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【改稿版】【完結】迷宮、地下十五階にて。  作者: 羽黒楓


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第56話 エピローグ

「アストリウムオーブ?」


 ツバキは怪訝そうな顔をする。

 ここはダンジョンの地下5階。

 もうすぐ消防の特別高度救助隊がやってくるてはずになっていた。

 それがツバキとの別れになる。

 魔女とはいえモンスターだ。

 人間社会に溶け込んで生きていくことなどできない。


「どっかほかのダンジョンでも探してそこに住み着くさ。ここ? いやだよ、有名になりすぎて観光名所になりそうじゃないか、そんなところには住めないさ」


 ということらしい。


 コメント欄の機械音声がコメントを読み上げる。


:コロッケ台風〈アストリウムオーブとかいうのさえあれば、地上で魔法やスキルが使えるらしいですけど、ツバキさんはご存知ないですか?〉


「ああ……あれか。見たことはないが、イギリスのジェシカっていう魔女が持っているぞ……。……そうか! なるほどな。ふふふ、なるほどなー。人間もおもしろいことを考えるじゃないか。たしかに、あれを使えば……」


「どういうことだ?」


 光希が尋ねる。


「ふふふ、そうか……。あれを使えば、たしかにスキルを発動した状態を固定できるし、時間制限もなくなるな……。あのな、凛音を実質的に生き返らせることができるかもしれんぞ」

「どういうことだ、きちんと教えろ」

「ふふふあははは、なるほどなー。凛音の身体を作り出すことは光希、お前が簡単にできるだろう? そこの馬鹿のウサギもいるんだし」


「な……! ボクは頭脳明晰だぞ!」


 ミシェルの抗議を無視して光希はさらに尋ねる。


「ツバキ、お前は何を言っている? 俺にはそんな力はない。これから『入れ物(コンテナオブソウル)』になる人形を作れる人形師を探そうと思っているんだ」


「あほか、光希、お前なにもわかっていないねー。よし、じゃあ今ここで凛音を一時的にでも復活させようじゃないか。地上では使えないから意味ないと思っていたし、とっくに気づいているもんだと思ってたが」


