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【続】ぽっちゃり令嬢の勤務先は、魔法局路地裏の秘密カフェ

作者: 工藤 でん

『ぽっちゃり令嬢~』の続編です!

前作同様、可愛い日常的なラブストーリーです。ほんのちょっとだけ暴走するだけの話です。


前作を読まなくても楽しめますが、前作を読んだ方が楽しいと思います。


https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2808647/

~~~人物紹介~~~


ローラ・ウィン・カリエンテ

子爵令嬢ながらもカフェ店員をしている、ぽっちゃりな十九歳。魔法局へコーヒー・紅茶の訪問販売もしている。最近どうにかしてエイガーとの恋が実ったばかり。


シュルト・エイガー

魔法局開発部部長、三十五歳。黒髪にサファイアブルーの瞳を持つ、内面がこじれまくっている美形の魔法使い。最近紆余曲折の上ローラとの恋が実ったばかり。




◇ ◇ ◇



魔法局路地裏にある『カフェ アンシェン』。

魔法局に出張販売を始めて二ヶ月が経とうとしていた。

お陰様で売れ行きは好調に好調を重ね、営業許可の降りている二時間を前に完売することもしばしば。なので、『カフェアンシェン』のマスターは考えた。

カフェワゴン、二台目投入しようかな。



◇ ◇ ◇



「ありがとうございました!」


私は目の前の常連さんにフィナンシェとコーヒーを渡し、笑顔でお辞儀をした。フィナンシェ、売り切れる前に来てもらってよかった。

いつもはにこやかに世間話などをしていく常連さんだが、今日はそそくさとその場を去っていく。それはもう、逃げるように。

気持ちは分かる。

なぜかというと……なんていうか、背後から猛烈な圧迫感が襲ってきているから。



真後ろに、凍てついたサファイアブルーの双眸で、早くどけと念波を送ってくる秀麗な顔した魔法使いが待っている。



エイガーさんだ。


エイガーさんは鋭い視線を放って常連さんを追いやると、私に目を向けた。途端に甘やかな華のある笑顔になった。長い黒髪さえ光り輝くような笑顔である。

周囲で「おおー」と声が上がった。



……私とエイガーさんが結婚前提の仲であると認知され、私の前でだけエイガーさんが笑顔になるという噂が流れると、連日見物人が訪れるようになった。

なにせ通常運転が、固まりきった美貌の無表情で通しているエイガーさんだ。部下さんに表情筋が死んでいると断定されている人だ。


エイガーさんの凍ったような無表情はとても美しいが、笑みに解けた時の(かんばせ)は目が溶けるほどの光を発する。ぺかーって感じである。

あのコーヒー屋さんのぽっちゃりちゃんの前限定、と口コミが広がると、それを見てみたいという見物人が、ちらほら出始めているようだった。



エイガーさんは私の前に立つと、両手を軽く広げ、目を細めながら緩やかに微笑んだ。慈愛のこもった笑みを浮かべるエイガーさんは、それだけで芸術的な存在になる。

女性的な美しさを持つエイガーさんがそんな微笑みを作ると、愛を司る女神が地上に降臨したのかと思えてくる。見物人からも「わああ」という声にならない声が漏れた。


私は口を引き結んだ。



…………言えない。


このエイガーさんの女神のような美美しい微笑みが、私からの『キス待ち顔』だなんて。


誰にも言えない。

どっからでもいいよと訴えている、ほらいつでもキスしてねという期待に溢れた笑顔であるなんて。誰に言えるってんだ。

小っ恥ずかしくて、誰にも言えないよ。



エイガーさんは、ある時私に言った。


「私はキスという行為が、今までよく理解できなかった」

「はあ」

「お互いの口唇の粘膜をすり合わせて感染症のリスクを負いながら唾液を絡ませることの、何が楽しいのかと」

「いやもうそれは、どう考えても言い方が悪い」

「君としてみて分かった。愛し愛されているという証明。触れることを許されている優越感と独占感。そして、圧倒的幸福感!」

「ま、まあ、そうですね」

「君とならいつでもしたい。いつまでもしていたい。

口付けをする (こころざし)は、高く持たないと。一回でも多く一秒でも長く」

「凄まじく不埒なスローガンですね」

「ローラ、だからもう一回」

「ぎゃあ」



ということで、今の彼は恐ろしいことに『キス魔』である。

ところ構わずキスを仕掛けてくる、悪い男なのである。

この衆人環視の中、「さあ、いつでもいいよ」と自信ありげにキス待ち顔を晒す神経が、すでに理解できない。このあたりは本当にネジが二三本ぶっ飛んでいる。



私はエイガーさんの黒いローブを引っ張った。


「…………しませんから」

「なんでっ?」

「なんでじゃなくて。

その顔しまってください。近隣の方々の迷惑になります」

「ローラがいるのに……目の前にローラがいるのに」

「今日もにっがいコーヒーでいいですね?」

「ローラぁ……」

「あと、ご報告があります」


私の言葉に、エイガーさんは目をまん丸に見開いた。サファイアブルーの瞳がこぼれ落ちるかと思った。


「……妊娠したのか」

「! ! !

……あなたと一度もそういうことをシタことないのに、子供が出来るわけないでしょうが!!!」

「私の溢れんばかりの想いが勢い余って、君の体に着床したのかと」

「するかっ!

そんなんで妊娠してたら、この世に赤子がどんだけ産まれてくると思ってんだ! 世界中の全女性が恐ろしくて引きこもりになるわっ!」

「私の年齢でこれを望むのは難しいのかもしれないが、子供は三人以上」

「話聞けよ」

「パパ、稼ぐよ。頑張るよ」

「その先走った暴走妄想、ただちに止めてもらっていいですかっ」


……一応、周囲に人がいるのでものすごく声は抑えている。皆さん、私のストレス、お分かりいただけるだろうか。



「愛し合ってるのに」と切なげに呟く美形は、見た目だけで判断すると、儚くとても悲しげに見える。その姿を目の前にしたら、もしかして私が悪いんじゃないかと思わせられ……まあ私もエイガーさんのことは好き、なんで……ちょっと言い過ぎたかと反省しているところへ、突然に勢いよく顔が近づいてきた。

こいつ、不意打ち狙ってきやがった。この油断ならないキス魔め!


私はすんでのところで躱した。

隙を狙ってくる狡猾なキス魔は、両拳を顔の前にかざしてステップワークを踏む私の完全防御体勢を見下ろして、ちぇっという風情を出した。

あんた、本当にそれで三十五歳か?


