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【改稿版】【完結】迷宮、地下十五階にて。  作者: 羽黒楓


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第53話 センキュ

 ミシェルに投げられたツバキの〝氷像〟は、空中で由羽愛(ゆうあ)の魔法を受けた。

 ジュワッ! という音ともに瞬時に凍結石化魔法が解除される。

 ツバキは空中で体勢を立て直すと、まるでフィニッシュを決めるときの体操選手のようにストン、と綺麗に着地した。

 そしてそのままタタッと由羽愛(ゆうあ)に駆け寄ると、いきなり彼女にガバっと抱きついた。

 

「お姉さん……生きてたんだ……」

「センキュ、これはお礼さ」


 そういってツバキは由羽愛(ゆうあ)のほっぺたに軽くキスをした。


「ひゃっ!?」


 と声を上げる由羽愛(ゆうあ)を尻目に、ツバキは光希を指さして叫んだ。


「散れ! 密なる魔法粒子、疎なる大気へとちらばれ!」


 そしてパチンッ! と指を弾く。

 その瞬間、光希の周りの空気の密度が軽くなったような感覚がした。


「これで沈黙の魔法は解除した!」


 さすが数百年を生きる魔女であった。

 しかも、今は霊体ではない、完全体なのである。

 人間とは魔法のレベルが違っている。


「光希、こっちへ逃げてこい、私の攻撃に巻き込まれるよ?」


 光希とミシェルは言われた通りにダッシュしてツバキのもとへと退避行動をとる。

 ヴェレンディはツバキに注目していて光希たちを無視している。

 自分より弱いと判断した敵を軽視する、その習慣が彼女の最大の弱点でもあった。


「ツバキィィィ! 生きてたかこのガキィ! 今度は私の夜伽(よとぎ)死体にしてやりますよぉ!」

「行くぞ、ヴェレンディ! 三十五年前はよくもやってくれたな!」

「今度こそ殺してやる! オオオオオォォォォォォォォンッ!」


 ヴェレンディが叫ぶと、ダンジョンの天井から火砲が降りてくる。

 砲門は一つ。

 ここの場所はさきほどの通路より狭いので、三連装砲は呼べなかったようだ。

 だが、三連装砲よりも砲門の口径は大きかった。


「さあゆけ、私と、私のかわいい死体たちよ!」


 ヴェレンディの叫びとともに、ドラゴンゾンビが吠え、ワイバーンゾンビが叫び、ケルベロスゾンビが疾走を始める。

 火砲がツバキを照準し、ヴェレンディの魂をもった『入れ物(コンテナオブソウル)』たちが次々と攻撃魔法の詠唱を始めた。


 だが、ツバキも行動が早かった。


「わが魔力よ、敵を屠る槌となってすべてを破壊せよ!! 滅殺鋼球(キラースティール)!」


 すると直径一メートルほどの金属球が現れる。

 金属球一つでこの状況をどうこうできるだろうか?

 しかしツバキを信じるしかあるまい。

 光希のメルティングソードはあと3分はこのままだ。

 無機物を溶かすだけのこの剣では、魔法攻撃を主とするヴェレンディ相手には分が悪い。


 光希たちの隣で由羽愛(ゆうあ)も魔法障壁の詠唱を始めている。

 

 そして。


「死ぬですよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!!!!」


 ドオォォンッ!


 という轟音が響き、火砲が砲弾を発射する。


 ドラゴンやワイバーンは火を噴き、ケルベロスやガーゴイルは突進してくる。

 さらにヴェレンディの分身どもがはなった稲妻の魔法がいっせいに発射された。

 人類であれば、これだけの攻撃をしのぐことは不可能であろう。


 だが、元――いや、『魔女』ササノ・ツバキは動じない。


「結局は――物理的な重量で制圧するのが一番簡単なのさあ!」


 ツバキの金属球が発射された。それはドラゴンゾンビに直撃して首をふっとばしたのだが――。

 しかし、光希(こうき)が見たのはそれだけではなかった。

 金属球が発射されたはずの空間にはまた金属球が出現していて――。


 ドンドンドンドンドンッ! ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!


 表れ出た瞬間にそれは敵にむかって発射されていく。

 毎分240発を超えるとんでもない金属球の連射だった。

 鉄と血と肉が焼け焦げる臭いがたちこめる。

 ゾンビどもの咆哮、ブレスがもたらす爆発、金属球がすべてを破壊し、ヴェレンディの『入れ物(コンテナオブソウル)』が攻撃魔法を放ち続ける。

 その魔法を手に持った杖で打ち消していくツバキ。

 

 もはや地獄と呼ぶのも生ぬるい戦場だった。


:音速の閃光☆ミ〈どうする? 最終破壊魔法使う?〉


「いやだめだ、ヴェレンディの『入れ物(コンテナオブソウル)』が多すぎる……。一体殺したところでどうにもならない。あれは魔力を使いすぎるから連発はできないしな。しかし……すごい光景だ……」


 襲い来るモンスターのゾンビの群れ、火炎放射に雷撃、だがそれをツバキは数百、数千の鉄球で撃破していく。

 せまい玄室は金属球で埋まりそうなものだが、ヴェレンディ本体は使う魔法を重力操作一本に絞ったようで、敵に命中して勢いの落ちた金属球はそのまま地面におちてペタンコにへしゃげる。


「魔力量が人間のレベルじゃないな……ほとんど神々と大悪魔の戦争の世界だ……」


 単眼の巨人、サイクロプスが持っている棍棒で金属球を弾き返す。

 それは光希たちに向かって飛んでくるが、光希はメルティングソードでなんなく溶かす。

 サイクロプスは次の金属球に上半身をふっとばされた。

 と、そのとき凛音の機械音が叫んだ。


:音速の閃光☆ミ〈あーーーーーーーーーーーッ! 美少女の身体がつぶされたーーーーーーーっ! 私の身体がーーーーーーっ!〉


 人間のゾンビはこの戦いの中ではもろい泥人形と変わりなかった。あっという間に潰されたり焼かれたりしていく。

 凛音の身体も金属球に潰され、ワイバーンゾンビの吐くブレスで燃え尽きた。


 そもそも心臓を破壊されていてもはや魂の還るべきところではなくなった肉体ではあったが、さすがにその光景は光希の感情を激しく揺さぶる。


「マスター、リンネはここにいるんだよ、気を確かに持って!」

「あ、ああ……」


 この戦いにも終わりが見えてきた。

 ヴェレンディとツバキ、全力を尽くして魔法を打ち合う二人の魔力もついに尽きるときがきたのだ。


 しかし、それとほぼ同時に、メルティングソードを出現させてから二九七秒が経過しようとしていた。



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