「ほんとに何を言っているかわからんぞ」


「まあまあ。よし、じゃあそこのウサギの馬鹿」


「ウサギに対して馬と鹿よばわりは屈辱!」


 ウサギ耳をピョコピョコさせて文句を言うミシェル。


「まあどっちでも同じようなもんじゃないか。ほら、光希に自分の身体を食わせてやれ」

「うん? そりゃまあそれはいいけど、馬鹿は撤回してほしいな……」

「別に肉である必要はないんだぞ? 髪の毛でいいんだ、髪の毛で」


 聞いていた由羽愛(ゆうあ)がぽんと手を叩いた。


「あ、それでいいんだ」


 光希はがっくりと肩を落とした。

 俺は痛い思いをさせてまでミシェルの肉をじっていたのか……。


「もっと早く教えてくれよ……」


 ミシェルはどうとも思っていない顔で言う。


「まあ、ボク、マスターにならじられるのもわりと悪くなかったよ。よし、マスター、ちょっと待っててね」


「ああ、髪の毛を一本、頼むよ」


「あ! マスター、そこに虫がいるよ! 気持ち悪いからつぶして! 早く!」


 光希がそちらの方をみると、たしかにそこには大きめのダンゴムシのような虫がいた。


「虫ってお前、こんなダンジョンの中で虫一匹気持ち悪いとかなに言ってんだ……モンスターだったりするのか?」


 そいつを眺めてみるが、どうみてもただの虫だ。


「ほうっておこうぜ」

「よし、マスター、髪の毛を抜いたよ。これを食べてくださーい」

「いったいなんなんだよ……」


 ミシェルから毛を一本受取る。

 飲み込みやすいのを選んでくれたのか、細くて短い毛だ。

 それを口にいれる光希。

 まあちょっと気持ち悪いが、肉を食うのに比べればなんてことない、ゴクリと飲み込む。


 その瞬間、由羽愛(ゆうあ)が、


「キャーーーッ!」


 と叫んだ。


「ほんとに食べさせちゃった……あそこの毛を……」


 ミシェルは頬を紅潮させてふふふ、と笑う。


「……マスター、食べたね……? ボクのあそこの毛を……」


 光希はぞっとして言った。


「いやまて、あそこの毛ってなんだ、あそこってどこだ。虫とか言って俺の注意をそっち向けたすきにお前……まさか!?」


 そこにツバキがため息を付いていう。


「どこでもいいよ、ちょっと縮れてたからラーメンみたいでうまかったろ。ほら、鼓動の剣を発動させろ」

「うえー、ぺっぺっ……。ここで鼓動の剣を出すのか? まあいいけど……どういうことだ?」


 ツバキはニヤリと笑っていった。


「お前、前に猫の刀身を出していたな?」

「それがどうした?」

「猫が可能なら……人間も可能だってことだ」

「………………あっ!!!!!」


     ★


 光希の目の前には、凛音がいた。

 たしかに凛音だった。

 死んだときと同じ服装をしている。


「あはー、こういう手があったかー。柄がお尻から生えてるんだけど……尻尾みたいでかわいい! ミシェルとおそろいだねっ」


 管楽器のように心地よいその声は、たしかに凛音のものだった。

 さらさらの長い髪、透き通るような肌、太陽のような笑顔。

 たしかに、凛音がそこにいた。


「凛音……」

「えへへー、光希、ひさしぶりっ! ってのもおかしいね、えへへー」


 ツバキは得意げに言う。


「で、アストリウムオーブはイギリスのダンジョンに住み着く魔女が持っている。どうにかして手に入れるといいさ。あれは魔法やスキルの固定化ができる冥界の秘宝だ、そんなのを持っている魔女と戦おうなんてのはおすすめしない。交渉してみるがいいさ。なにかとんでもない対価を要求されるとは思うが。そしたら、凛音は地上でもその姿のままでいられる。生き返ったのと一緒だろ? ちなみに光希の魂の力でできているから年はとらない。あと光希が死ぬと凛音もその身体を失うことになるな」


「素敵! 死が二人をわかつまで、私達はずっと一緒ってことだね!」

「相変わらず前向きだな、お前は……。まあ、そういうやつだけどな、お前は」

「えへへへー。あとこの身体、元の身体よりちょっとプロポーションがよくなってる気がする……こことかこんなに大きくなかったよ? 光希、そんなふうに私を見ていたんだねー」

「…………いや、いや、そ、そのままのはずだ……」

「まあいいよ、えへへ!」


 凛音は満面の笑みで光希に抱きついてきた。

 魂の力でできているその体にはたしかに心臓まであって、血流が巡っていて、暖かかった。

 ぎゅっと凛音が光希の身体を抱きしめてくる。

 光希も抱きしめ返した。


 深い輝きをたたえたその瞳で光希を見つめて、凛音は言った。


「ありがとね……。いろいろ、ありがと」

「ああ。いや、いまからアストリウムオーブを手に入れなきゃな。必ず、手に入れるからな」

「うん、ありがと! そしたら、そのあと……」

「ああ、沖縄旅行だろ?」

「うん!」


 そして二人抱き合って、見つめ合い。


 ゆっくりと顔を近づけて。


 愛情のこもったキスを交わしたのであった。


「はあ、はあ、はあ、ボクのあそこの毛を食べた口でマスターが凛音とキスをしている……」


 ミシェルがそう言い、


「うえええ……素敵なキスなのに、それを聞いちゃったら素直にそう思えない自分がいるよ……」


 由羽愛(ゆうあ)がなんともいえぬ顔でその光景を見ていたのであった。


 二人の、いや、ざ・ばいりんぎゃるずの探索は、これからもまだ続く。



                              【完】

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