目覚め
産声が聞こえ、一瞬で世界が鮮やかに色づいた。
「奥方さま、おめでとうございます!
男の子ですよ!」
まだへその緒がついている赤子を、産婆が私の目の前に見せてくれた。
黒い髪。
精悍なはっきりした顔立ち。
目はまだ閉じていているけれど、瞳の色は赤いだろう。
さっきまでの夢の中で、ずっと見ていた息子の顔だった。
「私の、赤ちゃん…」
かぼそい声で泣く赤子に、どうしようもなく涙があふれてきた。
息子はまだ生まれたばかりだ。
私が見てきた光景は、これから起こる未来の出来事なのだろうか。
夢というにはあまりにも鮮明で、すでに一度経験したこととして、心に深く刻み込まれているような気がした。
まるで、人生を巻き戻ったかのような…。
「エリナさま、この子は強い子になりますよ。
三日三晩の難産は、赤ちゃんにとってもとても苦しいものだったはずです。
それをこうして耐え抜いて、この世に生まれてきたんですから」
産湯をつかってきれいに清められた赤ん坊を見て、ナタリーが感極まったように言う。
私の目にはまた涙があふれた。
この子とともに生と死の境をさまよっていたと思った瞬間、私は魂の奥底でわかったのだ。
今まで見てきたのは単なる夢ではなく、私が生きる現実の人生なのだということが。
三日三晩にわたる苦しみを乗り越えて、ようやく私のもとに生まれてきてくれたこの子の、この先たどる運命なのだということが。
夢で見たあの人生を思い返してみると、私はひどい母親だった。
幼いこの子に自分の理想を押しつけるばかりで、ちっともこの子の気持ちを聞いてやろうとしなかった。
でもあの人生の最後に感じた気持ち、この子に対するあたたかい感情は、今まさに、この胸に宿っている。
私はこの先、この子のために生きよう。
この子を幸せにするために全力を尽くそう。
これは私の、贖罪なのだ。
義父や義母がやってきて、孫息子の誕生を喜び、私をねぎらってくれた。
ひとしきり祝福を受けた後、体力を消耗していた私は眠りについた。
ふと目を覚ましてかたわらを見ると、寝台の脇にルドガーが立っていた。
私は驚きはしたが、夢で見ていたこともあって冷静になることができた。
ルドガーはベビーベッドをのぞき、「男か。魔力はあるようだな」と言った。
「これで公爵家の跡継ぎの心配はなくなったな」と続ける。
夢で見た、あの場面と同じだ。
それから少しためらうように間をおいて、ルドガーが口を開いた。
「セドリックと名づける」
「え?」
「フレイザー家の始祖の名だ。
12歳になったら騎士団に入団するよう取り計らう。
お前はこの子を、公爵家の跡継ぎとして、騎士団長になる者として、恥ずかしくないようしっかり育てろ。わかったな」
素っ気なく言ってそのまま立ち去ろうとするルドガーを、思わず私は引き止めた。
「旦那さま!」
胡乱な目つきでルドガーが振り向く。
「……なんだ」
「あ…」
とっさに声をかけたものの、すぐに私は言葉に詰まった。
「あの…ありがとうございます」
ようよう言葉を絞り出した。
「なんのことだ?」
「この子に良い名をつけてくださって」
「ああ」
「私は…」
夢で見た前世のルドガーと、ここにいるルドガーは少し違っていた。
子どもができても何の感慨も持たない人だと思っていたけれど、名前を考えてくれるくらいには子どもを気にかけているようだ。
彼はセドリックの父親なのだから、私も最低限の礼儀は尽くそうと思った。
「私は、旦那さまに感謝しています。
私にこの子を授けてくださったこと。
この子に名前をつけてくださったこと。
それだけでもう十分です。
これ以上、旦那さまとネリー嬢のお邪魔はいたしませんのでご安心ください」
率直に感謝を述べたつもりだったが、ルドガーの顔は少しゆがんだように見えた。
「この子のことは、私がしっかり育てていきます。
旦那さまは、どうぞ愛する方とお幸せに。
ごきげんよう」
そう言って頭を下げた私をルドガーは不機嫌そうに一瞥し、無言のまま部屋を出て行った。
先日セドリックは4歳になった。
あの日からもう4年が経ったわけだが、その間ルドガーからは何の音沙汰もなかった。
夢で見た前世でも、ルドガーは息子が12歳になるまで私たちに何の関わりも持とうとしていなかったから、私は今度の人生でもそのつもりでいた。
それがまさか、第二子を望む手紙が来ようとは思ってもみなかった。
どう対処したらいいのだろう。手紙が来てからの2週間、私は心乱れ、悩みに悩んでいた。