事件簿8.お掃除事件2
夕方の静けさの中、ユウロピーは部屋の中でそわそわと動き回っていた。鏡の前で髪をささっと直し、満足そうに頷く。
「よーし!これでバッチリ!」
小さな声で気合いを入れた。
「おじさんに絶対バレないようにしないと。だって、名探偵になるための大事なことなんだから!」
そう言いながら、ユウロピーはベッドの下に手を伸ばし、バッグを引っ張り出した。中には、いつものお気に入りの虫眼鏡や懐中電灯、メモ帳などの探偵グッズがぎっしり。
「準備は抜かりない……って、あっ!」
ドサッ。慌てて懐中電灯を床に落としてしまった。慌てて拾おうとするが、既に音が響いてしまった。
「ヤバい……!」
彼女は一瞬耳を澄ます。ドアの向こう、おじさんがソファに座っているはず。煙草の煙が漂ってくるし、新聞をめくる音も聞こえる。
今の音、気づかれたかな?
「おじさんにバレたら、きっと止められちゃう…!」
そう心の中で焦りつつも、ユウロピーは静かに荷物を詰め直し始める。しかし、その瞬間――
「……ユウロピー、何してんだ?」
背後から声がかかり、ユウロピーはびっくりして飛び上がりそうになった。振り返ると、ドアのところにおじさんが立っている。いつものタバコをくわえたまま、ぼんやりとした表情でこちらを見つめていた。
「え、えっと……片付けしてるんだよ!」
ユウロピーはとっさに笑顔を作る。けれど、その笑顔はかなり無理しているのが丸わかりだ。背後のバッグは、どう見ても探偵グッズで膨れ上がっている。
おじさんは、タバコをくわえたまま軽く肩をすくめた。
「片付けねぇ……やけに探偵っぽい片付けだな。」
「そ、そう見える?えへへ、全然ただの普通の片付けだってば!」
「……まぁ、気をつけろよ。特に、夜道はな。」
おじさんは一言そう言い残すと、再びタバコに火をつけて煙を吐き、のんびりと部屋を出て行った。
ユウロピーは、ホッと胸を撫で下ろすと同時に、ちょっと不安になった。
「……もしかして、バレてる?」
でも、そんなこと気にしてる暇はない。
彼女は再びバッグを肩にかけ、玄関へと向かった。靴をそっと履いて、ドアノブを握る。
その瞬間、心の中で「お願い、バレませんように!」と祈りながら、ドアを開ける。けれど、古びた扉はギギィッと大きな音を立てた。
「まずい……!」
ユウロピーは急いで外に飛び出した。
ドキドキしながらも、ユウロピーは外に出た途端、ガッツポーズを決めた。
「やった!バレずに出られた!大成功!」と一人でにやりと笑う。
でも、彼女は気づいていなかった。
おじさんが全部分かっていたことに。おじさんは窓越しにユウロピーの姿を見送り、少し笑いながら新聞に視線を戻す。
「まったく、元気なやつだな……まぁ、気をつけて行ってこいよ」
夜の静けさが街を包み込む中、ユウロピーは軽やかに足を進めていた。
バッグを肩にかけ、懐中電灯の光を頼りに道を進んでいく。
彼女の心はドキドキと高鳴り、胸いっぱいに膨らむ期待を抑えきれない。
「これだよ、これ!こういうのが探偵の醍醐味だよね!」
ユウロピーは一人ごとを呟きながら、足元の小石を軽く蹴った。
暗い道はどこか不気味だけれど、今の彼女にはその恐怖も好奇心に変わってしまっている。
ほどなくして、目の前に立ちはだかるのは、古びた大きな屋敷だった。庭はきちんと手入れされており、年数が経っているにも関わらず、外観は驚くほど綺麗だ。まるで、今でも誰かが住んでいるようにさえ見える。
「わあ……ここが今日の目的地ね」
ユウロピーは目を輝かせて屋敷を見上げた。しばらくその美しい佇まいに見とれていたが、ふと我に返る。
「いやいや、ボーッとしてる場合じゃないよ。探偵はまず状況確認しないと!」
彼女は小さく息を吸い込み、屋敷の周りをこっそりと歩き始めた。
