00 プロローグ
「お婆さん、危ないッ!」
俺は叫んだ。
学校から帰宅途中の出来事。
杖をついたお婆さんがゆっくりと横断歩道を渡っていた。
そこに信号無視をしてきたトラックが迫ってきていたのだ。
考えるよりも先に行動していた。
俺は、お婆さんを助けるために道路に飛び出した。
車のブレーキ音が響き渡る。
それと同時に鈍い音がして俺は宙を舞った。
「ぐはっ!」
咄嗟にお婆さんを避けようとしたトラックが急に向きを変えたため、俺が轢かれる形となってしまったのだ。
肝心のお婆さんは、さっきまで杖をついていたとは思えない身のこなしでトラックをかわしていたいたのが実に印象的だった。
それが俺が最期にみた記憶。
そう俺は死んでしまったのだ。
俺が目を覚ますと、何やら雲の上にいた。
眩しいくらいの白い世界。
どうやら死後の世界というやつらしい。
魂のような、ふわふわした肉体。
人気のラーメン店かって思うくらいの行列ができている。
係員が列を整え、何やら拡声器のようなもので説明をしていた。
列の先には、怪しげな小部屋がある。
どうやら、そこで『天国』か『地獄』のどちらに行くかが決定されるらしい。
はぁ、まさか十六歳という若さで死んでしまうなんて。
俺は悲しくなった。
数時間待っただろうか、ようやく俺の番になった。
少し緊張しながらもゆっくりと息を吸って小部屋に入った。
部屋に入ると、魂の姿から生前の俺の姿へと変わっていた。
中にいたのは、なんとも胡散臭いお爺さん。
白い髭、白い服、白い羽。
何やら本のようなものをペラペラとめくっている。
俺が立ち止まって茫然としていると、細い目をしてこっちを睨み付けてきた。
「おい、さっさとこっちにこんか。わしも忙しいんじゃ!」
「あ、はい、すいませんっ!」
俺は、急いでお爺さんの前へと行く。
なにこれ?
面接会場?
丸椅子が置かれ、さあ座れと言わんばかりだ。
ここの態度次第で天国か地獄か変わってしまうのだろうか。
下手な真似はできなそうだ。
「し、失礼します」
俺は、そう言って丸椅子に腰を掛ける。
両手はぐっしょりと汗をかいていた。
「ふーむ、黒野騎士か。変わった名前じゃのう」
何やら書類に目を通しながら、ぶつぶつと言う。
「特に、目立った功績もなしか。困るんだよねえ、こういうの」
「は、はい?」
お爺さんは、何やら不満そうにこちらをチラチラと見てくる。
「まあいいか。よいしょっと」
そして、机の引き出しから何かを取り出しころころと転がし始めた。
「あの、何してるんですか?」
俺は、どうしてもその行動が気になったので質問してしまう。
しかし、質問には答えてくれなかった。
「はい、君、地獄行きね」
転がした鉛筆を見ながら、お爺さんは確かにそう言った。
「ちょっと待てーい! 今、鉛筆で俺の行き先決定したよね? そうだよね? 見間違いじゃないよね?」
「あ、バレちゃった? てへぺろ」
俺が指摘すると、お爺さんは舌を出して悪びれる様子もない。
バカにしてるのかこいつは。
納得できない。
納得できるはずがない。
「なんでだよ! 重大な決定を鉛筆ころころで決めるってどういうことだよ! もっと真剣に考えてくれよ! てか、俺、悪いことしてないし、地獄行きとかマジ勘弁!」
俺が我を忘れて、目の前のお爺さんに食って掛かる。
「もう決まったことだから、何を言っても変わらんよ。わしは神様じゃ。神様の決定は絶対なのじゃ。さあ、どいたどいた。今日中にあと三万人も裁かないといけないのじゃ。お前さんに構ってる暇はないのじゃ!」
冷たく言い放つ自称神様。
「ちょ、待って。待ってよ! 俺、死ぬ時だってお婆さんを助けようとしたんだぜ? これって功績には入らないの?」
俺は必死に食い下がる。
「ならんよ。だって、お前さんが何もしなくてもあのお婆さんは助かってたし。それに、どちらかというとトラックの運ちゃんに迷惑かけた分マイナス要素じゃ」
俺は何も言い返せなくなってしまう。
「ふむ、どうしても地獄がいやというなら一つだけ良い方法がある」
「なんだよ、どんなことでもする! だから地獄行きは勘弁してくれ!」
神様が提示したのは異世界に行くことだった。
俺は、特に何も考えることなく二つ返事で引き受けてしまったのだった。
まさかこれが地獄よりも辛い日々の始まりだったなんてこの時は思いもしなかったのだ。