「ちゃんと聞いて。

明日から 『カフェ アンシェン』のカフェワゴン、二台で来るから。マスターが、最近出張販売が売切れ連続だから、増やそうって」

「ほう」

「マスターの弟さんの子供が、ちょうど手が空いてるらしいんだ。明日からその子と来るからね」

「そうか」

「アンちゃんって子なんだって。仲良くできるといいな」

「君なら問題ないだろう。君を嫌うことのできる人間の方が、世の中では圧倒的に少ない」

「そうかなあ。

そこで、お願いがあるんだけど」


エイガーさんは、突然きらきらと目を輝かせ始めた。

恐らく、『彼女からのお願い』にときめいている。彼女に頼られる頼もしい私、とか思っているに違いない。彼の思考回路はかなり読めるようになってきた。そこんとこの精神年齢がどうにも幼い。

そんな彼にこんなお願いは、申し訳ないかもしれないが。


「たぶんアンちゃんは、私のすぐ隣で販売すると思うのね。私とエイガーさんの会話がバッチリ聞こえるような距離感で」

「ああ」

「私たちの会話が筒抜けになるわけで」

「そうだろうな」

「……私とエイガーさんが会話を始める前に、沈黙魔法(サイレント)をかけてほしい」


エイガーさんは私を見つめながら、キョトンと首を傾げた。サファイアブルーの透明な瞳を私に向けて、本当に純粋に不思議そうな顔でキョトンである。

おいこら可愛いな、三十五歳。


「なんで?」

「私たちのアホみたいな会話を聞かれたくないからに決まってんでしょ!」

「私たちの会話…………この有意義極まりない我々の初々しい戯れのことか」

「認識に齟齬がありすぎる」

「私の毎日の生きる糧だというのに」

「生きる糧の内容がお粗末すぎる」

「もしかして恥ずかしいのか? 私とローラの甘酸っぱさを誰にも知られたくないと」

「自分で言ってる内容自体が、恥ずかしくないですか?」

「ローラが照れ照れなら、仕方がない」


可愛いなあもう、とか言いながら、エイガーさんは沈黙魔法(サイレント)をかける約束をしてくれた。釈然としないのはなぜだろう。



そうだ、とエイガーさんは私に目を向けた。


「私も伝えることがあった。二日後、遠方へ出張することになった」

「へえ、エイガーさんも出張業務とかあるんですね」

「規模が大きいとたまにな。今回は地方都市のインフラに関わる魔力装置の不具合の調査だ。

十万人都市の断水はさすがに早急な復旧作業が必要だろう」

「十万人の断水って…………とんでもなくオオゴトじゃないですか! 今すぐ直ちに行ってくださいよ」

「行きたくないなあ。国からの命令じゃなきゃ絶対断るのに。ローラに会えなくなる」

「躊躇う理由が、ほんの些細!

いいから早いとこ行ってきなよ」

「予備調査は、もう何人か向かわせてる。

ローラ、寂しいだろうが数日の辛抱だ」


と言いながらエイガーさんは私の手を握ってきた。手を握られたということは、私は防御態勢を取れないわけで。

力ずくで私の手を押さえ込んだ愛の女神の化身の顔が、じりじりと近づいてきた。エイガーさんは細くても男の人だ。さすがに男の人の力には敵わない。くっそ、卑怯な。



なので、私はそっと囁いた。


「……ここで無理矢理キスして私に嫌われるのと、あとでゆっくりキスの時間もらえるの、どっちがいい」


愛の女神はすんっと遠ざかった。

コーヒーを受け取ると、そのままその場を去っていった。

捨て台詞を残して。


「じゃあローラ。あとで、ゆぅっっっっくりね」


うわー。

…………こっわ。



◇ ◇ ◇



「おはよーざいまあっす!

あ、ローラちゃんっすか、はじめましてチーッス!

今日から、よろしくねいっ!」


翌朝、『カフェ アンシェン』に出勤したら、そこには見たことのないチャラ男がいた。

赤と黄色の柄シャツに黒いダブダブのパンツ。茶色い髪の毛先だけ跳ねてるのは、くせ毛じゃなくてパーマだな。髑髏ピアスと極太チェーンネックレスは、趣味なんだろう。

アンティークな雰囲気のカフェに、なんて合わない人。



マスターがごほんと咳払いした。


「あー、ローラちゃん。甥っ子のアンソニーだ」

「アンちゃんて呼んで♡」

「今日から手伝ってもらうことになった。出張販売の方も教えてやって欲しい」

「アンちゃんて……男の人だったんですか」

「言ってなかった?」

「アンちゃんという、名前しか」

「なかなか仕事が定着しない子でね。もう十八になるってのにね」


アンちゃんは私に顔を近づけてきた。ガタイはかなりいいので圧迫感がある。鳶色の目が興味津々に光っていた。


「ローラちゃん、いくつっすか?」

「十九……」

「パイセンっすね!ローラちゃんパイセン!」

「……初対面からちゃん付けって、どうなの」

「えー? 細かいこと気にしないっす! ローラちゃんてぽっちゃりだし、もう見た目から『ローラちゃん』って感じじゃないすか!」

「あ、そー」

「あ、もしかしてあれすか? 身分的にそういうの許せない的なやつすか? 自分、そういうのニブイんすよねー」

「いや、マスターもちゃん付けだし、そこは気にしてないんだけど」


一応、私は子爵令嬢だ。実家にお金が無くて自分の食い扶持を自分で稼いでいるような家ではあるが、身分の上では子爵家ではある。

マスターが気まずそうに目をそらせた。働き始めて数日で、私は『ローラちゃん』になった。大丈夫、気にしてないよ、マスター。



私が気になったのは、アンちゃんが初対面から馴れ馴れし過ぎないかってこと。人との間の距離感がバグってるようだ。ズケズケと近すぎる。そして本人は全く気にしてない。


マスターがアンちゃんに着替えを渡している。カフェの制服だ。「マジかこれ、ダッセ、ウケるー」と言いながらアンちゃんは着替えに行った。目の前に同じ制服着てる私がいるんだけどねえ。



マスターがため息とともに私に手を合わせてきた。


「ごめんね、ローラちゃん。面倒な子で」

「はあ」

「ちょっと前まで左官職人のとこ弟子入りしてたんだけど、喧嘩して辞めちゃってね。フラフラしてんなら手伝えって、預かったんだけど」

「はああ」

「イマドキな子だよねえ。何考えてんのかよく分かんなくてさ。

歳も近いし、ローラちゃんしっかりものだし、見習ってくれてらいいんだけどねえ。

色々ビシビシしごいてあげて」


……アレをですか。


私は着替えを終えて出てきたアンちゃんに目を向けた。

まずは髑髏メインなアクセサリーを全部外してもらうところから開始だわ…………先行き不安。





働いてもらって分かった。

アンちゃんは、カフェのホールにとても向かない人だった。


オーダーを聞きに行かせれば「ねえ、決まった?」と友達のように尋ね、お水を求められると「いっスよー」と答え、少し手が空けばトレイを振りながらダンスもどきを開始し、忙しい時には空いたお皿目の前にして素通り。


……これを全部、一から教えるのか……。


私はもう本当に初歩の初歩から教えていった。

お客様が来たらいらっしゃいませって、帰られる時にはありがとうございましたって言うんだよ。店内のテーブル番号とお店のメニューは全部覚えてくるんだよ。常に笑顔で接客、お店がスムーズに動くように全体を見て動くんだよ…………



お昼のランチピークが過ぎた頃には、私はすっかりアンちゃんに嫌われていた。


二人で向かい合って賄いを食べている時も、アンちゃんはむすっとしながら黙々と食事していた。勿体ないな、Aランチの目玉焼きハンバーグ、すごくおいしいのに。


アンちゃんはあっという間にランチを終えると、腕を組んでそっぽを向いた。

そっぽを向いたまま「ローラちゃんはさ」と話し出す。


「ローラちゃんはさ、俺の事嫌い?」

「嫌いじゃないよ」

「じゃあさ、なんでそんなに文句言うの」

「仕事を覚えて欲しいからだよ」

「俺仕事やってんじゃん。やってるよね?」

「出来てるところと出来てないとろがあるよ。満遍なく出来て欲しいんだよ」

「……んだよ、うるせえっつの、デブ」


……お?


