あなたと暮らしたい
(うーん、うーん、ほっぺた?)をツンツン触られている感触に目が覚めていく。
「ほら起きて。もう10時過ぎているわよ。帰る時間でしょ」
「えっ」目をあけると、至近距離に彩さんの顔があった。
(綺麗な顔だちをしているなあ。一つ一つの顔のパーツは、普通なのにバランスがいいのか)
「ほら、目が覚めるように熱い紅茶入れたからね」
「あっ、うん。今日泊まっていってもいい?」
「言いわけないでしょ。ほら、起きなさい」
まだ寝足りないが、熱い紅茶の湯気に惹かれるように座る。
「あと、30分だけ延長してもいいかな」
「じっくり、飲みたいの?」
「彩さんにだけ、元彼の話をさせたから‥」
「別にそんなこと気にしなくてもいいわよ。それに現在進行形かどうかは、説明しなきゃいけないことだもの。あなたの過去の彼女まで聞く必要はないわ」
「でもまた同じ繰り返しになると、嫌だから‥恐いんだ」
「まあ、話たけりゃ聞くけど。すごい性癖があるとか悪癖があるとかなら、無理かも‥」真剣な眼差しを向ける。
「ううっ、茶化さないでくれる?」何度目かの少し甘めの紅茶を口にして俺は話だす。
「前に話したように、どうしても公私混同しちゃうみたいなんだ。だから、別れる時に私よりも仕事が大事なのかとか、仕事のネタの為に私といるの?とか言われて、別れたことも何回かあるんだ」
「それは、私にもあったかも。急に残業入ってデートをキャンセルしたりとか。急に休みがキャンセルになったりとか同じ会社の人なら理解してくれても、違う会社の人なら嫌われるよね」
「そうなんだよね。でも、最後に付き合った人とはちょっと特殊なケースかも。‥マメで、やさしくて可愛くてすごく好きだったのに、その、できなかったんだ」
「⁈」
「その‥‥性的なことで、キス以上がダメだった」
「ど、どうして⁈ それは、大問題でしょう!!」
「彼は『男の僕じゃあやっぱりだめなんでしょ⁈とか、仕事のネタの為に付き合ってるのとか⁈って喧嘩が絶えなかった』それでも別れるのが嫌で、5年間一緒に暮らしていた」
(お、男の人なの⁈)彩は流石に驚いたが、何も言わずに続きを聴いていた。
ある日帰ったら置手紙があったんだ。
『翔太からはきっと言えないだろうから、自分から別れるよ。今まで、ありがとう』
「彼がいなくなってからすごく落ち込んで1年ぐらいは、何もやる気がおきなくて引き籠りをしていた」
2年目からは、外に出てアルバイトを転々としていた。ずっと一つの仕事をしていたから色んな意味で新鮮だったし、昼夜逆転した生活から健康的な生活になった。
そして元彼⁈と別れて5年が経った時、この先一人で暮らしていくのは寂しいかなって。
でも、また恋愛して別れたらって思うとつらい。
だけどお見合いなら感情的にならずに割り切れるかもと思ったんだ。
その時に、ちょこちょこ声を掛けて来てくれた孝子おばさんが、お見合い紹介が趣味だって聞いてお願いした」
「元彼のことは、何て言ったらいいのかわからないけど‥お見合いをした経緯は、私も同じようなものよ」
「あと孝子おばさんが、俺のことを優良物件って言ってたけど、元の仕事に戻れる保証はないんだ。5年も空白があって、俺より若い人達がどんどん活躍しているからね。だから貯金はあっても。仕事は今までやったアルバイトの中から選ぶ形になる。清掃員とか警備員とか販売員とか、今から正社員で雇ってくれるところがあるかどうかもわからない。ちっとも優良物件なんかじゃないんだ‥‥やっぱり彩さんには、事実を知ってもらうべきだと思ってね」
「そう‥‥わかったわ。いろいろ正直に話してくれてありがとう。もう、30分以上経ったから帰ってもらう。お見合いの返事は、孝子おばさんに伝えるから‥」
「やっぱり彩子さんって割り切り主義なんだね。僕は割り切ってお見合いできると思っていたのに、あなたに恋してそれに愛し始めているんだ。
今日あなたと一緒に洗濯物を取り込んだり、料理を一緒にしたりこの延長線での生活が出来たらいいなあって思っている。
じゃあ。言いたいことは言えたからもう帰るよ。今日は本当にありがとう」それだけ言うと、すくっと立って玄関に向かった。
「私も、ありがとう」玄関先まで彩さんは、見送ってくれた。