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事件簿1.ボトルキャップ

 

 午後の光がぼんやりと事務所の窓から差し込み、外の通りからは日常的な雑音が響いてくる。ユウロピーがいるのはいつもの探偵事務所の一角。


 彼女はテーブルに肘をつき、手元に置かれた水のボトルをじっと見つめていた。



「ふぅ…」


 一息ついて、そのままゴクゴクと喉を鳴らして飲み干す。


「やっぱり水はいいですね、おじさん!」



 ユウロピーの隣には、いつものように気だるげにタバコを咥えたおじさんが、事務所のソファーにぐったりと横たわっている。



「水なんて飲んでるのか、珍しいな」と、ぼそっとした口調でおじさんが呟く。



「探偵は体が資本ですからね!」とユウロピーは胸を張るように答えながら、ボトルをテーブルに置いた。


 空になったボトルがコトンと音を立てて揺れる。



「へぇ、まぁそうかもな。でも俺は水より酒だな、探偵だって酒が体に染みる日もある」


 おじさんはタバコの煙をふわりと吐き出す。



「おじさんはいつもそんなことばっかり言ってる!」

 ユウロピーは笑いながら、テーブルに置かれていた何かを取り出した。


「見てください、これ!」


 彼女が手に持っているのは一枚のポスターだった。


 おじさんはその動きに軽く顔を上げるだけで、何がそんなに大事なことなのか理解していないようだった。



「ほら、これですよ!空のボトルをお店に持って行くと、なんと買った金額の一割が返ってくるんですって!」


 ユウロピーは興奮気味にポスターをおじさんに見せつける。

 彼女の目は輝いていて、その情熱は一割程度の返金であっても十分すぎるほど高まっている。



「へぇ、そうか。酒瓶でも返品できるんなら、俺もそのキャンペーンに乗るんだがな」おじさんは無関心に呟くが、ユウロピーの熱意に押されて無理やりポスターに目を通す。


「おじさん、酒はだめですよ!ちゃんとペットボトルじゃないと!」


 ユウロピーは呆れたようにおじさんを(たしな)めながら、すでに心の中で一割返金を確実に手にする計画を練っている。



 しかし、そんな幸せな瞬間はすぐに崩れ去った。


 ユウロピーがボトルを手に取ったとき、彼女の表情が一瞬で険しくなった。



「えっ…?」


 ユウロピーは驚きの声を上げながら、空のペットボトルをまじまじと見つめていた。


「キャップがない…どこかに行っちゃった!」


 彼女はまるで見えないキャップを探すかのように、ボトルの口をじっと覗き込む。


「キャップがないと、返品できないですよ!」


 ユウロピーは焦った表情を浮かべながらおじさんに訴えるように言った。



「はぁ…水なんか飲むからだ」

 おじさんは、いつもの気怠げな態度を崩さずに、煙草の先を軽く揺らしてため息をついた。


「キャップの一つや二つ、そんなもんどこにでも転がってるだろ。慌てるなよ」


「いやいや!キャップがないと、このポスターに書いてある通り、返品できないんですよ!一割ですよ、一割!」


 ユウロピーはポスターを指差し、必死におじさんに状況の深刻さを説明する。



 おじさんは面倒くさそうに肩をすくめて、「まあ、そうかもしれんがな…」と呟くが、その態度には依然として気合いが入っていない。

 ユウロピーはすでに頭の中で、ボトルキャップを探し出すための作戦を立てていた。



「これはもう、探偵の仕事ですよ。事件ですよ、おじさん!」


 ユウロピーは目を輝かせ、まるで重大な謎に挑む名探偵のように、事務所の中を見渡した。



「キャップがどこに消えたのか、徹底的に調べ上げましょう!」と彼女は意気込みを見せる。



「大げさだなぁ…」


 おじさんはまた一つ煙を吐き出しながら、ソファに深く腰を沈めた。


「キャップくらい、家のどこかに転がってるだろうに」


 しかし、ユウロピーの決意は揺るがない。彼女はテーブルをひっくり返す勢いで捜査を開始した。



「絶対に見つけ出しますよ!テーブルの下、ソファのクッションの隙間、そしてもちろん…」彼女は勢いよくおじさんの方を振り返り、「おじさんのポケットも調べます!」


「は?俺のポケットにキャップがあるわけないだろうが」おじさんは困惑した表情を浮かべつつも、ユウロピーがすでに探偵モードに入っていることを悟り、抵抗するのを諦めた。


「念のためです!念のため!」


 ユウロピーはそう言うと容赦なくおじさんのポケットを一つ一つ調べ始めた。コートの内ポケット、ズボンのポケット、すべての隙間をくまなく探すが、当然キャップなど出てこない。



