事件簿7.幻のさかな事件
外出する準備をしているユウロピーとおじさん。
まだ朝早い時間だがユウロピーはすでに元気いっぱい。麦わら帽子をかぶり、釣り竿やバケツ、リュックをしょって、おじさんの前を飛び跳ねるようにして準備をしている。一方で、おじさんはというと、気怠げにコーヒーを片手に「まだ早すぎるだろう…」と不満げにぼやきながらも、ユウロピーに引きずられるように準備を進めている。
ユウロピーが言うには、どうしても釣りに行かなければならない理由があるらしい。
「ねえ、おじさん!今日はちゃんと頑張ってね!幻の魚が釣れるかもしれないんだから!」
彼女は興奮気味に話す。おじさんは、幻の魚などと何のことやらさっぱり理解できていない。
「幻の魚なんているわけないだろう」
おじさんはぶつぶつ文句を言うが、ユウロピーはそれを無視して、「今日はゴールドトラウトを絶対に見つけるの!」と力強く宣言する。
ゴールドトラウト
――その名を聞いたおじさんは、半信半疑ながらも少しだけ興味を引かれてしまう。
その時、ふと近所で聞きかじった噂話を思い出す。たしか、近くの湖で「幻の魚が目撃された」という噂が流れているらしい。
「行くしかないか…」
おじさんはため息をついて渋々出発することに。
ユウロピーとおじさんは、噂の湖へ到着した。
周りにはすでに釣り人がちらほら見える。
普段ならこんな時間に賑わうことはない釣り場が、今日は特に活気がある。
どうやら「幻の魚、ゴールドトラウト」の噂が広まっているようだ。おじさんは、釣り道具を用意しながらため息をつく。
「ほら、見ろよ。噂ってのはすぐに広まるもんだな。みんなバカみたいに幻の魚なんて信じてな…」
「バカにしちゃだめだよ、おじさん!」
ユウロピーがぴょんと飛び跳ねながら反論する。
「ゴールドトラウトは本当にいるんだから!だから私たちも絶対に見つけるの!」
おじさんは半笑いで肩をすくめる。
「あぁ、そうだな。でもな、探偵ってのは証拠を見つけるのが仕事だ。証拠がない限り、噂話はただの話にすぎないんだよ」
ユウロピーは真剣な表情でおじさんを見つめる。
「でも、おじさんだって噂を解決するのも探偵でしょ?この噂だって解決できるよね?」
おじさんは一瞬黙り込む。確かに、噂を解明するのも探偵の仕事だ。彼は軽く首をかしげて、釣り竿を準備しながらつぶやいた。
「まぁ、そうだな…解決するのが俺の役目ってわけか」
その時、池の向こう側から誰かが声を上げる。
「おい、釣れたぞ!もしかして、ゴールドトラウトか!?」
二人は一斉にその声の方を振り返る。そこには釣り人が一匹の魚を持ち上げているが、どうやらゴールドトラウトではなさそうだ。ただの普通の魚だと分かると、周りの釣り人たちはがっかりしたようなため息をつく。
二人は一斉にその声の方を振り返る。そこには釣り人が一匹の魚を持ち上げているが、どうやらゴールドトラウトではなさそうだ。ただの普通の魚だと分かると、周りの釣り人たちはがっかりしたようなため息をつく。
ユウロピーはじっとその光景を見つめる。
「ねぇ、絶対ゴールドトラウトはいるんだよ。私は信じてる。おじさんだって、ちょっとくらい信じてみたら?」
おじさんは困った顔をしながら答えた。
「まぁ、そうだな。もし本当にいるなら、それは面白いことになるだろう」
その後、ユウロピーはすぐに虫取り網と釣り竿を持って駆け出し、おじさんは遅れてのそのそと後を追う。
「ちょっと待て、ユウロピー。探偵はもっと計画的に動くもんだぞ!」
「計画なんていらないよ、おじさん!直感が一番大事なんだから!」と笑いながら答えて、おじさんは彼女の無鉄砲さに半ば呆れながらも、結局はその後ろを追う。
ユウロピーは一心不乱に釣り竿を握りしめ、ゴールドトラウトを釣ろうと必死に頑張っている。
彼女は網を片手に、時には竿を引き上げ、時には池の水面をじっと見つめている。汗が額ににじんでいるのにも気づかないほど、全神経を集中させている様子だ。
「まだかなぁ…ゴールドトラウト、どこにいるの?」
ぽつりとつぶやくが、その目は諦めていない。
「まぁ、あいつは直感で動くタイプだからな…俺は情報を集める方が性に合ってる」
おじさんはぼそりとつぶやきながら、少し離れて釣り人たちに話を聞きに回ることにする。
湖の周りには、様々な釣り人がいた。