アンちゃんはダラっと身体を背もたれに預けると、テーブルの脚を蹴りつけた。テーブルの上の食器がガチャンと鳴った。

私、まだご飯食べてるんだけど。


「ごちゃごちゃうるせえんだよ、ブス。細けえこといちいちさあ」

「必要な事だからだよ」

「何が、テーブルはもっと丁寧に拭けだよ。何が、ゴミ落ちてたら拾えだよ」

「当たり前のことだから」

「何様だってんだよ、カリエンテのくせによ。最近婚約したかなんだか知らねえけど、調子に乗ってんじゃねえぞ」

「……」

「どうせそのぷよぷよした身体使って男騙したんだろ。世の中にはデブ専てのもいるからな」


……ここでもカリエンテかあ。

私の五人のお姉様は、婚活のために派手に男性とお付き合いしていた。そこでカリエンテの女性についたあだ名が『尻軽のカリエンテ』。カリエンテの名前だけで、私も尻軽だと思っている人もいる。

マスターから私のフルネームを聞いて話してるんだろうけど。アンちゃん、典型だなあ。


私が平然とした顔してるのが気に入らないのだろう。アンちゃんはさらにテーブルを蹴る。

やめてよね。私は残ってたハンバーグをパクっと口にする。口に入れちゃえばテーブル蹴られても影響ないし。


私は歳の近い男兄弟がぎゃあぎゃあ喧嘩している環境で育ったんだ。多少荒っぽくされようが慣れてんのよ。この女ビビらねえって顔して、さらにイラつくのやめてくれる。


「どうやって騙したんだか知らねえけど、相手の男も災難だな、こんなブス」

「私の顔の文句は別に構わないけど、相手のこと言うのやめて。知らないくせに」

「どうせたいした男じゃねえんだろ。あんた見てりゃたかが知れてんだよ」

「……」

「どうせブスしか相手にできないようなブサイクなんだろ。あんたのベッドテクで落ちるような低脳、さっさとあんたとくっついてよかったね」

「……」

「マジで、なんでこんな女に教わらなきゃなんねえんだよ、サイアク。俺、ツイてねえ」

「あのさあ……」


さすがに言われっぱなしも腹が立ってきた。

残念ながら、大人しく理不尽なことを聞き流せるほどできた人間じゃないんだよね、私。

しかも、エイガーさんのこと知りもしないくせに、たいした男じゃないとか低脳とか…………ムカつくじゃない。


「そもそもアンちゃんが怒ってるのは、私がたくさん仕事の注意出すからムカついてるんでしょ。論点ズレてるよ」

「ああ?」

「そこにかこつけて私のプライベート地に落として何が楽しいの。

あなたの話は、人を蹴落として自分を優位に立たせる非常に腹立たしい構成なのよね。どんなに誰かを貶めたって、あなたの立ち位置は上がらないの。今のままじゃ、周囲を見上げるしかできない悔しい立場から、身動き取れないからね」

「なんだとてめえ!」

「文句があるなら、非の打ち所の無い仕事のひとつでもやって見せなさいよ。実績がないからあなたの言葉は軽いのよ」

「て……めえ、クソデブ。ナメてんのか」

「きゃー、マスター、助けてー!!!

アンちゃんがーーー!!!」


私は唐突に大声を上げた。

男兄弟の喧嘩に巻き込まれそうになった時は、誰かに大声で助けを求めるのが一番良かったからだ。ほぼ確実に長兄かお父様が、兄弟たちにゲンコツを落とすために拳を握って現れる。


私に掴みかかろうとしていたアンちゃんは、私の大声に驚いて動作を止めた。アンちゃんは慌てて駆けつけたマスターより先に、常連のお客様に取り押さえられていた。


私は取り押さえてくれた常連さんはもちろん、店内の数人いたお客様に謝罪して回ったが、お客様は私は悪くないと口を揃えて言ってくれた。

アンちゃん声でかいから、話した内容は店内に聞こえていたんだ。



この子と本当に、これからやっていけるのかなあ。



◇ ◇ ◇



アンちゃんはブスっとしたまま、魔法局への出張販売にもついてきた。ちょっと意外である。不貞腐れて来ないかと思った。

マスターにこっぴどく怒られたからかもしれないけど。



魔法局は出入りが厳重に管理されているから、受付で入局許可を出してもらわなければ入れない。なにせ、ここは機密の塊みたいな所だ。身元の確かな人間しか入れないのだ。

そのため魔法局には、強力な結界みたいなのが張られているらしい。入局許可の手続きをしていないと、魔法に弾かれて入口のゲートをくぐることすらできない。


受付のお姉さんに申請して入局許可証を貰うまで、アンちゃんは驚いたように辺りを見回していた。こういう所に立ち入ったことがないのだろう。まあ、私も初めはそうだった。



ゲートをくぐると、すぐに広いホールになる。天井は吹き抜けでどういう仕組みが分からないけれど、太陽の光が降り注いでいる。風も吹いてるんだけど、でも雨には振られたことないんだよな。

そのホールの端っこにワゴンを設置する。早速お客様が寄ってくることに、さらにアンちゃんが驚いていた。



そしてアンちゃんは、魔法局の綺麗なお姉様たちに構われて、すっかり機嫌が直った。若い男の子が入ったということで、お姉様たちはもれなくアンちゃんをからかって行ったからだ。

アンちゃんはまんざらでもない様子だ。美人が多いもんな、魔法局。


「なあに、新人ちゃんなの?」

「そ、そうっす」

「可愛い後輩できてよかったわね、ローラちゃん」

「はあ」

「へえ、わりといい身体してるじゃない。何してたの?」

「あ、この前まで、建築現場で働いてて」

「ふうん。日焼けしてんのも可愛いわ。

じゃあ、今日は新人ちゃんのオススメにしよっかな。どれがオススメ?」

「あ、えっと、チーズクラッカーが新作で……」


アンちゃんはドギマギしながら接客を終えた。お姉さんは妖艶な笑みを浮かべて、手を振って去っていった。

アンちゃんは半分とろけたような顔で、お姉さんの後ろ姿を追っている。おーい、顔がだらしないよー。

アンちゃんはぼーっとしながら、私に聞いてきた。


「なんすか、ここ。美女が湧いてでる泉でもあんの?」

「魔法局って綺麗な女の人、多いよね」

「しかも今の人、おっぱい、でっか」

「見てないようで見てんだね……」

「ここに毎日来れるって、すげえ。めっちゃ特権じゃないすか。今すぐナンパしてえ」

「もちろん、ダメです」

「なんかさ、入る時も偉い人しか入れないみたいでさ、すげえ特別感あるじゃん。俺すげえ奴みたいじゃん」

「私たちの許可証は、ホールまでしか入れないんだよ。あくまでコーヒー・紅茶の販売員だから」

「それでもすげえ。

あ、あっちにもすげえ美女! マジか、あんな美人見たことねえ!そそる!」


アンちゃんの声につられて、振り返ってみる。

すげえ美人、いた。

長い黒髪に冷えたサファイアブルーの瞳、姿勢の良い歩き姿…………エイガーさんだねえ。


エイガーさんは凍てついた美しい無表情のまま、いつものようにこちらに近づいてきた。

いつもと違うのは、歩きながら魔法の杖を唐突に出したところ。収納魔法持ちだから、普段杖を持ち歩かないんだけど、今出したね。


私の真ん前に立つと、エイガーさんはトンと杖で床をついた。空気にキラキラとした何かが混じる。

沈黙魔法(サイレント)だ。


エイガーさんは無表情のまま、私に顔を近づけた。鼻先三センチの距離だ。圧倒的な美美しい顔にちょっとおののく。

うん、これはキス待ち顔ではなく。

……怒ってる、かな。



「ローラ、その隣の男はなんだ」

「……昨日話してた、アンちゃん。まさかの男の人だった」

「男だなんて聞いてない」

「私も知らなかったんだってば」

「ローラ、今すぐ仕事辞めろ。こんな若い男と二人きりなど許さない」

「しばらく仕事続けていいって言ったの、エイガーさんだよね。結婚した後も職場で会える、幸せかける二乗だって、ウキウキしてたよね」

「してた……けど、ダメだ。いやだ」

「わがままー」


私は紅茶をカップに注いでエイガーさんに渡した。反射で受け取ったエイガーさんの、ほっぺをペチペチ触れた。ほら、顔がこんなに固まっちゃって。働け、表情筋。


「アンちゃんは私の事嫌ってるから、大丈夫だよ。エイガーさんが心配するようなことは何もないよ」

「でも、ローラ」

「私もアンちゃんは苦手なタイプだよ。仕事場以外で会いたい人じゃない」

「……そうなのか」

「そうだよ。すごいチャラ男だもん。文句もいっぱい言われたし。苦手。

安心した?」

「…………あまりしてない。けど、譲歩する」

「私、まだカフェ店員してていいよね」

「……君がそう、望むなら」


エイガーさんはふっと唇に笑みを載せた。途端に空気のキラキラが消える。沈黙魔法(サイレント)が消えたんだ。


エイガーさんは私の頬を無骨な指でさらりと撫でた。私に甘い微笑みを残して、そのまま魔法局の奥に消えていった。



私は、エイガーさんの背中を見送って。

ずきゅんとした胸を押さえた。


……あれって、いわゆる、嫉妬だよね。

アンちゃんに嫉妬したんだ、エイガーさん。

あんなに超絶綺麗な顔した人が、ヤキモチ。

……うわー。

アイサレテル、とは思ってたけど、あんな凍りついた顔でヤキモチとか……うわー。

すごくレアな顔を拝んでしまったかもしれない。



うっかりときめいてしまった私の腕を、アンちゃんがぐいぐい引っ張った。

なによちょっと。感慨深いのよ、邪魔しないで。


「ローラちゃん! あの美女と友達なのっ?

