第10話 輪魂の法
「ではツバキ、俺にはあなたと闘う理由は特にない」
「そうかい? じゃあ、それならいいよ、どこかに消えてくれ」
「いや、そうはいかない。あそこに寝ている女の子……羽原由羽愛ちゃんだろ? 俺たちはあの子を助けに来たんだ」
言ったとたん、ツバキの瞳がキラリと光った。
「……ほう。あの子をね……」
「お前が、あの子を……助けたのか?」
ツバキは数センチ床から浮いていた身体を、ストン、と足から着地させた。
太く一本に編み込まれた腰まである長いみつあみが揺れた。
そして持っている禍々しい杖――これも霊体なのだろうか?――によりかかるようにしてにやりと笑った。
「そうだ。あの子、モンスターに襲われててさ。地下十階のキングデビルベアーの巣に運び込まれていたよ。さっきも言ったが、私は見るだけでそいつの才能と可能性を判別することができる。あの子は、いい。君と同じだよ、素晴らしい身体の才能、脳の才能、そして運命力。だから、私が助けてあげたんだ。しばらく、私の元で育てたいね」
「……弟子にしたいということか?」
「ま、そういう認識でかまわないよ」
光希はツバキの目をじっと見る。
ツバキは笑顔を張り付けたまま、光希の視線を受け止める。
「……嘘だろう?」
「わかる?」
「わかるさ。……あの子を、『入れ物』にする気だろう?」
ツバキは目を見開き、パッと笑った。
「さすがコーキだ、よくわかったね! ご名答! あんな素晴らしい個体、そうそう見つからないよ! 魔女たるこの私の『入れ物』にふさわしい! やっと見つけたんだよ」
:青葉賞〈『入れ物』ってなんだ?〉
:光の戦士〈輪魂の法で使われる魂の容器だ〉
:Q10〈つまりどういうこと?〉
:光の戦士〈輪魂の法で魂だけになった魔法使いが元あった人間の魂を追い出してその人間の身体に憑依することだ〉
ツバキは言う。
「正直ねえ、輪魂の法で使われる『入れ物』にぴったりな人間なんて、めったに現れないんだよ。特に私ほどの魂となるとね。私もこのダンジョンで何人もの探索者を見たけど、ちょうどいいのがいなかった。だから、私は私の魂を受け入れるだけの器がある身体をずっと探していたんだ」
「それが、由羽愛だったってことか」
「そうだよ、あ、一言いっとくけど。君の死んじゃった仲間の魔法使いの女の子。いるだろ? あれもいいなあって思ってたんだけど、本人の魔力が強すぎてね。支配する隙を伺っているうちに君と一緒に最終破壊魔法なんて使っちゃってさ。心臓つぶれて死んじゃうなんて。心臓さえ残っていればなあ。あーもったいない」
「見てたのか」
「うん。こっそりとね。色々見てたよ」
ダンジョンの中で、知性のあるモンスターが何らかの魔法を使ってこちらの様子を窺っていることはよくあることだった。
だから、光希のような上級探索者ともなると、探索中に仲間と話すときに細心の注意を払う。
作戦の内容を暗号も交えずに話すなど、どこでどのように盗み聞きされているかわからず、ほとんど自殺行為でもあった。
光希たちパーティも、自分たちにしかわからない暗号や手信号などをよく使っている。
「で、由羽愛をこちらに引き渡す気はない、と」
「そうだね、やっと数十年ぶりに生き返るチャンスだし。この霊体では往年のパワーの十分の一も出せないからイライラしていたんだ」
大きな杖によりかかったまま、ニコニコと笑っているツバキ。
このままではこの魔女に由羽愛は殺され、身体を乗っ取られてしまう。
由羽愛を救出するのは、仲間と交わした大事な約束だ。
いかなる強敵が相手であろうと、光希が退くという選択肢はなかった。
光希はツバキとしばらく見つめあった後。
柄だけの剣を握りなおした。
「|具現せよ、わが魂の刃《Embody the blade of my soul》!」
光希が叫ぶのと、ミシェルが床を蹴って突っ込むのは同時だった。
そしてそれよりほんの少し早く、ツバキは再び宙に浮き、笑みを浮かべたまま魔法の詠唱を始めていた。
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