事件簿5.屋根裏の小さな怪物事件
その日、ユウロピーは外出先から帰ってきた。
グッズ店で新しく手に入れた虫眼鏡を嬉しそうにバッグから取り出し、扉を開けると、事務所にいるおじさんを見つけた。
「ただいま!見てください、この新しい虫眼鏡、すごく大きいですよ!」
ユウロピーは自慢げに虫眼鏡をかざしながら、おじさんの前に飛び出すようにやってきた。
おじさんはいつものように、気怠そうにソファに座り、新聞を読んでいる。
「おお、大きいな。でも、ちゃんと片付けろよ、後で散らかすなよ。」
おじさんは片手で新聞を持ちながら、もう片方の手で軽くユウロピーを手招きし、そう言った。
「もちろん!でも、その前に…」
ユウロピーは探偵グッズを一つずつテーブルに並べていく。
「見てください、このレトロなペンライト、そして新しいスパイカメラも!」
次々にアイテムを並べながら、得意気に説明するユウロピーに、おじさんは気の無い返事をしながら、新聞に視線を戻した。
その時、外の風が強く吹き、窓がカタカタと揺れる音が響いた。
「風が強いですねぇ、今日は…」
ユウロピーは明るく言ったが、心のどこかでその音が気になった。
しばらくして、外が暗くなり始める頃、おじさんは眠たそうに目をこすり、立ち上がった。
「さて、そろそろ寝るか。」
「私も!」と、ユウロピーは笑顔で答える。
おじさんはタバコを一本くわえ、窓の近くで最後の一服をしようとしたが、またしても窓がカタカタと揺れ、奇妙な音が聞こえた。
「何だ、また風か?」
とおじさんが呟いた。
ユウロピーは一瞬立ち止まり、眉をひそめた。
「…何だろう、この音…。ちょっと変じゃないですか?」
おじさんは煙を吹き出しながら、「ただの風だろ」と言ってタバコの火を消した。
2人はその後、各自の部屋へと向かった。
おじさんは何事もなかったかのようにすぐに寝ようとしたが、ユウロピーは少しだけ不安な気持ちを抱えながら、ベッドに入った。
深夜、ユウロピーが寝返りを打っている時、再びあの音が聞こえてきた。
カタカタ、カタカタ…。
音は今度、よりはっきりと響いていた。
それは、単なる風の音ではないと感じさせるほどに規則的で、不気味だった。
ユウロピーは目を覚まし、ベッドから飛び起きた。
「何かが、いる…?」
彼女はそっと部屋を出て、音は屋根裏から聞こえてくるように思えた。
その疑念が胸の中にじわじわと広がっていく。
音はどんどん大きくなり、屋根裏から響いているように思えた。
カタカタ、ゴソゴソ、
そして不規則に動くような音も混じり始めていた。
「まさか、誰かが忍び込んだとか?」
ユウロピーは不安を感じつつも、探偵魂が燃え上がる。
「もしやこれは、怪事件の予感ですかね…!」と、心の中でひそかに興奮し始めた。
彼女は小さな懐中電灯を持ち、そっと屋根裏へと続く階段に近づいた。
「あれは風の音じゃない、確かに何かがいる…」
ユウロピーは確信に変わり始めた。
屋根裏の入り口に手をかけた瞬間、カタカタ…という音が止んだ。
「…え?」
彼女は一瞬戸惑い、耳を澄ます。しかし、静寂が戻ってきた。
ユウロピーはしばらくその場に立ち尽くし、何が起こっているのか理解しようと考えた。
「もしかして、今は大人しくなったのかな?」
と思いつつも、油断はできない。
突然、後ろからおじさんの低い声が響いた。
「おい、こんな時間に何してんだ?」
ユウロピーは驚いて振り返ると、そこにはパジャマ姿のおじさんがタバコを口にくわえ、ぼんやりとした顔で立っていた。
「しーっ! 静かにしてください、おじさん!」
ユウロピーは小声で言いながら、おじさんを引っ張った。
「何か、屋根裏にいるんです!何か、誰かが!」
おじさんはタバコをくわえたまま、半分眠ったような目でユウロピーを見つめ、溜息をついた。
「誰か?お前、寝ぼけてんじゃないか?」
「違います!本当に音がしたんです!カタカタ、ゴソゴソって…」
ユウロピーは懇願するように説明したが、おじさんはまだ信じていない様子だった。