しかも何あれ、魔法? ガチの魔法?

ローラちゃんの声聞こえなくなった!」

「……あの人、美女じゃないよ。男の人だよ」

「嘘だっ。めちゃくちゃ美人じゃん!」

「私の婚約者。魔法使いのシュルト・エイガーさん」

「はああっっ???」

「そんなでっかい声で、はああって言わなくても」

「だって、こんなぽっちゃりと、あの美女が……はああっっ?」

「男だってば」

「ローラちゃん、騙されてるんじゃないの?」

「私を騙したところで、資産も名誉も、何もないんでねえ」

「はあ? え? はああっ??」


アンちゃんはその後も「はああっ?」を唱え続けた。

語彙力、頑張って鍛えて欲しい。



◇ ◇ ◇



アンちゃんは翌日から、なぜか人が変わったように真面目に働き出した。


たまにうっせーな、みたいな顔することもあるけど、口には出さずに言われたことはちゃんとやる。オーダーの復唱とかぎこちないけど、それでも頑張ってやっている。

突然の豹変ぶりに、マスターも戸惑っていた。


……どうしちゃったんだろうねえ。





魔法局からの帰り道、二人でワゴンを押して『カフェ アンシェン』に戻ろうとしていた。夕暮れ時で、街はオレンジ色に照らされている。


エイガーさんは出張に行っているから、しばらく彼の姿を見ていない。会えばエイガーさんの斜め四十五度からの言葉にハラハラしたりアセアセしたりするんだけど、会えないとなると……やっぱり寂しい。


やっぱり私、エイガーさんのこと好きなんだなあと、しんみりほわほわしていると、アンちゃんが歩きながらボソッと話し出した。珍しく真面目な顔して前を見ていた。


「……俺ね、ソンケーしてる人がいて。左官職人の親方なんだけど」

「うん?」

「めちゃ仕事厳しくて怒られてばっかで、正直腹立つことの方が多かったんだけどね」

「うん」

「仕事は早くて上手くて、無駄がないっつーか。

すげえ職人て、動きが綺麗なのね。手元とか、ずっと見てられるっつーか」

「それは、分かるなあ」

「その親方が何度も言ってたのが、『自分のやれることをきちんとしろ』って。ペーペーなんてやれる仕事あんまないけどさ、できることはきちんとやれって、言われてきて」


アンちゃんはフラついたカフェワゴンを持ち直した。ポットの中身が空だから、ワゴンが安定しないのだ。重量がある方が安定するんだよね。


「初日にローラちゃんにすげえ美人の婚約者いること知ってさ。おじさんもローラちゃんのことベタ褒めだしさ。なんでこんなデ…………ぽっちゃりさんのこと、みんな認めてんのかなって思って」

「別にデブでもいいけど」

「ごめんて。

それから、ローラちゃんの仕事見てたらさ、『きちんと』してたんだよね」

「きちんと?」

「俺に口うるさく言ってた仕事内容、全部きちんとしてた。

いらっしゃいませも、ありがとうございましたも、笑顔でちゃんと言うし。テーブルセッティング綺麗だし、空いてる皿すぐに下げるし、洗い物溜まってるとすぐに洗いに行くし、なのにお会計だとすぐ飛び出してくるし」

「普通だよ」

「それを全部きちんとしてんのが、すげえの。どっか手抜いたり忘れてたり、見なかったことにしたり。そうしたくなるのが、普通なの」


アンちゃんは真っ直ぐ前を見ている。キャスケットからはみ出たパーマの髪が、黄昏の色と同じだった。


「だから俺、ローラちゃんのこと、ソンケーすることにした」

「はあ」

「あの美人さんがローラちゃんのこと選ぶのは、そういうとこ見えてんのかなって思った。きちんとしてる人って、かっけえじゃん」

「どうかな……どうだろ」

「俺もそういう、きちんと仕事できる男になりたい。だから、最近頑張ってるんだ」

「そうだね。頑張ってるね」

「そんでえ、俺、美人さん……エイガーさん? 狙うことに決めたんで」

「……………………は?」

「エイガーさんを恋人にしたい。だってエイガーさん、超美形じゃん!」


アンちゃんは爽やかに笑った。

なんでこのタイミングでこんなに爽やかなのか、全然分からなかった。


「……あのう。アンちゃんて、ソッチ方面の人?」

「男を好きになるのは、初っ! でも、あんだけ美人なら関係なくない?」

「そもそもエイガーさんは、私の婚約者なんだけど」

「ローラちゃんは、ソンケーしてる人な上に恋のライバル、ってことだよね! 負けたくねっす!」

「エイガーさんはものすっごく、ノーマルな人だよ!!」

「いやあ、ローラちゃんより真面目に仕事してたら、俺にだってどっかに勝機が転がってんじゃないかと思って」

「どこにもないよ! 」

「略奪愛、つーの? 手に入らないモノを手に入れるカンジ? 燃えるっすね!」

「もう色んな意味でアウトだよ!」


そうじゃないかと思ってたけど、アンちゃん人の話聞かないタイプだ!


