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【改稿版】【完結】迷宮、地下十五階にて。  作者: 羽黒楓


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第54話 見えちまったぜ

 光希の握っている刀身から、メルティングソードが消えるまであと十秒ほど。

 

 次に出現させる刀身が、おそらくこの探索の最後の具現化。

 口の中にはミシェルの味がまだ残っている。

 光希は思い出す。

 ダークドラゴンとの死闘、ツバキとの邂逅、由羽愛(ゆうあ)の救出、おけまる水産、ツバキの氷像。


 長く感じるが、せいぜい2日間かそこらの出来事だった。


 ついに、終わりを迎えるときがきたのだ。


 凛音の声は特別扱いにしたうえで、コメント欄は開放した。


:青葉賞〈頼むぞ梨本光希〉

:250V〈いい刀身を引いてくれよ〉

:リャンペコちゃん〈っていうか凛音ちゃんが俺達といっしょになってコメントしてたとは〉

:光の戦士〈この探索、最後まで見届けるぞ〉

:seven〈ナッシー、最後決めてくれ!〉

:ハンマーカール〈由羽愛ちゃんを無事に連れて帰ってくれ!〉

:小南江〈がんばってくださいす!〉

:パックス〈ミシェルのお尻ペロペロ〉

:特殊寝台付属品〈俺もミシェルのお肉食べ……いや舐めたかった〉

:見習い回復術師〈ツバキもヴェレンディも疲れが見えてきたぞ、急げ梨本光希〉


 光希はふと、肩になにかを感じた。

 ミシェルの手だった。

 ふりむくと、ミシェルは柔らかく笑い、


「頼りにしているよ、マスター」


 と言った。

 由羽愛(ゆうあ)も駆け寄ってくる。


「光希さん! お姉さんといっしょにあいつをやっつけて!」


:音速の閃光☆ミ〈光希のこと、信じてるよ〉


 光希は頷き、大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 刀身が音もなく消え去る。

 それと同時に光希は叫ぶ。


具現せよ(Embody)わが魂( the blade)の刃(of my soul)!」


     ★


 そのとき、ツバキは追い詰められていた。

 ヴェレンディの攻撃はほぼ完封していたのだが、相手の数が多すぎた。

 金属球の物量で押しつぶしてやる心づもりだったが、ヴェレンディの重力魔法によって金属球はすべて薄いペラペラの鉄板のように圧縮されて床に散らばるだけだった。

 モンスターのゾンビどもはすべて金属球でつぶしてやったし、ヴェレンディの『入れ物(コンテナオブソウル)』もそのすべてを倒していたが、青髪の今の本体は健在だ。


 魔力の枯渇が近づいてきていた。

 魔女といえども、大悪魔と同等の力をもつヴェレンディに押されてきていた。


「はっはっはーー! ツバキ、そろそろ終わりだねえ? せっかく復活したのにすぐ死亡! ざぁんねん! こいつは受けきれますかぁ!?」


 ヴェレンディが握りこぶしをぐっと固め、頭の上に掲げる。


「ふんっ!」


 彼女が気合を入れると、天井の火砲がゴギャンッ! と音をたてて変形した。

 その口径がひろがり、砲塔が伸び、さらに巨大化したのだ。


「私の全力ですよ? お前の魔力も限界でしょぉ? これは受けきれまい! 撃てぇぇぇぇぇぃ!」


 一〇〇センチを超えるかと思うほどの巨砲が耳をつんざく音とともに砲弾を発射した。


「くぉぉぉぉぉ!」


 ツバキが発射された砲弾に向けて金属球を集中させる。

 だがその砲弾は金属球の直撃をものともせずにそれらを破壊しながらまっすぐにツバキに向かっていって――。


「くそ、駄目か!?」


 眼の前に迫った砲弾を前にツバキは今度こそ自分の死を予感した。

 よけようとしても身体が動かない。

 ピクリとも動かない。

 まさか、死を前にしてこの私が恐怖しているとでもいうのか。

 ちくしょう、今度こそ本当に幽霊になるしかない――。


 死んだ妹の顔を思い浮かべた。

 まだツバキが人間だったころだ。

 親の借金のかわりに、妹は人柱として橋の下に生き埋めにされた。

 目隠しをされ、縛られた妹は抵抗することもできず、恐怖による失禁で衣服を濡らしながら生きたまま土をかけられた。


 (ゆい)、ごめんね、お姉ちゃん、なにもできなかった。


 力が。

 力がほしかった。

 手に入れたと思ったのに。


 由羽愛(ゆうあ)


