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[1]再会

「ん……うぅん……」

 ブラインドの隙間から漏れる日の光を浴びて、少年の目がうっすらと開いた。少年はベットの上で数回寝返りをうって眠気と格闘していたが、しばらくして気合と共にベッドから転がり落ちる。半分寝た状態のまま床をズルズルと這いずって、開けっ放しにしてあるドアを抜け廊下をさらに進む。階段も器用に寝たまま降りて行き、たっぷり時間を使って洗面所に到着した。目的地に到着しても彼はう〜う〜と唸っているだけで、一向に起きる気配を見せない。

(コラッ、蓮! いいかげんに起きなさい!)

 少年の頭の中で、何度も聞いた言葉が蘇る。彼女はいつも早起きして朝食を作り、朝に弱い自分を起こしてくれた。少年の目に涙が込み上げる。普段は考えないようにしていても、寝惚けた頭は勝手に彼女のことを思い出してしまう。

 一緒に遊んだ事、くだらない理由で喧嘩した事、その後仲直りした事、彼女が殺された時の事。

 右腕の傷痕が疼く。何故自分は何も出来なかったのか。幾度となく繰り返した後悔。こうしている今も、彼女がひょっこり帰ってきそうな気さえする。少年はぶんぶんと頭を振ってくだらない幻想を振りほどく。なんとか気を取り直して立ち上がると、今にも泣きそうな顔をした自分が鏡に映っていた。冷たい水で顔を洗い、洗面所を後にした。リビングに移り、戸棚からカップ麺を取り出してポットのお湯を入れた。出来上がるまではしばらく何もせずぼーっとしている。

「もしもーし」

 あぁ、幻聴が聞こえる。

「ねーってばー」

 彼女はもう戻ってこないのに。

「いいかげん気付いてよー」

 今日は厄日だ、起きてからずっと幻聴が止まない。

「おーーーーーい!」

 気のせいかだんだん大きくなっている気がする。

「そろそろ本気でおこるわよー!」

 俺はとうとうおかしくなってしまったのだろうか。

「もう! これでどうだ!」

 次の瞬間、少年の頭にマグカップが落下した。骨と陶器のぶつかる鈍い音。少年は痛みのあまり座っていた椅子から転がり落ちた。頭を押さえ、涙目で後ろを振り返る。そこには、ふわふわと空中に浮かぶ半透明の人間の姿があった。

「名伏蓮くん、あたしの名前を言ってみたまえ」

 少女は親指で自らの胸を指しながら、芝居がかった口調で少年に問うた。

「香奈…」

 少年は状況が理解できていないまま、呟くように少女の問いに答えた。

「はい正解。明るく元気な上月香奈ちゃんでーす」

 いぇい、とピースサインを突き出したかと思うと、今度は不満気に頬を膨らませる。

「それにしても蓮、ちょっとあたしがいなかったからっていくらなんでも酷過ぎよ。掃除くらい自分でしなさいよね」

 確かにこの家は汚れている。玄関にはゴミ袋が散乱し、キッチンには食器が詰まれ、洗濯物もたまっているし、床にはほこりが積もっている。だがしかし、そんなことは少年にとって全くどうでもいいことである。少女の言葉が全く聞こえてない様子の少年は、ただただ呆けた表情で少女を見つめるだけである。その視線に気付いた少女は、怪訝な顔で少年に詰め寄った。

「なによ? あたしの顔になにかついてる?」

 少しして、少年はようやく口を開いた。

「本当に、本当に香奈なのか?」

「だからさっきからそういってるじゃない。人の話ちゃんと聞いてた?」

 ああ。間違いない、本物の香奈だ。香奈が帰ってきたんだ。夢なんかじゃない。これは紛れもなく現実。

「ちょっと、黙ってないでなんとか言いなさいよ」

 その言葉に、少年は笑顔で返した。そして、たった一言だけ少女に伝えた。その一言こそが、少年の最も伝えたいこと。最も素直な、心からの言葉。少女もまた、同じくして答える。

「おかえり、香奈」

「ただいま、蓮」

 二人の顔に、以前と同じ笑顔が浮かんだ。

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