美人さんはなんつってもあの凍てついた青い目が壮絶に綺麗でー、などという人の彼氏をダダ褒めするアンちゃん。

エイガーさんを讃える言葉を聞きながら、私はなんでこうなったんだろうと消沈しながら、とぼとぼとワゴンを押して歩いた。



◇ ◇ ◇



魔法局でいつものようにカフェワゴンを設置しながら、私はちょっとそわそわしていた。エイガーさんが今日帰ってくるのだ。



昨日の夜、私の部屋の窓を執拗にコツコツ叩く音がした。カーテンを開けると白いフクロウが手紙を咥えて私をじっと見つめていた。エイガーさんの使い魔、らしい。

夜中に窓が何度もノックされるという現象は、素人としてはまずは心霊現象を疑うので、お手紙のやり取りにこういう事がありますよ、と先に言っておいて欲しかった。

夜中のノック、めっちゃ怖かった。



手紙にはなんだかよくわからない表現で色々と書かれていた。

君と夢の中で会うのは今日までだの、明日には君と会えるから精進潔斎の上(みそぎ)をして君を迎えに行こうと思うだの、そのまま地の果てまで君を攫って永遠にひとつになりたいだの、意味不明な内容が主体となった文章だがとりあえず気持ち的には、げっふ、となった。

大部分を占めるわけの分からない表現を取り外すと、要するに今日帰ってくるってことが書かれていた。


うん。

今日帰る、だけでいいよ。



そわそわしてても、出張販売の仕事中だ。

今日もカフェワゴンの前には列ができている。

コーヒー・紅茶・お菓子を売りながら入口をチラチラ見るが、エイガーさんはなかなか帰ってこない。というか、今日お客さん多いな!


アンちゃんとたくさんのお客さんをさばき続けて、ようやく目の前に列はなくなった。

アンちゃんが忙しくて出せてなかったお菓子の在庫を補充している。ほんと、動けるようになったなあ。

そのアンちゃんがお菓子の箱を抱えて、困ったように私の所にやって来た。箱の中にはいくつか同じ商品が入っていた。


「ローラちゃん、これ出せないよね」

「ん? ……ああ、チーズクラッカーか。割れちゃってるね」

「美味いんだけど、これ割れやすいよね。包装がダメなのかな」

「袋に入れるだけだと移動の時に割れちゃうのかもね。マスターの奥さん、エミさんに相談しよう」

「ローラちゃん、じゃあこの割れたやつはエミさんに見せたあと」

「お、アンちゃん分かってきたね。

もったいないから、後でわけっこしよう?」


私はアンちゃんと共犯者のように、顔を見合わせて笑った。チーズクラッカーおいしいんだよねー。甘いの以外が欲しいっていうリクエストから生まれた商品なんだけど、小腹空いた時にちょうどいいんだー。


アンちゃんがにししと笑った。

その顔がぱあっと明るく変わる。ぶんぶんと両手を上げて振り始めた。


「美人さーん、エイガーさーん!

おかえりっす、おつかれっすー!!」


エイガーさん?

私は慌てて入口を振り返った。たくさんの部下さんらしい人達と、なんだか偉そうな人に囲まれて、エイガーさんがいた。たくさんの人の中にいても、輝くような彼の美貌はすぐにわかる。


エイガーさんだ。

……エイガーさんだ!


エイガーさんは遠くから私たちを見て、目をすがめていた。遠すぎて何を考えてるかまで分かんないけど、目が合ったと思う。きゃあ。


隣でアンちゃんもはしゃいでいる。


「ローラちゃん、俺、美人さんと目が合った!合っちゃった!」

「アンちゃんを見た訳じゃないでしょ」

「なんだよー。夢見させろよ。

エイガーさあん! こっち見てー! 投げちゅーしてー!」

「アンちゃん、それは恥ずかしい……」

「だって、久しぶりのエイガーさんだよ!今日もやっぱり美人~。はああ、付き合いてえ」

「だから、私の婚約者だってば」

「まあまあ、それはひとまず置いといて」

「なんでだよ」


話している間にもエイガーさん一行は、こちらに向けてぞろぞろ歩いてきていた。偉そうな人がエイガーさんに色々話しかけている。その偉そうな人の取り巻きとかもいるみたいで、すごい人数だ。


いつものように綺麗な無表情のエイガーさんは、私のほんの近くにまでやって来て……私に目も向けずにそのまますっと、ワゴンの前を通り過ぎて行った。


…………あれ?


てっきりエイガーさんに話しかけられると思った。昨日の手紙にはどれだけ私に会いたいかってことが、熱っぽく非常に暑苦しく…………んんっ、大変に丁寧に書かれていたから、女神みたいな顔して話しかけてくるものだと思ってて。

……あれ?


遠ざかるエイガーさんのしゃんとした後ろ姿を見送りながら、私は釈然としない思いを抱えていた。


お仕事中だから、私と話すのやめたのかな。

……そういうの、気にしなそうな人なんだけどな。



◇ ◇ ◇



それっきり、私はエイガーさんと会えなくなった。


エイガーさんと私の接点は、エイガーさんが会いに来てくれることで成り立っていたことに、ここに来て初めてわかった。


そもそも魔法局でのコーヒー販売は二時間と決められているから、私が魔法局に入れる時間は二時間きりだし。『カフェ アンシェン』にエイガーさんがお客さんとして来てくれないと、会うことはできないわけで。


それに私、エイガーさんのおうち、知らない。外で会う時は、いつも私の家までエイガーさんが送ってくれる。

エイガーさんが私に会いたくない、って思ったら、こんなに簡単に会えなくなるんだ。



血の気が引く思いがした。


私からエイガーさんに会いに行く手段がない。魔法局だって入れるのはホールまでだから、その奥にあるエイガーさんの居場所まで、私は行けないんだ。

おうちが分からないから、お手紙だって出せない。エイガーさんみたいに使い魔なんて持ってない。

会えない。会いたいって伝えられない。


……どうしよう。



そんな時に、見かけた。

エイガーさんの部下の、ニーノさん!

私はアンちゃんにワゴンを任せて、ニーノさんに飛びついた。


「うわあっ」

「ニーノさん! 捕まえた!」

「ど、どうしたの、ローラちゃん」

「ニーノさん、エイガーさんは?! どこにいるの? 何してるのっ?」

「え? ええっ?