足音を立てないように気をつけて、低い茂みに身を潜める。心の中で「これが本格的な探偵の仕事だ!」とワクワクしながらも、慎重さは忘れない。
屋敷の窓を一つ一つじっと見つめる。
カーテンがしっかり閉じられているものもあれば、薄く透けている窓もあった。だが、どの窓も真っ暗で、何の物音も聞こえない。
「やっぱり……誰もいないのかな?」
そう呟きつつも警戒を解かない。
バッグの中からお馴染みの虫眼鏡を取り出し、屋敷の壁や庭の小道に目を向ける。
何か手がかりが見つかれば、もっと深く調べられるかもしれない。
どんどんと屋敷に近づく足を止めない。
屋敷の正面玄関の方へと向かい、ひっそりと佇む重厚な扉に手を伸ばした。触れる前に、一度周囲を見回す。まだ、誰もいない。
街の灯りが届かないこの場所は、静寂に包まれていた。
「よし、行くぞ……」
ユウロピーは自分に言い聞かせるように小さくつぶやき、慎重にドアノブを回した。すると、驚くことに、扉はきしむこともなく、あっさりと開いた。
「えっ、鍵かかってないの……?」
思わず声に出してしまったが、すぐに口を閉じて中を覗き込んだ。中も同様に整然としており、まるで誰かがいつも手入れをしているかのように清潔で美しい。
「これは……おかしいよね?長いこと誰も住んでなさそうなのに……」
ユウロピーはおそるおそる屋敷の中に一歩足を踏み入れた。冷たい空気が漂ってくるが嫌な感じはしない。
「もしかして……この屋敷、まだ誰か住んでるのかな?」
胸の中で疑問が浮かび上がる。けれど、その答えを知るためには、もっと奥に進むしかない。
ユウロピーは懐中電灯を握り直し、心を決めた。
静かに、慎重に。だが、その瞳の中には、探偵としての興奮が隠しきれない。
ユウロピーは屋敷の中を静かに歩き回りながら、手元のメモをじっと見つめていた。自分で調べたことを書き込んだメモを頼りに、一つ一つ場所を確認していく。心の奥では、何も見つからないだろうと薄々感じていた。それでも、どうしても調べずにはいられない。何かがあると信じたかった。
「ま、探偵は諦めないのが鉄則だから!」
自分に言い聞かせるように小声で呟き、懐中電灯の光を次々と照らしながら、部屋の隅々まで確認する。
無駄足だとわかっていてもユウロピーの好奇心は止められない。
彼女の足は自然と次の場所へと進んでいく。
少し古びた個室に入ると、そこは静かで重たい空気が漂っていた。古い机がポツンと置かれ、その引き出しがユウロピーの目に止まる。
「ここね……なにかありそう」
彼女は懐中電灯でメモと照らし合わせながら、ゆっくりと机に近づく。そして、そっと引き出しの取っ手に手をかけた。
「よし……慎重に、慎重に……」
引き出しは思ったよりも軽く、スムーズに開いた。だが、中には何もない。空っぽの引き出しを見て、ユウロピーは少し肩を落とした。
小さなため息をつき、引き出しを閉めようとしたその瞬間、手が滑り、懐中電灯を机にぶつけてしまった。
「わっ!」
反射的に声を上げ、慌てて懐中電灯を掴み直す。
その音が静かな部屋に響き渡り、心臓がドキドキと高鳴るのを感じた。
恥ずかしさと焦りを感じながらも、ふと耳を澄ませる。引き出しの奥から「ゴトッ」と鈍い音が聞こえたのだ。
一瞬、耳を疑ったが、確かに何かが引き出しの奥から聞こえた。
ユウロピーは驚きを隠せないまま、引き出しの奥を覗き込む。
「これは……」
引き出しの裏側に、うっすらと埃をかぶった古い日記帳が姿を現したのだ。
ユウロピーの胸は再び高鳴る。どうやら、ただの空っぽの引き出しではなかったらしい。
興奮を抑えきれずに、彼女は慎重に手を伸ばしてその日記帳を取り出した。埃を払いながら、表紙をじっと見つめる。
「これは……もしかして、何か重要な手がかりかも……」
自分が見つけたものが何か、まだ確証はなかった。
しかし、ユウロピーの探偵としての直感は、これがただの古い日記ではないと告げていた。