第4話 ほんの十歳
ダンジョン。
いまだ未解明な部分が多いこの不思議な存在は、数十年前に突如として世界中に現れた。
現在確認されているだけでも地球上には五百余りのダンジョンが存在し、日本にはそのうち二十ほどがある。
光希たちが今潜っているのはそのうちの一つだった。
未知のモンスターがうごめくダンジョン内において、近代火器はなぜか無効化される。
そのかわり、人類にとってまったく不可知である『スキル』というものがダンジョン内限定で人間に付加される。
多くは〝戦士スキル〟〝攻撃魔法スキル〟〝治癒魔法スキル〟などと呼ばれるある特定の範囲に限定されるスキルが個人の才能に従って付与され、そのスキルは訓練することで向上させることができる。
光希の恋人であった凛音は〝攻撃魔術師〟としてのスキルを限界まで極めた、世界でも有数の探索者であった。
また、あるスキルを一定のレベルまで身につけると、他のスキルに関する才能が開花することもある。そのことによって複数のスキルを獲得するものもいた。
光希は戦士としての剣技のスキルと攻撃魔法、二つのスキルを扱える。そのようなものは〝魔法戦士〟と呼ばれる。それだけでなく、光希はモンスターを下僕にすることができる〝使役者〟としてのスキルも兼ね備えていた。
さらには、個人によっては特異な才能を持ち、他のどのスキルとも似ていない、独自のスキル、〝固有スキル〟を持つ者も、稀にだがいた。
光希もその一人である。
さきほど光希が使った刀身を作り出すスキルもそのひとつだったのだ。
光希は、間違いなく世界トップクラスのスキルを兼ね備えた探索者であったのである。
光希と凛音をツートップとしたこのパーティは、世界でも名の知られた、有名なパーティであった。
それでも、強大なモンスター相手ではほぼ壊滅状態に陥ってしまう、それがダンジョンというものの恐ろしさであった。
「あのね、ボクたちモンスターはダンジョンが生成される以前からこの地球上にいたんだ。でも、地上では存在が不安定だった……特に太陽光の下ではね」
ワーラビットであるミシェルがコッヘル――キャンプや登山でよく使われる、金属製の調理器具兼食器だ――で湯を沸かしている。
水はダンジョンの壁から漏れ出している得体のしれない地下水だ。
これをろ過機でろ過し、よく煮沸するのだ。
一度の探索で何か月もかかるダンジョン探索では、燃料も食料も貴重なものだった。
しかし、皮肉なことに、パーティメンバーのほとんどを失ってしまった光希とミシェルには、十分な量のそれらが残されていた。
「ってことはミシェル、お前もダンジョン以前からこの地球に存在していたのか?」
「まさか。マスターはボクをいくつだと思ってたの? ボクたちワーラビットはそんなに長命じゃないよ。ボクはまだ生まれて十七年しか経っていないよ。マスターと出会ったあのダンジョンで育ったんだ」
「あのダンジョンか。俺はともかく、凛音のダンジョンの順応が終わったばかりだったな……」
ダンジョンの順応。
原因はわかっていないが、並みの人間ではダンジョンに潜ると高山病に似た症状を発症し、ときには死に至ることもある。
一般に、ダンジョン病と呼ばれている。
そのダンジョン病を克服するために、探索者を目指す人間はダンジョンに何度も潜るのを繰り返して身体を慣れさせるのだ。
それでも、才能に恵まれなければ、どれだけの順応訓練を繰り返してもダンジョン病から逃れることはできない。
才能のある者だけが厳しい訓練の果てに探索できる、それがダンジョンなのだ。
「マスター、紅茶が湧いたよ。ミルクと砂糖をたっぷりいれたよ。好きでしょ? まずは一息ついてよ。とにかく、マスターには休息が必要だと思う」
「だけど、急がないとあの女の子が……」
「共倒れになったら本末転倒だよ。ほら、ラーメンも煮えた。食べてよ、マスター。食べて。お願い」
光希は差し出されたコッヘルを受け取り、熱い即席ラーメンをすする。
最近は倒したモンスターの肉ばかりを食べていたので、久しぶりの文明の味に、身体が喜んでいるのを感じる。
光希が食べる姿を、かすかな笑みで眺めるミシェル。
「ふふ……マスターが物を食べているところ、いつみてもかわいいな……」
「よせ、俺をペットとかみたいに言うな」
「ふふふ、ボクがマスターのペットなんだよ?」
そこまで言ってから、ミシェルはもう一度くすりと笑う。
だが直後、ミシェルの目に涙があふれ、頬を伝っていく。
「こういうこと言うと、リンネがいつも怒り出してたね……。リンネ……。もうマスターをとりあってケンカもできないのか……寂しいよ……」
:コロッケ台風〈たしかに凛音ちゃんとミシェルっていつも光希をとりあってケンカしてたな〉
:ハンマーカール〈いやあんなのじゃれあいだろ、ほほえましいもんだった〉
:青葉賞〈なんならこの配信で光希のファンって日本中にいたからな〉
:リャンペコちゃん〈日本中の女が光希をとりあってレスバしてたぞ〉
:Q10〈地下十階に到達したころから光希の人気やばかったもんな〉
:♰momotaro♰〈一流の探索者だからそりゃモテる〉
:由香〈私から見てもいい男だと思う〉
:みかか〈ペット……? ちょっとエロすぎんか?〉
:ビビー〈俺もミシェルみたいなペットがほしい。光希はもうミシェルとつきあっちゃえば?〉
:音速の閃光〈それはきっと凛音ちゃんが天国で大激怒すると思う。せめて七十五日を過ぎてからにしたら?〉
:ルクレくん〈人のうわさかよ草 それをいうなら四十九日とかだろw〉
コメント欄のアホなやりとりが光希の心を少し軽くしてくれている。
「ボクたちは二人になっちゃったけどさ……。マスターは世界一の探索者だと私は確信している。だから、きっとマスターはあの女の子を助けて地上に戻れると信じてるよ。リンネの願いでもあったし」
「羽原由羽愛ちゃん、か……。ほんの十歳の女の子だぜ? こんな難関ダンジョンの地下十五階でまだ生きていられればいいんだが……」
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