6 追跡
後ろから聞こえた物音に私は息を殺す。
廊下を歩く足跡だ。
しかし予想に反し足跡はこちらへ近づくことはなく、図書室の前を通り過ぎていった。
「こんな時間にいったい誰だろう。」
抜け出した私を探しにきたのではないなら、何をしているのだろうか。
気になった私はこっそりと廊下を覗いた。
薄暗い廊下の先、背の高い背中が歩いているのが見えた。
「マウリィツオ神父様だ。」
背後からではよく見えないが、マウリィツオ神父は両手に何かを抱えていた。
そして廊下の突き当たりまで行くと、そのまま建物の外と通じる渡り廊下へと出てゆく。
私は後を追いかけた。
マウリィツオ神父は渡り廊下を進み、その先の別館へは向かわずに通路を外れて右折した。
マウリィツオ神父が向かった先は、倉庫だった。
彼は裾から鍵を取り出し、中へと入る。
マウリィツオ神父が扉を閉めるために振り返った一瞬で私は彼が抱えていたものを見ることができた。
「油の缶だ。」
彼が運んでいたのは、火事現場でノアが見つけたのと同じ油の缶だった。
朝がきて、また仮病を使って抜け出した私は、教会を訪ねたノア夜中に見たことを話した。
ノアは倉庫で保管されていた油の缶は事件に関係すると考え、「倉庫を見に行こう。」と言って立ち上がった。
「待って。
あの倉庫の鍵は誰でも手に入れられるわけじゃないの。」
「管理人室にあるんでしょ。」
「そうだけど、管理人がいるでしょう。
身分の高い聖職者じゃないと渡してくれないんじゃないかしら。」
教会のすべての部屋の鍵は管理人室に保管されている。
私たち教会で暮らす子どもたちは大聖堂を掃除するときにそこへ鍵を借りにいくのだが、鍵を保管している管理人が借りた時間と人物を記録している。
けれども、私たちが借りることのできない場所の鍵がいくつかある。
倉庫もその一つで、子どもが立ち入ることはできないのだ。
ノアは私の制止を聞かずに管理人室へと向かった。
ノアは管理人室へ入ると、机に座る管理人に堂々と「倉庫の鍵を。」と言う。
髪の毛の薄い老人は、差し出されたノアの指にはまった紋章指輪を確認するとあっさり倉庫の鍵を差し出した。
「さぁ行こう、ミシェル。」
「どうして鍵を借りれたの?」と聞けばノアは「これを持ってるからね」とその指輪のついた手をひらひらふってみせた。
それは持ち主が位の高い聖職者であることを示す紋章指輪だった。
「聖職者が昇進する方法は、その働きを上部の者に認められることだ。
僕は3年前戦地へ行かされたでしょ。
我が国は戦に勝ったから、同行した僕も昇進できたのさ。
僕の読みでは位の高い聖職者であれば誰でもあの倉庫に入ることができるはずだ。
この教会に勤めてる聖職者じゃなくてもね。」
周りに誰もいないことを確認し、私たちは倉庫の鉄の扉へと近づく。
ノアが南京錠に鍵を差し入れ、金属の軽い音と共に鍵が開く。
重たい扉を押して足を踏み入れた倉庫は、油の缶が神経質に整列していた。
刺激のある匂いが鼻をついた。
「放火犯は、ここから油を持ち出して使ったのかな。」
ノアは「間違いなくそうだよ。」と言い切る。
「ここから盗むのは難しいんじゃないかな。
この倉庫には窓がない。
だからこの扉を使って入るしかない。
扉には南京錠がかけられていて、鍵は管理人室に保管されているわ。」
「でも僕は鍵を借りることができた。
管理人は僕の名前を聞かなかったし誰が鍵を借りたか記録もしていない。
さっきも言ったじゃないか。
誰でもこの倉庫に出入りできるんだよ、紋章指輪を持つ聖職者ならね。」
「それって…。」
先を続けようとした私の口をノアが塞ぐ。
「静かに。」
ノアに視線で促され、足跡が近づいてきたことに気づいた。
私たちは積み上げられた油の缶の影に隠れた。
足跡はこちらへ入ってきた。
「誰かいるのかね。」
マウリィツオ神父の声だった。
「はい。
おります。」
返事をしたノアに私は驚愕するが、彼は「鍵は僕が戻しておきますから、お先にどうぞ。」と平然と言ってのけた。
マウリィツオ神父は相手の顔が見えていないというのに疑う様子もなく「頼んだぞ。」と言って油の缶をいくつか取ると倉庫を出ていく。
「追いかけるよ。」
ノアが私にささやいた。
マウリィツオ神父の後ろを追いかけてたどり着いたのは、繁華街の袋小路だった。
マウリィツオ神父の目的地は、聖職者には似合わない俗っぽい場所。
娼館だ。