ローラちゃん、何も聞かされてない?」

「ないです!急に会えなくなったんですよ!」


ニーノさんは固まった。

そのまま全身を使って肩を落とした。「何やってんだあの野郎」というつぶやきは聞かなかったことにしよう。たぶんだけど、上司に向けて、言っていい言葉ではないはずだ。


実はね、とニーノさんは私に顔を向けた。


「今エイガー部長の仕事に関して、箝口令がしかれていてね」

「…………は?」

「箝口令。絶対に口外するなって、上からの指示で。

たがら、部長が何してるか、俺の口から話すことはできないわけ」

「はあああ?」

「とりあえず、部長は魔法局にいる。実験室に籠りきりになってる」

「出張から帰ってきて、急にそんな大層な実験て始まるものですか?」

「普通は、ない。ないんだけど、始まっちゃったんだよなー」


ニーノさんは魔法局の天井を見上げた。そちらの方に実験室があるのだろう。

私はニーノさんの袖を掴んだ。藁にも縋る、とはこのことだ。


「エイガーさんに伝言、とかできますか」

「……ごめん。部長の籠ってる実験室が、高度な実験をするとこで。俺、近づけないんだ」

「そうですか……」

「あと、これは言って大丈夫だと思うんだけど」


ニーノさんは声を潜めた。


「出張先で、エイガー部長がお偉いさんにすごく気に入られちゃって。

ローラちゃんも見たかな。部長の周りに貴族っぽいのがぶら下がってたの」

「……見ました」

「この前の出張で、エイガー部長がさ。

その市で使ってる給水システムの魔力装置があまりに旧時代的なお粗末な代物だったんで、その場で図面引いて新しいの作っちゃった、なんてことがあって」

「はあ」

「部長としてはその方が早く帰れると踏んだんだろうね。

その知識と技術に惚れ込んだ市長が、個人として雇いたいって、今めちゃくちゃ口説かれてんの。すげえ額の年棒とか専用の研究施設を提供するとか、好条件でさ」

「……エイガーさんは、なんて?」

「絶対零度の無表情で断ってた。

だけど先方も諦めきれないみたいでね。今マリン・スミス副局長と、エイガー部長を巡っての喧喧諤諤の争いしてて、職場は殺伐としてる。超、居心地悪い」

「……ご愁傷さまです」

「だから、ローラちゃん。お疲れな俺に、ミルクたっぷりコーヒーを」

「すいません。お並びください」


割り込んでコーヒーを手に入れようとしてたニーノさんを、私は列の後ろに誘導した。

がっかりしながらも、並んでくれるニーノさん。いい人だ。


いや、私もかなりがっかり、ですから。

エイガーさんと、連絡、取れない。



◇ ◇ ◇



エイガーさんと会えなくなって、一週間が経った。


一週間だよ、一週間。

七日放置されて、全く音沙汰無しってさ。

……もう、私の存在忘れられてるよね。恋人でも婚約者でも、なんでもないよね。


私は毎日会いたいなって。今日は来るかなって、お店でもカフェワゴンでもずっと待ってたのに。

エイガーさんは、来なかった。



私、何かしちゃったかなあ。使い魔のフクロウさんに、私の手紙を持って行ってもらえばよかったのかなあ。そう思いついたのは、フクロウさんが来た、翌朝だったけど。


しばらく会わないうちに、私なんてどうでもよくなったかなあ。

実際のところ、魔法局には綺麗な人いっぱいいるから、なんであんなぽっちゃりふつー顔選んだんだろうって、思っちゃったかな。

偉い人が欲しがるほど有能で、誰よりも美しいエイガーさんだ。もっと魔法の才能のある綺麗な女性の方が相応しいと、当たり前のことに気づいちゃったのかもしれない。


……落ち込むなよ、私。分かってたことじゃん。凡庸な私が、あんなにすごい人の隣りに相応しくないことくらい。


エイガーさんは私のこと凄いって褒めてくれてたけど、私が分かるのはエイガーさんのその時の気分くらいだ。

彼の仕事の凄さとか、魔法の力とか、そんなの全然分からない。もっと彼の力の真髄を知ってくれている女性の方が、いいに決まってる。エイガーさんも、その方が幸せに決まってる。



魔法局のホールでため息が漏れた私を、アンちゃんが辛そうな顔して覗き込んだ。


「……ローラちゃんが辛そう。もしかして生理?」

「……アンちゃん。君にはデリカシーという概念は備わってる?」

「だって、最近口数少ないし。元気ないし。痩せたし」

「痩せたかな」

「うん、痩せた。

ねえ、ローラちゃん。美人さん来ないねえ。俺、アピールできなくて調子出ない」

「そうなの」

「………………ほらあ、ローラちゃん元気ない。

以前のローラちゃんなら、ここで鋭いツッコミが入るはずなのに。完全にスルーしてるじゃん。ローラちゃんらしくない!」

「私らしい、ってなんだろ」

「ローラちゃんが自分を見失ってる!

本当に、どうしちゃったの!」


わたわたしながらあーだこーだ言ってくるアンちゃんを、私はいなす。常にテンション高めの彼に、今の私はついてけない。



カフェワゴンの前でアンちゃん相手にわーぎゃーやっていたら、目の前に銀髪の美女が立った。

二つの緑の瞳が私を射抜いてくる。エイガーさんとは違う方向性の、凄い美女だ。

……エイガーさんの上司さん。確か、マリン・スミス副局長さんだ。


スミス副局長は鋭い視線のまま私に話しかけてきた。


「ローラ、といったか。私について実験室まで来い」

「えっ……私、ホールまでしか入れない」

「私が許可を出す。ワゴンごとついて来い」


スミス副局長は私の頭をポンと撫でた。ぶわっと全身を静電気が撫でるような感覚がした。

……今のが、許可なのかな。


スミス副局長は、そのままさっさと歩き出す。


私は目を見開いて固まっているアンちゃんを置いて、慌ててスミス副局長の後を追った。





スミス副局長は歩きながら必要なことを話してくる。背が高いから脚が長い。脚が長いということは、足が早い!

私はカフェワゴンを押しながら、必死でスミス副局長を追った。


「局内の事は他言無用だ。何を見ても何を聞いても、外部に漏らすことのないように」

「は、はい」

「誰に何を言われても答える必要は無い。必要なことさえすればいい」

「私にできることなんて、かなり限られますけど」


私は声を張って答えた。確かスミス副局長は、耳が弱いって、エイガーさんが言ってた。


スミス副局長はちらりと横目で私を見た。私が声を張ったのが分かったのかもしれない。

だけど、美人の横目は迫力があって怖い。緑の視線が刺さってくる、ひえええ。


「今回は君にしか頼めない案件だ。でなければ部外者を呼ぶようなことは避ける」

「はあ」

「ここから向かう先は、魔法局の中枢に近い場所になる。だからこその、他言無用だ」

「なんで、そんな所に」

「シュルトのバカが、バカだからだ」


シュルト。

シュルト・エイガー。

……エイガーさんのことだ!


思わずスミス副局長を見上げると、私の視線に気づいた彼女は苦にがしそうに顔を歪めた。


「名前呼びは気にするなよ。シュルトとは同期なんでね。

あいつの魔力量と魔法の知識、さらに魔法操作の器用さは群を抜いている。私でも敵わないと思わされることは、しばしばある」

「はあ」

「だが、あのバカは加減を知らん。魔法局内でも最強強度の実験室が、限界を迎えようとしている」

「なんで、そんなことに?」

「バカがバカみたいに、強力な魔力を一箇所に注ぎ続けてるからだ。おかげて防御魔法の効果が切れ始めて、壁にヒビまで入ってきた」


スミス副局長は、一つの部屋に入り込んだ。四方が白い壁で、天井だけ抜けている不思議な部屋だった。掴まっていろというので、私はスミス副局長の腕を掴んだ。

途端に空中に浮かび出す。カフェワゴンも一緒に。

うわ、何これ!


浮遊魔法(フライ)だ。慌てなくていい」



魔法局の中枢は、浮遊魔法(フライ)を使えないと行けない、ということか。


浮遊魔法(フライ)はとても繊細な魔法らしい。使える人は、そもそもとても少ない。そんなことは、素人の私でも知ってる。

ニーノさんが「近づけない」って言ってたのは、こういうこと。浮遊魔法(フライ)を使える魔法使いか、その魔法使いが許可した人間しか中枢には入れない。なかなかのセキュリティ、というやつだ。



私たちは音もなくふんわりと浮き続けて、高い場所にいきなり出現した真っ直ぐな廊下に降り立った。スミス副局長は躊躇いなくずかずかと廊下を進む。


廊下の先には広いオフィスのようになっていて……机にへばりついた疲れた魔法使いさんのたまり場みたいになっていた。あれ?


魔法使いさんたちは私を見ると、期待を込めた眼差しで一人二人と顔を上げてきた。「ローラちゃんだ!」という声は、恐らくお店かカフェワゴンの常連さんの一人だろう。あれれ?


