7日目
私は自宅のベッドで目覚める。
清々しい朝だ。
以前までは起床のたびに憂鬱な気持ちだったが、最近はずっと心が軽い。
しっかりと生きている感じがする。
敷地内のどこかで断末魔と奇声が上がっていた。
相変わらず誰かが死んでいるらしい。
まともな神経ならば、こんな地獄で長生きするのは苦しいだろう。
残っていたカレーをすべて解凍しつつ、私は顔も名前も知らない誰かに同情する。
この狂気じみた生活が始まって一週間が経過した。
感想を挙げるなら、最高と言う他ない。
希望のない最低な日常が砕け散り、のびのびと暮らせるようになったのだ。
文句などあるはずもなかった。
黒い腕にもすっかり慣れた。
危険な怪異を問答無用で捕食してくれるのでとても助かる。
おかげでマンション内の探索もストレスなく進められる。
体調に余裕が出たので、スマホで動画を観ながら筋トレをする。
引きこもりの私は身体能力が低い。
黒い腕があるとは言え、怪異との戦闘では身軽に動ける方がいい。
スタミナもしっかり付けるべきだろう。
今の筋力では、腕立てや腹筋は十回もできなかった。
我ながら情けない結果だが、こういうのは積み重ねだと知っている。
誰かと競っているわけではないし、焦ることもない。
地道に鍛えていくつもりだ。
筋トレの後はシャワーを浴びて、温まったカレーライスを食べる。
何度か煮込んだことでコクが出た気がする。
気のせいかもしれないが、美味いからなんでもいい。
テレビやインターネットは未だにこのマンションのことを報じていない。
呆れるほど何もなく、平穏な日々を映している。
国の偉い人かが混乱を防ぐために報道規制でもしているのか。
しかし今の時代なら、誰かがインターネットで情報を拡散しそうなものだ。
どれだけ調べても異変が周知されていない様子なので、本当に敷地外の人々は認識していないようだった。
住民は外部に助けを求めているのだろうか。
この状況でやっていないとは考えにくい。
私の宅配の時と同様、何らかの形で失敗しているに違いない。
そうでなければ、警察や自衛隊がとっくにマンションに来ているはずだ。
……だったら私が発信するか。
別に救援は欲しくない。
ただ、この素晴らしい日々を知ってもらうのは悪いことではないと感じた。
人助けになるという意味でもやって損はないだろう。
とりあえず放置していたSNSのアカウントでマンションの状況を伝えようとする。
しかし、書き込みを投稿する瞬間だけ通信が乱れて失敗する。
何度も試したが駄目だった。
どうやら、外部に怪異のことを知らせるのはタブーらしい。
誰の仕業か分からないが、何らかの妨害が発生しているのは間違いなかった。
敷地内で生きている人達もこれのせいで救援を呼べないのかもしれない。
マンションの状況を周知させる方法はないのか。
私はネットサーフィンをしながら悩む。
そんな時、目に留まったのは小説投稿サイトだった。
真実を伝えるのはタブーでも、フィクションなら許されるのではないか。
ただの一つも根拠のない、直感的に閃いた発想だった。
しかし私は思い切ってサイトにユーザー登録をすると、さっそく下書き欄に執筆を始める。
内容は「地獄と化したマンションで怪異に襲われる話」だ。
二時間ほどで序盤が書き終わったので、私は投稿ボタンをタップする。
生まれて初めて書いた小説は、問題なくサイトに掲載された。
やはりフィクションという体だと、この状況を外部に知らせることができるようだ。
こうなったら日々の内容を小説として連載しよう。
実際に書いてみるとなかなか面白かった。
ライフワークとしてはちょうどいい。
どこまで生きられるか分からないが、可能な限り続けてみようと思う。