第51話 ☆ミ
由羽愛の治癒魔法を受けたあと、光希は鼓動の剣の柄を握り、ヴェレンディだったものにそっと近づいた。
華奢な体型、煽情的な格好をしている彼女は今はなんの表情もなく、光を失った瞳で虚空を見つめている。
いや、もはやその目にはなにも写っていないだろう。
――死んだ。
:音速の閃光〈やっつけた?〉
「ああ……少なくとも、この身体は殺した……。外からはわからんが、内臓はぐちゃぐちゃになっているはずだ」
:音速の閃光〈自分でやっといてなんだけどグロいなあ……〉
「まだ油断はするなよ……」
光希は注意深くヴェレンディの周囲を探索する。
「移転の杖は持ってきていないようだな……すると、玉座のあたりに置いてあるのか……? とりあえず、玉座に向かおう」
三人は周辺を警戒しながら進む。
ここは地下十五階。
ヴェレンディでなくとも、凶悪なモンスターにどこから襲われてもおかしくない場所なのだ。
「おい、由羽愛も見ていてくれよ。少しでも変なところがあったらすぐに……」
言いかけて光希は口をつぐんだ。
由羽愛が身体を震わせて大粒の涙を流し始めたからだ。
「うう……ぐす……ひっく、ひっく……お、お姉さん……消えちゃった……お姉さんが……」
ツバキは、ヴェレンディの解呪によって消滅させられた、ように見えた。
だが……。
「泣くな。由羽愛のときもそうだった」
「え?」
「由羽愛が解呪したときも、ああやって一度消滅した。しばらくしたらしれっと戻ってきたじゃないか」
「でも、でも、魂が浄化されちゃったら普通……」
「そうだ、あんなふうに戻ってくることなんてできないはずなんだ。あいつはそこまで俺達に教えてくれなかったが――。だが、ヒントはくれていたぞ。俺が思うに――」
その時だった。
「おーい、こっちだよ! ヴェレンディの玉座を見つけた! ……杖のようなものもあるよ。マスター、リンネ、これを見て!」
ミシェルの声。
先程の戦闘で崩れた天上や壁の破片が転がっている通路を通り、ミシェルの声がしたほうへと向かう。
すると、たしかにそこには悪趣味な玉座がおいてあった。
思いの外広くはない玄室だ。
十メートル×十メートルほどの大きさだろうか。
……いや。
玉座の向こう側にはさらに奥行きが広がっていた。
そして、そこには白い箱のようなものが無数に並んでいる。
「――棺、か――」
死霊術師らしいといえばいえる。
きっとあの中には死体が眠っているのだろう。
床には赤い上等な絨毯。
ダンジョンの壁にはおしゃれな棚が並んでいて中には酒が並んでいた。
「おいしそうなお酒がならんでいるなー……。ボク、お酒好きなんだよねー。マスター、戦利品としてこれ持って帰ってもいい?」
「いいけど重そうだな……。一本か二本にしとけ。それよりも……」
玉座から目測で八五〇センチ東。
ツバキが「アイテムがある」といっていた地点。
だが。
玉座のある部屋は十メートルの幅しかないのだ。その中央にある玉座を始点として五メートルの地点には壁があることになる。
その壁を拳でコンコンと叩いてミシェルが言った。
「うーん、これ……。向こう側から周るということかな……?」
「いや違うな。この壁は向こう側に空間があるような薄いもんじゃない。厚さ数メートルはあるんじゃないか……」
:音速の閃光〈どういうこと水産?〉
「もう水産はいいよ、わかったわかった」
「しかし……リンネがコメント欄にいたとはね。マスター、なぜ教えてくれなかったの?」
「切り札だったからな。どこかで盗聴されていたらまずい。タブレット単体だけを狙って壊されたらお手上げだろ? 石ころ投げられただけでも壊れるぞこれ。タブレットは治癒魔法で治せないしな。念には念を入れて黙っていた」
「なるほどね。そっか、そういうことかー。リンネが死んだ割にはマスター、そんなに取り乱していなかったし、妙に淡々としているなとは思ってたんだ。そっか、タブレットの中にいると知っていたからか」
「まあ、そういうことだ」
「音速の閃光、か。なるほどだよ。なかなか考えた名前じゃない、リンネ。凛音の音、光希の光、門脇亜里沙の門、田上和人の人、それに三原早秀の早をもじって速、か……」
:音速の閃光〈えへへー。いいネーミングでしょー?〉
