隣の席になる可能性より、君と恋する可能性の方が低い
初投稿です。
放課後と帰り道を舞台にした、静かな恋愛ものです。
よければ、ゆっくり読んでみてください
人生には確率というものがある。
ガチャの当たる確率とか、天気予報が当たる確率とか、そういう分かりやすいやつじゃない。
たとえばーー
同じ学校に通う確率。
同じクラスになる確率。
同じ班になる確率。
隣の席になる確率。
でも、まぁ、なんだかんだ運が良ければ起こり得る。
でも、クラスのアイドルと恋をする可能性は、きっとそれらよりずっと低く、もしかしたら天文学的な計算に匹敵するかもしれない。
少なくとも、俺のこの人生においては。
「......ねぇねぇ、この映画本当に面白いと思って
選んだ?」
隣から、大きい声で、遠慮の無い声が耳に向かって響いてくる。
ふと、彼女の表情を伺うと、お饅頭でも詰め込んだかのように、両方のほっぺが膨らんでいた。
「いや、だって、ネットの評価高かったし......」
思っている通りのことを正直に伝える。
いつもの流れ的にきっと信じては貰えないということを、この時の俺は気づいていた。
「評価ね。はいはい」
彼女はそう言って、俺のベットにもたれかかりながら、お皿の上に出しておいた市販のキャラメルポップコーンをひとつ摘まんだ。
映画の画面では、物語が壮大な音楽と共に動いているはずなのに、正直、映画の内容はほとんど頭の中に入ってこなかった。
理由は単純だった。
クラスのマドンナと呼ばれている彼女が、俺の部屋にいる。
制服姿ではなくて、部屋着であると思われるカーディガン姿。
学校でいつも、自分含め、みんなが見ているような完璧な笑顔はなくて、その代わりに少し眠そうな目をしている。
「ねぇ、そこ伏線でしょ。分かりやすすぎ」
「......そうかな?」
「いやいや、ちゃんと本人の立場になって考えたら
分かるって。
主人公絶対公開するやつじゃん」
全ての結末を見透かすかのような断定口調。
満足そうでは無いが、口に二つのお饅頭を詰め込んだかのように膨らんだ頬。
でも、その様子がどこか、楽しそうだった。
彼女ーー九条紬は、学校では、清楚で優しくて、
誰にでも平等で、近寄りがたい存在だ。
男子からは憧れの存在で、彼女への告白が後を経たない。聞いた話だと、未だ誰からの告白も受け入れていないらしい。女子からは、いい意味でも、悪い意味でも一目置かれているらしい。
それなのに今は、俺の家で、俺の選んだ映画に文句を言っている。
この状況がもうおかしい。
ソファーでもなく、床でもなく、まさかの俺の
ベットの横。
肩が触れそうで、触れない、絶妙な距離感。
恋人じゃない。
付き合ってもない。
告白すらもしていない。
それなのに、こんなに近い距離に彼女がいる。
「ねぇ、ねぇ」
「ん?」
「なんで無言になってるの?」
「いや、映画に集中しててさ」
「嘘。考えごとしてたでしょ」
両手が肩に触れて、何度も優しく叩かれる。
その距離がやけに近かった。
見透かされている。
悔しかったが、でも、嫌な気分はしなかった。
九条は学校では決してこういう言い方をしない。
誰かを否定したりしないし、場を乱したり、もちろん反抗したりもしない。
だから、ここだけの姿は俺だけが知っている。
「......どうして、こうなったんだろうな?」
思わず口に出してしまうと、彼女がポップコーンを
美味しそうに頬張りながら、首を傾げる。
「なにが?」
「いやあ、何も?」
決して説明できない。
筋の上をきちんと通ったようなしっかりとした
始まりじゃなかったから。
普通なら誰にも信じてもらえないような始まりだったから。
どうして、クラスでほとんど話したことがなく、
友達がいない俺と、学園のアイドルである彼女が、
こうして隣で一緒に映画を見ているのか。
どうしてかというとーー。
話は少し前に遡る。
あの日は、ただの曇り空だった。
雨が降るか、降らないかの微妙な天気で、
俺はいつも通り、誰とも話さずに席に座っていた。
クラスの雰囲気はいつも通りだった。
みんなでわいわいと騒いでいる中心と、静かな端っこ。
俺はもちろん、後者である。
「あ......」
その瞬間、机の横に何やら黒い影が通り過ぎる。
顔を上げると、そのには九条が立っていた。
一瞬で、教室中の人の視線が九条に集まるのがわかる。
「このプリント、落とした?」
差し出された一枚の紙。
先ほどまで、机の上に置かれていた紙が無くなっていたのにも今になって気づく。
確かに、俺の名前が小さく右下に書かれている。
「あ、うん、ありがとう、九条さん」
それだけのやり取り。
むしろ、それで終わるはずだった。
なのにーー
「......えっとー」
九条は少しだけ言葉に詰まった。
その一瞬の沈黙が、妙に印象に残り、教室の空気が
変わる。
「このあと、時間ある?」
クラスがその一言でわずかにざわついた。
俺は、自分の耳を疑った。
周りもきっと同じだ。
「......いやぁ、そのぉ」
断ろうとしていた。
いや、断る準備をしていた。
俺みたいな友達がいなくて、教室の端でひとりぼっちな人と、学園のアイドルである彼女と放課後を過ごす理由なんて一つもない。
そう思っていたから。
でも、九条はどこか照れ臭そうに視線を逸らしながら続ける。
その表情はいつも学校で見せるような完璧な姿ではなかった。
不安そうで。どこか必死でーー。
それが、この物語のすべての始まりだった。
確率の低い出来事はだいたい、こういうどうでも
いい選択から始まる。
俺はまだ、この先、どんな展開が待ち受けているかなんてまだ、気にも留めていなかった。
いや、その余地すらも与えてもらえなかった。
九条が、どんな弱さを抱えているのかも。
そして、自分がこの関係を失うのがどれだけ恐れるようになるのかも。
ただ、一つだけ分かっていることがあるーー
隣の席になる可能性より、
君と恋する可能性の方が、
まだ、低いということだ。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次回も、少しずつ距離が近づく放課後を描いていきます。