 助けてやりたかった、今度こそ。

 今までのような生霊ではない、たとえ本物の幽霊になってでも、どうにかしてやる。

 なんとかして逃がしてやるからね――。

 輪魂の法を発動させようとするツバキ、だがなぜかそれもできなかった。

 周りから音が消えたように感じた。

 眼の前には巨大な砲弾。

 まるで、時間が止まったようだった。

 陰湿な笑みを浮かべるマイクロビキニを身に着けた青髪の悪魔。

 私の死か?

 数百年の時を生きてきた、私の存在の消滅が今か――?


 誰も助けられないまま?


 (ゆい)も、由羽愛(ゆうあ)も死なせて私も死ぬのか――?


 ツバキは観念してその時を待った。

 待ったが、いつまでも〝その時〟は訪れない。


 ――――なんだ、これは?


 まるで――時間が止まったみたいだ。

 世界の時間が止まり、意識だけが動いているような、そんな不思議な感覚。

 静寂。

 そこに、コツコツという靴音だけが聞こえてくる。

 宙に浮いているツバキの足元を、一人の男が歩いてきているのだ。

 その男は真下からツバキを見上げ、「あ」と言ってすぐにうつむいた。


「悪い、見えちまったぜ」


 それは、一本の剣を片手に持った、光希だった。


     ★


 まさか、こんな刀身まであるとは。

 改めて、光希は自分の固有スキルに驚いていた。

 こんな刀身を具現化させたのは初めてのことだった。


 それは、見た目はただの普通の両刃の剣。

 だがしかし、その剣が持つ能力は――。


 生命体の意識を除いたすべての時間を止める。

 それが、この刀身の力だった。


 ブレイド・オブ・クロノス。


 時間を司る神、クロノスの名を持ったその剣の名前だ。


 光希はやはり宙に浮かんでいるヴェレンディのそばにゆっくりと歩いていく。

 ヴェレンディも動きを止めている。

 醜悪な笑みを浮かべていた。

 意識はあるはずだ。

 だがこの時間の止まった世界では、輪魂の法も使えまい。


 これで、終わりだ。


 光希はタンッ、と床を蹴ると飛び上がり、ヴェレンディの真ん前で剣を振りかぶる。

 今まさに自分の死を前にしてヴェレンディは何を思っているのか。

 どうでもいい、人間の死を弄ぶやつの心など理解もしたくない。


「よくも凛音の死体をおもちゃにしてくれたな。さよならだ」


 そう言って、光希はヴェレンディの首を()ねた。


 時間が止まっている中、ヴェレンディの首は身体と離れてしかし落ちずにそこにあった。

 さらにその頭を脳天から斬りつける。

 

 頭蓋骨が割れ、脳髄が見え、脳漿が飛び散る。


 これで意識も亡くなったはずだ、輪魂の法も使えまい。


 次の瞬間、時が動き出す。


 首を失ったヴェレンディの胴体は赤い血を撒き散らしながら床に落ち、破壊された首は無様に床に落ちた。


 魔力の供給を失った砲弾はその場で消え失せ、残されたのは哀れなモンスターと人間の死体だけとなった。


「…………はっ?」


 ツバキはしばらく宙に浮いていたが、魔力を使い果たしたのか、ふっと地面に落下を始める。


「おっと」


 光希は駆け寄ってその身体を受け止めた。

 腕の中で失神したツバキはしずかに呼吸をしていた。


「ツバキ、ありがとう。お前がいなかったらこの探索は失敗だったよ」


 すべてが終わったのだ。


 これがダンジョン探索の終了だった。




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