6日目
翌朝、目覚めると私は床に倒れていた。
身体の痛みを覚えつつ起き上がる。
腕の状態は改善していた。
腕全体が黒く染まっていたのに、今は範囲が狭まって肘先だけが黒い。
これは治りかけているのか。
ようやく抗生物質が効き始めたのかもしれない。
ひとまずソファに腰かけた私は、昨日の出来事を振り返る。
私はこの部屋で怪異化した木村さんに襲われた。
あれが本当に木村さんだったのかは定かではない。
姿を真似ただけの怪異の可能性もある。
もはや確認する術もないし、あまり興味もなかった。
気になっているのは、黒い腕が木村さんを捕食した点である。
明らかに触れた部分から吸収していた。
あれが幻覚でなければ、私は腕のおかげで助かったと言えよう。
私は改めて黒い腕を観察する。
症状が改善したのも、ひょっとすると怪異を捕食したからではないか。
仮説に過ぎないが、薬の効果より影響は大きそうだ。
つまり腕を治すには、もっと怪異と戦う必要があるのかもしれない。
当然ながら危険が伴うので気乗りしない。
しかし、それでこの生活を継続できるなら躊躇う理由もなかった。
覚悟を決めて前向きに行動すべきだと思う。
私は作り置きのカレーライスを食べると、さっそく着替えて武装した。
これから部屋を出て黒い腕の性能をチェックする。
今後のためにも検証は早めに行っておくべきだ。
部屋を出て、慎重に左右を確認する。
見える範囲には誰もいない……と思ったところで、エレベーターの開く音がした。
ゆっくりと出てきたのはレインコートの怪異だ。
怪異は私を見ると、ぺたぺたと音を立てて駆け寄ってきた。
巨大な口は無過剰な声音で「いやだ、おねがい、たすけて」と連呼している。
そこから頭部がめくれ上がるほどに口を開けて噛み付こうとしてきた。
私は槍で迎え撃とうとする。
ところがその前に黒い腕が勝手に動いて、迫る頭部を鷲掴みにした。
その途端、怪異の頭部は空気の抜けた風船のように萎む。
頭部がずるずると腕の中に引きずり込まれて、首や胴体も同様に吸収されていく。
怪異はものの十秒ほどで消えてしまった。
廊下には黄色いレインコートだけが残されていた。
かなりの量を捕食したにも関わらず、黒い腕の重量は変化していない。
物理法則を無視した特性だった。
これで一つはっきりしたことがある。
黒い腕は怪異限定で捕食能力を発揮する。
それ以外は触れても何も起きない。
慢心はできないものの、非常に心強い武器であることが判明した。
レインコートの怪異を倒した私は、さっさと自宅に戻る。
まだほとんど移動していないが、怪異との遭遇で気疲れしたのである。
やはり生死が関わる場面では神経を摩耗する。
だんだんと慣れてきた感じもある一方で、平然と戦い続けられるほどタフではなかった。
その日はこまめな探索と自宅への往復を繰り返し、数体の怪異を捕食して終了した。
特に怪我を負わずに済んだのは黒い腕のおかげだろう。
ついでに他の部屋の探索で物資調達も進み、絶好調だった。