中には噂を聞きつけて遠方から来た者もいれば地元の常連もいる。おじさんは順番に彼らに話を聞いていく。
「ゴールドトラウト?そんなの、ただの噂だよ。ここで20年以上釣りしてるけど、一度も見たことないね」
中年の釣り人が軽く笑って答える。
「でも、何人かは大きな魚影を見たって言ってたよ。それがゴールドトラウトかどうかは分からないけど…」
別の釣り人が曖昧に話す。
おじさんは「ふーん」と興味を持たない素振りを見せつつも、情報を慎重に整理していた。
さらに聞き込みを続けていると、一人の老年の釣り人が目に入る。彼は池の片隅で静かに釣り糸を垂れており、長年この場所で釣りを続けているような佇まいだった。
「お爺さん、あんたもゴールドトラウトの噂を聞いたことがあるかい?」
おじさんが声をかけると、しばらく黙っていたお爺さんが、ゆっくりと振り返る。
「ゴールドトラウトの話か…。あれは、もう何十年も前からある噂だよ。でも、見たっていう人はほとんどいない。実際に釣った人なんて、私は聞いたことがないねぇ」
お爺さんは静かに答えた。
「でも、昔、この池で大きな金色の魚が跳ねたのを見たことがあるんだ」
彼は少し思い出すように目を細める。
「その日は夕暮れ時でね、池の水面が黄金色に染まっていたんだ。そいつが池の真ん中で跳ねた時、まるで金色の宝石が水面を切ったように光っていたよ」
おじさんはそれを聞いて興味をそそられながらも、懐疑的な表情を浮かべる。
「そいつがゴールドトラウトだったってわけか?」
「かもしれないし、ただの幻かもしれないさ。でも、それ以来、誰もあの魚を見てないってのも事実だ」
お爺さんは肩をすくめるように笑った。
おじさんはその話を聞きながらも、頭の中で情報を整理する。
「やっぱりただの噂話かもしれないが、何かしらの根拠はありそうだな…」と考えつつ、ユウロピーの元に戻ることにした。
ユウロピーはまだ粘り強く釣りを続けている。
「どうだ、何か釣れそうか?」
ユウロピーは疲れた様子ながらも、にっこり笑って「まだまだ!これからだよ!」と元気に答える。
「ほんと、根性だけは一人前だな…」
ユウロピーは相変わらず池に釣り竿を投げ込み、何度も何度も挑戦を続けていた。すでに何匹ものアオマスが釣り上げられているが、彼女の狙いはあくまでゴールドトラウト。何度も釣り糸を垂れ、引き上げるたびにアオマスや他の小さな魚がかかるが、彼女は満足していない。
「ゴールドトラウト、どこにいるのよー!」とユウロピーは叫び、意気消沈しつつも再び釣り糸を垂らす。
そんな彼女を見つめながら、おじさんはタバコに火をつけてポツリ呟く
「いい加減、今日は無理だろう」
ユウロピーはそれを無視し、さらに挑戦を続ける。
しばらくすると、突然彼女の竿が大きくしなり、強い引きを感じる。
「あ!今度こそ!」
ユウロピーは目を輝かせ、全力で引き上げようとする。
「おい、やめとけ。ゴールドトラウトなんて本当にいるわけないだろ」
おじさんは半分呆れながらも彼女を見守る。しかし、ユウロピーはそんな言葉に耳を貸さず、夢中で引っ張る。
「大物だよ!すっごく重い!」
力を込めて竿を引き上げた瞬間――。
「うわっ!」
思わず声をあげる。
釣り竿にかかっていたのは、なんと古びた壺だった。水で満たされたその壺は、重くてずっしりとしていた。
「なにこれ…」
唖然としながら壺を覗き込む。
そして突然、中からぬるりと何かが飛び出してきた。それは細長いウナギだった。
「ウナギ!」
ユウロピーはがっかりしながら壺を放り投げるが、周りの釣り人たちは微笑ましそうにその様子を見ている。
「もう、なんでこんなのがかかるのよ!」
怒ったように足をばたつかせる。
「だから言っただろう。幻の魚なんて、そう簡単に釣れるわけがないんだ」
そう呟いておじさんは釣りを片付け始める。
「もう帰るぞ。今日は十分だ。お前もマスを結構釣ったし、これ以上粘っても無駄だ」
ユウロピーはまだ未練がましく池を見つめていたが、おじさんの言葉にしぶしぶ従う。
「うーん、でもゴールドトラウト…まだいるかもしれない…」
最後の望みを捨てきれない様子。
おじさんは彼女の肩を軽く叩き、
「お前も大概しつこいな。でも、まぁ…夢を追いかけるのも悪くはないがな」
帰る準備を始めた。
夕焼けの空、その時、池の水面が一瞬きらりと光り、大きな金色の魚影が静かに泳いでいるのが垣間見えた。