「まぁ、もしそうなら屋根裏にでも行って確かめるしかないか…」
おじさんは諦めたように言って、ユウロピーに懐中電灯を貸せと言った。
彼も階段の前に立ち、屋根裏の入り口を見上げる。
「何がいるか、見てみるか…」
おじさんは眠気混じりの声で、階段を登り始めた。
ユウロピーはその後ろをぴったりとくっついて、息をひそめながらついて行く。
「まったく…こんな時間に何してるんだか」とおじさんは小声で呟きながら、屋根裏の扉をそっと開けた。
暗闇の中、懐中電灯の光が差し込むと、薄ぼんやりとした埃まみれの空間が現れる。
屋根裏は古びた家具やダンボール箱でいっぱいだった。
おじさんはタバコをくわえたまま、懐中電灯の光を一つずつ照らし、怪しいものがないかを探し始めた。
「ほら、見ろ。誰もいないだろ?」
おじさんはタバコの煙を吐き出し、明らかに面倒くさそうに言った。
しかし、ユウロピーはまだ何かがあると信じていた。彼女は懐中電灯を奪い返し、自分で調べるべく屋根裏の奥へと進んだ。
「絶対に何かがいます!音がしたんですから!」
ユウロピーはしっかりと周りを見渡し、懐中電灯の光を隅々に照らしていった。
その時だった――
突然、カサカサと何かが動く音が再び響いた。
「おじさん!今聞きましたよね?!」
ユウロピーは大きな声で叫んだ。おじさんはしぶしぶ耳を澄ませていたが、確かに今度は音を聞いた。
「…ああ、聞こえたな」と、少し真剣な顔になったおじさんは、音の方へゆっくりと歩き出した。
音の出所に近づくと、そこには古い箱がひとつ。
ユウロピーがその箱に近づくと、突然箱の蓋が動いた。二人とも驚いて身を引くがユウロピーは勇気を出して箱の蓋を開けた。
すると、中から小さな生き物がぴょんと飛び出してきた。
「な、なにこれ?!」
ユウロピーは目を丸くした。
それは――小さなネズミだった。
屋根裏の物陰から何匹ものネズミが出てきて、カタカタと走り回り始めたのだ。
「まったく、誰か何だなんて言うから何かと思ったが…ネズミかよ」
おじさんは少し笑いながら肩をすくめた。
ユウロピーは少し悔しそうな顔をしたが「でも、やっぱり音は正しかったでしょ!」と誇らしげに言った。
おじさんは苦笑いしながらも、「まぁ、そうだな」と頷いた。
「でも、この屋根裏には怪物じゃなくてただのネズミだ。これで安心して寝れるだろう?」
ユウロピーが箱を覗き込むと、そこにはネズミが集めて運び込んだと思われる物の山が広がっていた。
お菓子のかけらやパンの欠片、そして何やらお弁当の残骸まで。まるで小さな食糧庫のように箱の中に詰め込まれていた。
「なにこれ…?」
ユウロピーは目を丸くして驚いた。
「こんなにいっぱい、どうやって運んだんですか?」
おじさんは箱の中身を見て、思わずため息をついた。
「お前が最近『食べ物がなくなる』って言ってたのは、全部こいつらの仕業だったってことだな。俺も昨日のパンがなくなってて変だと思ったんだが…こいつら、まめに働いてたらしい。」
ユウロピーは不満げな顔をして、おじさんに向かって言った。
「でも、こんなに大量に取って行くなんて、ひどいですよ!私のおやつまで…!」
おじさんは苦笑しながら、箱の蓋を閉めて言った。
「まぁ、屋根裏でこうして生活してたわけだ。今度からはちゃんと片付けろってことだな。片付けておけば、こんな風にネズミに盗られることもなかったかもしれないぞ。」
「うっ…」
ユウロピーは少し反論しようとしたが、言い返せずに口をつぐんだ。
「さて、これで怪物の正体もわかったし、もう寝ても大丈夫だな」
おじさんは懐中電灯を渡し、再び屋根裏の扉を閉めた。
「明日になったらネズミ駆除を呼んでおこう。こいつらがまた食べ物を盗まないようにな」
ユウロピーは納得がいかない様子だったが、「むぅ、次こそは絶対に怪物を見つけますからね!」と宣言し、懐中電灯を消した。
「次の怪物って、どこにいるんだよ…」
おじさんは苦笑しながら、階段を降りていく。
ユウロピーも後ろからついて行き、なんだか少し納得しないまま、夜が静かに終わっていった。