10 終末
皇太子による教団からの独立宣言が響く街を見下ろし、ノアは教団の死をニヒルに笑う。
全てが完了した今になってやっと、私は彼の目論みを理解した。
「あなたの目的は教団を滅ぼすことだったのね。」
国中にばら撒かれた予言の書に従って、聖職者たちは娼館に火をつけた。
聖職者たちを犯罪者にし、さらに予言を外すことで人々に教団への不信感を抱かせる。
そこで皇太子の独立宣言だ。
そうして王家に並ぶほどの権力を持つ教団をこの国から締め出した。
「この計画は皇太子様の指示なの?」と問えばノアは頷く。
「皇太子にとってルーカスは最も信頼できる駒だ。
ルーカスに命じるのは当然だ。
ルーカスがこの計画を僕に任せたんだ。」
世界滅亡の予言にまつわる一連の事件は、王家と教団の権力争いだったのだ。
だけど私にはまだ一つわからないことがあった。
「百年前に書かれたノストラダムスの予言が当たらないってどうしてわかったの。」
ノアは「ノストラダムスの予言は百年前から外れてたんだよ。」と笑った。
「ノストラダムスはその先百年の予言を記した。
しかし翌年の末、彼がその年に起こると予言した出来事が何一つ現実にならなかったことが判明する。
星詠みによって未来を予見できるだなんて、本当は神の教えに沿っていない。
そのことに当時の聖職者も気づいたんだ。
けれども、ノストラダムスは地位の高い聖職者だった。
権力を誇示したい教団にとって、彼の失敗は認めてはならないことだった。
ノストラダムスの書は禁書になり、隠蔽された。
でも、王家に残されたものまでは処分できなかったんだ。」
「ノアはその原本を元に、一部の文を書き換えた新しい予言の書を大量に印刷して国中にばら撒いたのね。」
王家の協力があったのなら教団が手出しできないうちにそれをやってのけるのは容易だっただろう。
予言は間違っていると公表することのできない教団側は予言を本物にすることを選んだ。
教団はノアの罠にかかり、敗北したんだ。
「ミシェルはまだ怒ってる?」
階下の街を見つめたまま、ノアは自虐的に私に尋ねた。
「僕は連続放火事件を引き起こし、国中を世界滅亡の恐怖に突き落とした。
君の怒りはきっと正義なんだろう。
僕は手段をえらべないんだ。
皇太子の命令に背けば、ルーカスも僕らもみんな殺されるから。」
「ノアは教団に復讐したのかと思っていたわ。
三年前に戦地へ送られたことの復讐に教団を滅ぼしたのかと。」
ノアは「どうだろうね。」と誤魔化した。
「でも、これでもう君もほかの兄妹たちも戦地へ送られることはないだろうね。
皇太子が統制する新しい教会では、聖職者が崇められることは許さない。
僕ら教団で育てられた子どもの歌に浄化の力があるだなんて迷信もなくなるさ。」
「少しは君らの役にもたったでしょ。」と許しを乞うような言葉を口にしながらも、口元に挑発的な笑みが残っていた。
「ノアは私に許してほしくないんだ。」
彼はそれに答える代わりに、「ノストラダムスの書をこの教会の図書室へ隠したのは僕だ。」とうちあけた。
「見つけてくれたのが君でよかったよ、ミシェル。」
ノアが立ち去り、一人きりになったバルコニーで私は街を見下ろす。
大聖堂からこどもたちの祈りの歌が聞こえてきた。
響く幼い声に合わせて、私も同じ歌を口ずさむ。
この歌声に特別な力がないことは知っている。
だけど意味がないわけじゃない。
この歌は願いを込める儀式だ。
柔らかな日の光に照らされるこの街が救われることを願って、私は歌った。
閲覧ありがとうございました。
・同シリーズ作品のご案内
「狡猾なる勇者」
本作の三年前が舞台。
ノアが同行したルーカスの敵地への遠征の物語。
「婚約破棄の続きは断頭台の上で」
本作と同じ時、隣国で起こった反乱の物語。
皇太子と教団の権力争いの続きを描いています。
こちらも合わせて楽しんでいただけますと幸いです。




