第13話 五年ぶり
羽原由羽愛。
まだ十歳の少女。
小学五年生。
彼女は、毛皮でできたベッドの上に横たわっていた。
生まれたときから伸ばし続けているという長いポニーテール。
学校にもほとんど登校せず、ダンジョン探索を続けてきたという少女の肌は真っ白だった。
人生のほとんどすべてを、日光が決して届かない場所でのサバイバルに捧げさせられていた、哀れなこどもだ。
長いまつげ、心をざわつかせるほど可憐な顔。
身につけているのは小さな体に合うようにあつらえてある特別製の胸当てと肘当て、それに膝当て。
革製のブーツと小学生には大きすぎるように思える両手持ちの剣が、ベッドの傍らに並べてあった。
見た感じ、由羽愛の身体には特に傷ついたようすはなかった。
あのツバキとかいう元魔女は、少なくとも彼女に対しては危害を加えていなかったらしい。
むしろ、保護していた、と言ってもいいのかもしれない。
『あんなちっちゃいころからスパルタで探索者やらされてさー』
凛音の言葉を思い出す。
ダンジョンという危険区域を探索するエクストリームな行為。
光希のように自分の意思でそれをやっている成人ならともかく。
この子はおそらく自分の思いとは関係なく剣をふらされていたのだろう、と思う。
そもそも物心付く前から探索者として人生を歩まされてきたのだ、自分の意思が生じる余地などどこにあるというのだろう。
光希はそっと指を由羽愛の口元に近づける。
呼吸しているのがわかった。
「よかった、生きているぞ」
光希がそう言うと、ミシェルもほっと息を吐いて、
「そっか、よかった……。まだ目を覚まさない?」
「どうやら、睡眠の魔法がかけられているみたいだ。ツバキの仕業だろうな。状態回復ポーションを口に含ませた。しばらくしたら目を覚ますだろう」
光希の言葉とほぼ同時に、由羽愛はパチッと目を開けた。
「ここは……?」
:Kokoro〈生きてる! 生きてる! 生きてる!〉
:ペケポンポン〈由羽愛ちゃん! 無事でいてくれてありがとう!〉
:青葉賞〈すげえ、あの連戦を全部勝ってまじで由羽愛ちゃんところまでたどりついた!〉
:闇の執行者〈他のS級パーティは全部断念したのに!〉
:見習い回復術師〈やりやがった。すげーなお前ら〉
:エージ〈絶対ムリだと思ってたのに〉
:冷凍焼きおにぎり〈すげー!! さすが梨本光希〉
:小南江〈やばいっす! ほんとに由羽愛ちゃんのとこまでたどりつくなんて! かっこいいっす!〉
:ビビー〈しょうじき、由羽愛はもう死んでると思ってたわ〉
コメントが一気に流れる。
もちろん、光希たちはそんなのにかまっていられなかった。
「羽原由羽愛、だな?」
「はい……」
「ここがどこだかわかるか?」
「二ノ町ダンジョン……。地下何階かまではわからないです……」
「ここは地下十五階だ。俺達はお前を助けにきた探索者だ」
「私……生きてる……。モンスターに襲われて……。そのあとレイスのお姉さんに助けられたと思ったらここに連れてこられて……あとは……覚えていない……」
レイスのお姉さんとはさっきの元魔女、ツバキのことだろう。
と、突然。
上体を起こして光希を見つめていた由羽愛はその大きな目をさらに大きく見開いた。
「お姉さん……」
その視線は光希の背後。
一流の探索者である光希の反応は早かった。
素早く剣の柄を握り、振り向いた。
「ミシェル、もう一戦だ!」
言うまでもなく、ミシェルも戦闘態勢に入っている。
「やあやあ。また会ったね? 久しぶり。五年ぶりくらいかな?」
「十分の間違いじゃないか?」
そこにいたのは、空中に浮かぶ、一人の少女。
そう、ツバキだった。
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