「やっぱり…ここにはないですね」


 ユウロピーは少し落胆した表情で、おじさんのポケットから手を引いた。

「じゃあ、どこに消えちゃったんでしょうか…」



 おじさんは再び煙草に火をつけながら、「そんなに一割が欲しいのか?」と苦笑いを浮かべつつ、ポケットから小銭を取り出す。


「ほら、一割相当の金額だ。これで我慢しろよ」


 しかし、ユウロピーはその小銭を拒否するかのように手を振り、「そうじゃないんです!これはお金の問題じゃない、探偵としての名誉の問題です!」と叫んだ。


「お前、本気で家ごとひっくり返す気か?」


 おじさんは呆れたように眉を上げ、彼女のやる気に皮肉を込めて言った。



 ユウロピーは気を取り直し、「今度こそ本気で探しますよ!」と高らかに宣言した。



 おじさんは「もう十分本気だと思うがな…」と呟きながら、相変わらず気怠げにソファに沈んでいる。



 彼女はまず、テーブルの下を覗き込んだ。


「んー、ここには何もないですね…」

 四つん這いになりながら、目を凝らして辺りを見渡す。

「でも、何かヒントがあるかも!」



 ユウロピーは事務所のあちこちを片っ端から探し始めた。


 ソファの隙間を丁寧に調べ、机の引き出しを一つ一つ開けてみる。


 おじさんはその様子を横目で見ながら、「そこまで必死に探さなくても…」と口を挟むが、ユウロピーはまったく聞く耳を持たない。


「これも探偵としての修行です!」とユウロピーは息を切らしながら言った。


「たとえ些細な事件でも、全力で解決するのが名探偵ってものですよ!」



「まぁ、あんまり大きな事件にならないことを祈るよ…」

 おじさんは煙草を指の間で回しながら、適当に答えた。



 ソファの下、クッションの裏、果ては天井近くの棚に至るまで、ユウロピーは徹底的に部屋中を探し回った。しかし、ボトルキャップは見つからない。


 彼女は徐々に苛立ちを募らせ、「こんなに小さなもの、どこかに隠れているはずです!」と声を上げた。



「諦めませんよ!絶対にどこかにあります!」


 ユウロピーはそう言うと、今度は細かなところを一つ一つチェックし始めた。タンスの中、食器棚、果てには観葉植物の根元まで探し始めたが、どこにもキャップは見つからない。



「はぁ…」

 ユウロピーはついに大きくため息をつき、肩を落とした。

「キャップが本当に消えちゃいました…」




 おじさんはその様子を見かねて、「そこまで探して見つからないなら、どこか思わぬところにあるんだろう」と声をかけた。しかし、ユウロピーは頭を抱えて悩み続ける。

「どこだろう…どこに行っちゃったんだろう…」



 彼女は再び座り込み、頭の中でこれまでの動きを再現し始めた。キャップを外して水を飲んだとき、確かに手元にあった。それからどこに置いたかは記憶が曖昧だ。


 その時、ふとおじさんが、「お前、コイントス代わりに何か使ってなかったか?」と、半ば思い付きのように言った。



 おじさんの問いかけに、ユウロピーは一瞬思考停止したかのように固まった。


「コイントス代わりに…?」と、ぼんやりと繰り返しながら過去のやり取りを頭の中で再現する。



「そういえば…」


 彼女の顔にふと気付きが走る。

「あれだ!午前中、おじさんと風呂掃除と晩ごはん係を決める時に、ボトルキャップでコイントスしました!」



 おじさんはタバコの煙を吐き出しながら、「それで、そのキャップをどこにやったんだ?」と問いかけた。



 ユウロピーは慌てて自分の鞄を開けた。

 そう、午前中の賭け事の時、何気なくキャップを鞄の中に入れていたのだ。それがなぜか、すっかり頭から抜け落ちていた。


「ありました!」


 ユウロピーは鞄の奥からボトルキャップを取り出し、誇らしげにおじさんに見せた。



 おじさんは苦笑いしながら「ったく、大騒ぎしてくれたな。結局、鞄の中かよ」と呟き、タバコを軽くもみ消した。



「でも、これで事件解決です!やっぱり、名探偵ユウロピーにかかれば、どんな謎も解けますね!」

 ユウロピーは得意げにキャップを掲げた。



「そうかそうか、大手柄だな」おじさんは肩をすくめながら、皮肉っぽく拍手を送る。


「んで、そのキャップ持ってさっさと交換に行くか?一割の金が返ってくるんだろ?」



「そうですよ!一割でも大事な収入ですからね!」と、ユウロピーは元気よく答え、意気揚々と店に向かって歩き出した。



 事件は無事に解決。探偵事務所に訪れたささやかな騒動は、いつものユウロピーのドタバタ劇で幕を閉じた。




 事件簿1: ボトルキャップ事件 完




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