「うん。いい名前だ。ボクたちのパーティ、ざ・ばいりんぎゃるずのメンバーの名前を入れていたんだね。凛音の音、光希の光、門脇亜里沙の門、田上和人の人、それに三原早秀の早をもじって速、か……」
:音速の閃光〈うん、ざ・ばいりんぎゃるずのメンバーの名前組み合わせたらかっこいいのが作れたからこれだー! ってなって!〉
「お前、死んだ直後にその名前でコメントしてたじゃないか……。前もって考えてただろう?」
光希は呆れてそう言った。
ミシェルは目を泳がせながら再び同じセリフを言う。
「凛音の音、光希の光、門脇亜里沙の門、田上和人の人、それに三原早秀の早をもじって速、か……そっか……」
:音速の閃光〈あれ、ミシェル、なんで声が震えてるの?〉
「凛音の音、光希の光、門脇亜里沙の門、田上和人の人、それに三原早秀の早をもじって速、か……一、二、三、四、五。五人……」
:音速の閃光〈コピペ? コピペなの? ……あ!!!!〉
光希たちのざばいりんぎゃるずはミシェルをいれて六人パーティなのだ。
「ボ、ボクは……?」
ミシェルの目尻に光るものが溜まったかと思うと、それがつーと流れて頬を濡らした。
「うう……ぐす、ひっく……。ボクもパーティの一員だと思っていたのに……。リンネにとってはそうじゃなかったんだね……」
うむ、言われてみれば確かにひどいな、と光希も思った。
悪気もなくうっかりをかますのは凛音のいつものことだったが、そうは言ってもいいフォローの言葉も浮かばなかったのでとりあえず黙っておく。
:音速の閃光☆ミ〈いやだなあ、ミシェルったら。よく見てよ。ほらほらちゃんとミシェルのミも入ってるじゃーん!!!〉
「ん? あれ?」
:音速の閃光☆ミ〈もーなに言ってるの、ミシェルったら!〉
「あれ、そのマーク、最初はついてなかったよ……ね……?」
:音速の閃光☆ミ〈ついてたよー! 流れ星だよー! 最初からついてた! ちょっと私の名前で抽出してログを読んでみて?〉
由羽愛からタブレットを受取り、言われたとおりに操作するミシェル。
すると、今までの凛音のコメントが並ぶ。
:音速の閃光☆ミ〈倒したーーー! ダークドラゴンを倒した! 人類初の快挙だ! おけまる水産!〉
:音速の閃光☆ミ〈ほんとかわいい顔してる。美少女だったよな、凛音ちゃん……〉
:音速の閃光☆ミ〈最後だ、キスしちゃえ、きっと本人もそれを望んでいるからおけまる水産〉
:音速の閃光☆ミ〈それはきっと凛音ちゃんが天国で大激怒すると思う。せめて七十五日を過ぎてからにしたら?〉
:音速の閃光☆ミ〈いや光希の運命の人はボクですよ。おけまる水産?〉
:音速の閃光☆ミ〈うげえ。ゾンビになるくらいなら幽霊のままのほうがいいような〉
:音速の閃光☆ミ〈自分が見られるのは恥ずかしいけど光希のは見たい〉
こうして凛音だと思ってみると、けっこうしょうもないコメントもしているなこいつ、と光希は思った。
ミシェルは涙を拭くと嬉しそうに言う。
「た、たしかに……。最初からこのマークついているね。そ、そっか、はは、ボクの勘違いだったか、はははそうかそうか、うんうん、リンネ、よく生きていてくれた! ボクは嬉しいよ!」
名前を変更するとさかのぼってログの名前も変わる仕様なのだが、光希はもちろんそれを黙っていることにした。
「リンネ、ボクは君を最初から信じ」
ミシェルが言葉を言いかけて途中でやめる。
いや違う。
口は動いている。
だが、それが音になっていない。
「ん、ミシェル、どうした?」
と、光希は聞いたつもりだった。
が、なぜかそれは声としては発音されず、光希の口がパクパク動いているだけになった。
:音速の閃光☆ミ〈あれー? どうしたの?〉
タブレットの中で凛音がコメントする。
その機械音声は聞こえてくる。
由羽愛もやってきてなにかを光希たちに話しかけるが、それも声にならず、人形のように口をパクパクするだけだ。
靴の音や遠くでどこかで水がちょろちょろ流れ落ちてきているような音は聞こえるのに、声だけが、聞こえない。
なんだこれは、と光希も呟いたがそれすら音にならない。
なにかの攻撃を受けている、と気づいた瞬間、光希はミシェルに飛びかかってその肩に噛みついた。