スミス副局長が真っ直ぐに部屋の奥に進んだ。そこには分厚そうな白い扉があった。扉の上には『第六実験室』の札が掲げられていた。


スミス副局長は、杖をかざしている魔法使いさんに尋ねた。


「おい、まだ保ってるか?」

「限界です。防御魔法がすでに紙の薄さです」

「外からの補強はこれ以上無理でしょう。内側から張り直さないと」

「あの野郎……こらあ、聞こえてんだろ、シュルト! テメエ、出て来いつってんだろうがよ!」

「エイガー部長、もう無理ですって! 一旦止めましょう!」

「実験室壊れますぅ! 修理するのにいくらかかると思ってんですか!」


魔法使いさんたちの声に反応するように、扉の隙間から光が漏れてきた。断続的に光っては収まっている。あ、これが防御魔法の漏れってやつ? この光が盛大に漏れるとヤバい、ってことかな。

魔法使いさんたちは、慌てて漏れた箇所に魔法を撃ち始めた。



……この状況は、つまり。

あの扉の向こうに、エイガーさんがいて。

エイガーさんが実験室内で何事かの実験を続けてることで、たくさんの魔法使いさんが困っている、らしい。

ここにいる疲れた魔法使いさんたちは、エイガーさんの暴走による、被害者さんたちということ。そして未だに暴走は止まっていないということ。中の人は全く話を聞かないということ。

――そんな構図が、読めてきてしまった。



私はスミス副局長のところまで進んで、自分の顔を指さした。スミス副局長の緑の目が私を確認する。険しい顔をして、その場をどいた。



私は、はあと息を吐いた。

私は私の使い道を、正確に理解した。


スミス副局長が黙って頷くのを確認して、私は扉の前に立った。



凄い魔法使い?

群を抜いた才能?

引き抜かれるような逸材?


それがとうした。

中にいるのはただのポンコツだ。

私のよく知ってるあの人だ。



私は扉の中に向けて、声を張り上げた。



「エイガーさんの、バーーーーーーーーカ!!!」



ドガンバタンと扉の中で音がして、実験室の扉が開いた。髪を乱した無精髭のエイガーさんが、サファイアブルーの目を見開いているのが見えた気がした。


しかし、私は。


扉が開いた瞬間に高濃度の魔力が私に襲いかかり、その空気に当てられてそのまま気を失った。



◇ ◇ ◇



目が覚めると、すぐ目の前に黒い生地が見えた。これは黒いローブ、かな。あと、さらさらの黒い長い髪。あ、知ってる。嫉妬もできないほどさらっさらな髪なの。


見上げると、無精髭のエイガーさんが盛んに喧嘩している真っ最中だった。表情は尖っているくせに、研ぎ澄まされたような彼の顔は美しい。何をしてても綺麗な人だ。


こんな間近で見上げているということは、私はどうやらエイガーさんに抱き抱えられているみたいだった。

なんでこうなった? 私、魔力にやられて、そのまま倒れて………


「ローラをこんな危険なところに連れ込むな、マリン!」

「そうでもしなきゃテメエは出てこなかっただろうが!実験室が限界だって言ってんだろ!」

「もう少しで算出した数値の最大値を突破できる所だったのに!魔法の限界を極めたいとは思わないのか、お前!」

「その前に建物ぶっ壊すなっつってんだよ! ここが壊れたらそれだけで予算がふっ飛ぶわ!」

「それをなんとかするのがお前の役目だろうが!」

「テメーの狂った実験の尻拭いするために私はいるんじゃねえぞ! 最大値突破しろなんて誰が言った!」

「マリン、貴様……」


私はエイガーさんの腕の中からモゾモゾと起き出した。「ローラっ」とすぐそばで歓喜の声が掛かったが、綺麗に無視する。


私はエイガーさんに張り付いて、その頭を押さえ付け、ぐいっと下げた。そして自分も頭を下げた。

私はスミス副局長と魔法使いの皆さんに聞こえるように、声を張った。


「申し訳ありませんでしたっ!」





実験室の前のオフィスの片隅で。

私はエイガーさんと向かい合っていた。

今回もしっかりと沈黙魔法(サイレント)を掛けてもらっている。



実験室は疲れた魔法使いさん達によって、交代で防御魔法が貼り直されていた。

疲れた魔法使いさんたちを癒したのはカフェワゴン。スミス副局長はワゴンに積まれた商品を丸ごと買い取ってくれた。

魔法使いさんたちにはコーヒー・紅茶の他に、甘いクッキーやフルーツケーキが好評だった。たぶん、物凄く疲れていたのだ。疲れた時には、甘いものだよね。



私は目の前のエイガーさんに目を向けた。

エイガーさんは髭があるせいか、疲れているくせに普段より精悍に見えていた。だが中身が伴っていないことは、知ってる。よく知ってる。

私はジロリと、エイガーさんを見据えた。


「……あなたが帰ってきてから、私は七日も放っておかれたわけですが」

「……七日放置? 」

「七日放置です」

「そんなわけはない。私は毎日ローラと会っていた」

「それ、誰だよ」

「もちろんローラと…………あ。

ああ、そうか。あれは脳内のことか」


……いきなりの残念発言だ。

脳内の私と会って、満足してたってよ。


そうだよ、分かってたよ。この人残念な人なんだよ。どっかが紙一重なんだよ。

私は拳を握って苛立ちを堪えた。



「七日間、何をしていたのか、聞いても?」

「……言わないと怒るだろ」

「はい」

「もうすでに、めちゃくちゃ怒ってないか?

……出張から帰ってきたら、魔法局のホールに君がいて。隣の男と楽しげに笑いあってるのを見たら……絵になるなと、思ってしまった」

「アンちゃんのこと? 絵になんかならないよ、やめてよー」

「同じ年頃の男女だと、そう見えるんだよ。

歳の離れた私では、どうしても敵わないことだから」

「年齢のことは、気にしてないのに」


そんな言葉を聞く気がないのが、エイガーさんである。

エイガーさんはきっと空中を睨んで語り出した。


「このままではいられないと思った。年齢の差を埋めるくらい、君のために私にしかできないことをしようと。

……そこで、理論だけほぼ確立しているが、実践されたことの無い魔法論文があるのを思い出して」

「……嫌な予感しかしない」

「魔石を自分の手で作ろうと思った」


……なんだそれ。

魔石って。魔導具を作ったり動かしたりする時に使われる、とっても貴重な素材じゃないか?

確か、魔素の濃い空間で長い時間をかけて魔力を帯びた石になるものだから、人の手で作るものじゃない。だって、魔石って山の深い所から採掘される物だもの。



エイガーさんは魔法局の仕事そっちのけで、論文を読み込んだ。ひたすら読み込んだその上で、妄想を爆裂させた。


「要は魔力を帯びることの出来る素材に、持っている魔力を結晶化させつつ圧縮していけばいいわけだから」

「何言ってるか分かんないですー」

「私の作った魔石で結婚指輪を作れるんじゃないかと。そうしたら、この世で唯一無二のものになるだろう」

「はあ」

「世界に一つだけの石で君を彩りたい。そう思ったら、研究の手が止まらず」

「はああ」

「喜ぶ未来の君の笑顔を見つめているうちに、現実の君に会いに行くのを忘れた」

「バーーーカッ!!」


その間、私がどれだけ悶々としたと思ってんのよ!

エイガーさんは話しながら気づいたようだった。「よく考えたら、現実のローラに会える方が貴重な時間ではないのか」とか言っている。

今更遅いわ!



