいかん、何を考えているんだ俺は。
「う、うーん……あ、やべぇ、寝ちまったか」
クレアがあまりにも気持ちよさそうに寝ているもんだから、いつの間にか寝ていたようだ。
「おーい、クレアー。まだ寝てるのかー?」
「うへへ、もう食べられないよぉ」
俺がクレアの身体を揺すってみるが、寝言が返ってくるだけだった。
「参ったなあ。俺は移動魔法とか使えないし……」
「困ったヌー。家に帰れなくなったヌー」
ん?
今、誰かの声が聞こえたような?
「誰だお前」
「うわわ、驚かすんじゃないやいっ! お、お前、人間か!? なぜ、こんなところに人間がいるっ!?」
目の前には、 赤いツノに、黒い羽、そして黒い尻尾を生やした五歳くらいの男の子が立っていた。
ここは滅多に人がこない古の魔道図書館、迷子だろうか。
「やいやいっ! そこの人間っ! おいらは腹が減ったぞっ! 飯だ、飯を食わせろぃ!」
「それが人にものを頼む態度かよ。まあ、俺は食べ物なんてもってないけどな」
飯だ飯だと、地団駄を踏み続ける少年。
「ヌー? そこにいるのは女かっ!? よし、調度いい! そこの人間っ! この女の服を脱がせるんだっ!」
「……!? ば、バカなこと言うなよ。何考えてんだこのエロガキ!」
俺の後ろで眠っているクレアを見つけて少年が嬉しそうに駆け寄っていく。
慌てて制止するが、物凄い力で弾き飛ばされる。
「このやろう、クレアに手を出したらただじゃすまさねーぞ!」
「ヌー、良いね良いね! その溢れ出る人間の感情! 実に美味しかったよ!」
クレアに何かをするかと思いきや、俺のほうを見て嬉しそうにはしゃぐ少年。
負の感情? 何を言ってるんだコイツは。
「ヌッフッフー。聞いて驚け! おいらは、ゴンタ! 悪魔のゴンタだっ!」
「あ、悪魔? ハハハ、面白い冗談だ」
こんな可愛い子どもが悪魔だなんて、あるはずが……。
いや待てよ。
常識が通用しないこの世界ならあり得ない話ではないのかもしれない。
「お前、悪魔をバカにすんなよぉ! 泣くぞ? 泣いちゃうぞ?」
「お、おう。泣きたいなら勝手に泣け」
俺がそういうと、ゴンタは本当に泣き始めた。
と思ったら、その声がやたらでかい。
俺の鼓膜が今にも破れそうだ。
「うああああ、分かった! 分かった! もうバカにしないから泣くな! 泣くんじゃない!」
両耳を必死に抑えながら、俺が言う。
当の少年は、ピタッと泣き止みこう言った。
「良いね良いね! その溢れ出る人間の感情! 実に美味しかったよ!」
めんどくせーやつ。
「エターナルスリープ? 知ってる知ってる! これでも上級魔法まで使いこなせる悪魔界のエリートなんだぜっ!」
助かった。
このまま、クレアが眠ったままじゃ身動き取れないし困ってたんだよ。
「ヌッヘッヘー、眠りから目を覚ますのは簡単なんだぜっ! 良いか、一度しか言わないから良く聞けよ? 一度しか言わないからな? 絶対に、聞き逃したりするなよ? 本当に一度しか言わ……」
「分かったから、早く言えよ」
「ずばり、キスだ! 眠りから覚ますにはこれしかないんだヌー!」
キス、だと!?
そんな、白雪姫じゃあるまいし。
いや、でも、早く起こさないと、祭りの時間になっちゃうし……。
ああ、もう、どうしたら良いんだ!
「何を悩んでるんだヌー! 早くしろよぉ」
「ああ、もうすればいいんだろうすればっ!」
俺は意を決して、クレアに顔を近づける。
すると、ゴンタが突然笑い始めた。
「ケケケケ、良いね良いね! その溢れ出る人間の……グハァッ!」
「このクソガキがああああっ!」
「うわああ、おいらを殴ったなあア!? 親父にも殴られたことがないのにっ!」
「うっせえええ、人の心をもてあそぶ腐れ悪魔がああああっ! 成敗してくれるわあああっ!」
「ちょ、そんな怖い顔すんなよぉ? 泣くぞ? 泣いちゃうぞぉ!?」
ああもう、勘弁してくれええええっ!!