エイガーさんは、それでもにこにこと懐を探った。久しぶりに見る笑顔は眩しくて目の保養と共に、眩しすぎて痛みも感じた。うあ、目に滲みる。

エイガーさんが懐から取り出した魔石は、拳大の魔石だった。それを私の手に握らせてくれた。ずっしりとした重さのある、拳大の石である。


「さっき、最大級の魔石構築に成功した。記念すべき結婚指輪だし、気合いを入れるべきだと思って」

「…………」

「一生に一度のことだろう。計測した理論値をもうすぐ超える最大規模の魔石が作れたんだ。気に入ってもらえただろうか」


照れながら、魔石と私の手をさすさすするエイガーさん。

私は渡された魔石に目を落とした。拳大だから、私の手のひらにどっかりと乗っている。私は懐いてくるエイガーさんの手をしっしと払った。脇にある机に魔石を置く。ゴッという音が鳴った。だって、拳大だもの。


「結婚指輪用の石、なんだよね」

「うん」

「私の薬指に嵌めるんだよね」

「あ、照れちゃうかも」

「…………こんなデカイ石指輪にしたら指が折れるわっ!!」

「ええっ」

「指輪にするのに、こんなに大きくする必要あるかっ! 重くなかったとしても、邪魔でしょうがないわっ」

「そ、そうなのか?」

「ちょっと考えてみればわかるだろうに!

なんっ……で、なんで誰かに相談しないのかなあ! 相談できる相手とかいるよね!」

「全くだ」


冷たい声がして、スミス副局長が話に入ってきた。あれ、私たちの会話を聞いていたみたいだ。沈黙魔法(サイレント)かかってるし、彼女、耳が弱いんじゃ。


スミス副局長は、自分の形のいい唇を指してみせた。


「あまり聞こえが良くないんでね。読唇術を身につけている」

「……あ、なるほど」

「まあ、このバカの考えてる事は、あまりにも想像通りだったが」


スミス副局長は拳大の魔石の脇に、コロコロと小ぶりな魔石を幾つも転がした。真っ黒な拳大の魔石と違って、きらきらと光を反射してる……


「おそらく結晶化の過程か、圧縮の過程でブレがあるから、色が違う。

青みの強い大きめのこれなんかは、指輪にいいだろう。ローラの肌に似合う。さらに翠がかったこの二つはイヤリングに。ローラの髪の色に合うと思う。小さいが存在感のあるこれらは、他の宝石と合わせてシャワータイプネックレスにしてもいい」

「……すごい、綺麗。素敵」

「市場に出ることは無いだろうが、この小さな石でとてつもない資産価値があると思っていい。

魔法局御用達の魔導具店に、宝飾部門を持っているところがある。私が一声かけておけば、人工魔石だってのは口をつぐんで仕事してくれるだろうな」

「スミス副局長っ」


ふふん、とスミス副局長は腕を組んだ。

カッコイイです、スミス副局長!


「ローラが、このバカを怒鳴りつけた挙句に、強制謝罪に持ち込むとは思わなかったよ。とんでもないな、お前」

「そ、そうでしょうか」

「こんなできる女、シュルトにはもったいないっての。私が嫁に欲しい」

「絶対やらん」


エイガーさんが即答した。

スミス副局長は苦笑する。


「ローラの花嫁姿を、私も見たくなった。せっかくなら綺麗な宝飾品で着飾ってあげたいじゃないか。

ただし、ローラ。人工魔石のことは内密に。人の手で魔石を作るなんてことができるのは、今の所うちのこのバカだけなんだ」

「はい」

「おい、マリン」

「バカはバカなりに話聞けよ、バカ。

テメエがローラに結婚指輪を贈りたいってんなら、宝飾品に詳しい女に真っ先に聞けってんだ」

「女?

……お前、学生時代の頃からとっくに女捨ててるだろうが」

「ああん? シュルトてめえ、この絶世の美女相手に喧嘩売ってんのか……」


スミス副局長が喧嘩を買おうとした時だ。


実験室からどよめきが起こった。どうなっているかはわからないが、雑多な何かで溢れたた実験室の床では、魔石がコロコロ落ちているらしい。大きなものでも見つかったか。

スミス副局長が鬼の形相で実験室を振り向いた。美人なのに。


「おいこらテメエら! 魔石一個でも掠め取ったらぶち殺すからな!実験室に落ちてる魔石一個も見逃すなよ!」

「副局長、怖え……」

「ようやく市長のジジイを追い出したんだ! 魔石まで作れるなんてバレたら、どんな手段使ってもシュルトを引き抜きに来るぞ!」

「そうでしょうねえ」

「シュルトを魔法局から引き抜かれたら、魔法研究が五十年遅れると思え!

しかもこいつが、魔法能力と見てくれがいいだけで、中身が残念なことがバレてみろ! 魔法局のいい恥さらしだ!」


……わあ、ひどーい。


さらに実験室で、大きな魔石が見つかったようだ。ザワザワが大きくなっている。


エイガーさん、いったいどんな感じで実験してたんだ? 気に入らないとどんどん床に捨ててたとか?


スミス副局長はどしどしと実験室に向かう。私にも見せろーとか怒鳴っている。……手には、エイガーさん渾身の拳大の魔石を持って。


あれ、エイガーさんが気合いを入れた、一番大きな魔石だったんだけどな。

エイガーさんを見上げると、彼は全く気にしていないようだった。尋ねると、君に似合わないからいらない、という。


「マリンの言う通り、あの黒いデカブツより、この青い魔石の方がローラに似合う。君の指に嵌っているのを見たい」

「イヤリングもネックレスも、どんなものになるかわくわくするね。これからデザインとか決めていって……結婚式までに間に合うかな」

「ローラ、結婚式にこれを身に付けてくれるのかっ?」

「……エイガーさんは、そのために頑張ったんでしょ。エイガーさんの努力は、私だってちゃんと受け取ります。

エイガーさん、ありがとね」

「……あー。

あーと、その…………ローラ」


エイガーさんは躊躇うように手を握ってきた。いつもの綺麗な無表情のようだけど、どこか言いにくそうに、おどおどと口にした。


「まだ、早いかもしれないけど、そろそろいいかと」

「何?」

「名前のことで」

「ん?」

「……君は、もうすぐ、エイガーになるわけで。だから、私をエイガーと呼ぶのはおかしな事になるわけで」

「あ」

「だから。そろそろ、その……」



なんで、そんな些細なことは躊躇うんだろう。

魔法局が誇る強固な実験室壊すのは、全く躊躇わなかったのに。


躊躇う風情のエイガーさんは、無表情なんだけどどこか子供じみていて、なのに相変わらず美しい。



エイガーさんて、よく分からない人だ。

見てても分からないし、話してても分からないし。

エイガーさんに振り回されるのはとても大変なんだけど、馴染んできてる私がいる。それが何でなのかなんて、もうとっくに分かってる。


私はエイガーさんが大好き、ってこと。それは私が一番よく分かっているから。



私はエイガーさんの傍に身を寄せた。ちゅ、とまばらに髭の生えた頬にキスをした。

なんだか唇がくすぐったかった。



「わかりました、シュルトさん」



名前を呼ばれたシュルトさんは破顔した。光を放つような笑みを浮かべ、私を抱き寄せてきた。

シュルトさんは無精髭のせいか、いつもより男らしさが増していた。サファイアブルーの瞳が熱を持って煌めいている。私を見つめる視線が、甘さをどんどん増してきていて……


あ、これはヤバいかも。



キス魔が本領を発揮してしまった。




エイガーさんの女神のようなキス待ち顔がぺかーっと脳裏に浮かんでしまい、続編を書かざるを得なくなってしまいました。罪深いキス待ち顔だったよ。


評価★★★★★、ブックマーク、リアクション、感想など頂けると、嬉し恥ずかしくて天岩戸に引き籠もり、また執筆を始めると思います。天岩戸にはエアコンをつけるべきだと主張します。


読んでいただき、ありがとうございました!

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