表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/102

第87話 祟り神(二)

 深夜の平井寺。日付が変わっても延々と読経の声が続いていた。


 盆の終わりに、鳥海の本家が、過去に封じ込めた神の封印が弱まっていることを知らせてきた。

 だが、封印の重ねがけをしようとした際に、神は新たな封印に怒り、祟りが()れ出した。


 かつて廃仏毀釈の時代にお天王様を追い出した波多々の本家では、既に巫女である狭依が最も祟られ虫の息だ。仏の比良が食い止めるしかない。


「良く持ち(こた)えた、人間。だがもうやめておけ。瘴気で死ぬぞ」


 はっとして、ひとりの若い僧侶が振り向くと、ずらりと並べられた蝋燭の光に照らされて、幻想的な白い髪の少女が(たたず)んでいた。


「お、鬼!?」

「そう言うお前は、十五で盗んだ原付で走った悪童だな」

「…………」


 若い僧侶は、微妙な顔をした。

 若気の至りというよりも、子供の過ぎた悪戯(いたずら)なのだが、ぐれ気味の中高生からは、補導から山に修行に行った所まで、格好よく思えるらしい。


 修行から帰ってきたら、英雄の伝説の如く語り継がれていた、という思わぬ災難。

 多分、一生『田んぼに突っ込んだ坊さん』と呼ばれるのだろうと思うと、気が重い。


「だが、流石は比良の跡取りと言っておこうか。他の坊主どもは、お前以外は瘴気にやられて病の床であろう? ……ふふ、人間にしては見事だよ。今死なせるのには惜しい。下がれ」


 恐ろしいほどに美しい鬼は、すんなりとした白い手、で神の社の扉を塞いでいた祈祷の札を、ビリリと無造作に()いだ。


「何をする!? 祟りがッ……!」

「もう遅い。偉大な神に対して、こんな無礼な札を貼り付けたままでは、()びの言葉も届かぬわ」


 鬼は素っ気なく言い、そして世にも美しい魔性の笑みで答えた。


「私は、天神の使いで来た鬼だ。毒には毒を、祟り神には鬼だとよ。文句があるなら天神に言え」


 ざぁっと、目の前の光景が、ノイズが入ったように掻き消された。

 驚いた僧侶が、辺りを見渡してみると、しんと静まりかえった本堂には、ただ蝋燭の炎が揺れているだけで、そこにはもう鬼は居なかった。


「なっ……! お天王様が……!!」


 祟り神が封じられた小さな社は、消え失せていた。

 まるで、神隠しに遭ったかのように。


 同時に、僧侶たちを苦しめた瘴気も跡形も無く、寺の本堂はいつも通りの清浄な空間に戻っていた。




 何も無い、ただ白いだけの空間。

 どのくらいの広さとも、時間が流れているのかさえもわからないような世界で、白い髪の鬼は(やしろ)(とびら)を開けた。


 ゴウ、と瘴気(しょうき)()き出す。だが『本体』はまだ、社の中に()る。


()瘴気(しょうき)にも、(まった)(くっ)せぬか。何ものだ、小娘)


 目に見えぬ偉大(いだい)な者の声が、殷々(いんいん)(ひび)いた。


肩書(かたが)きが多いが、お(ゆる)(ねが)いたい」

 鬼は(ひざまず)いて(やしろ)の前に神剣(しんけん)()き、こうべを()れた。


「私は、天神から使わされた鬼。生前は波多々(はたた)直系の赤子(あかご)。死後は座敷童と()って波多々の家に()いていた。しかし名を(うば)われたゆえ(たた)ってその家を(ほろ)ぼし、赤い座敷童という鬼になった。……今の名は、さくら」


其方(そなた)も《天神の子》か。随分(ずいぶん)と落ちぶれたものだ。そのくせ女神の名を名乗(なの)るとは。……だがその着物の桜柄(さくらがら)は、姫神の気配(けはい)がする)


「はい。私にさくらの名を(あた)えたのは、宇賀田(うがた)の最後の直系であるので、姫神様も(とが)めなかったのでありましょう」


(最後、とは?)


「その者は、最早人の身には(もど)れませぬ」


其方(そなた)()せられたか。(きつね)の子も(あわ)れなことよ)


嘲笑(ちょうしょう)に、さくらは(だま)って()えた。


(私の稔流)

(俺のさくら)


 稔流がここにいたならば、自分は(あわ)れではないと言い切るだろう。


 ()わし合った心も、決して(はな)れずに()()(たましい)も、(だれ)理解(りかい)されなくても、神に否定(ひてい)されようとも、さくらと稔流だけが知っていればいい。信じ合っていればいい。


霹靂神(はたたがみ)用向(ようむ)きは何だ)


「私が命じられましたのは、波多々の巫女を、美しく(よみがえ)らせろとの事」


(ふん…、(おのれ)()らぬうちに、勝手に(さわ)りを一身(いっしん)に引き受けている、()(ほど)知らずな娘のことか?)


 神が、哄笑(こうしょう)した。

 さくらが()った白い結界(けっかい)()らぐほどに。


(霹靂神は、あの娘に執心か。美しく……とは。顔が疱瘡(いもがさ)だらけなのか、疱瘡(いもがさ)の中に顔があるのかもわからぬ、醜い有様になっておろうに。ならば尚更(なおさら)()(さわ)りを()く理由は無い)


 (たた)(がみ)は、天神を(あざわら)うと同時に、使いで来た無力な鬼もついでに打ちのめしてやろうと思ったのかも知れない。

 さくらは応えた。


然様(さよう)でありましょうな。私も、あの娘がどうなろうと知ったことではない」


(ふむ……? ならば、何故ここに来た)


「天神は、鬼と化した私を救えぬと言ったのに、何故私があの娘を救わねばならぬ? 角のあるもの同士で気が合うとでも思ったのか、お天王様なら私を気に入るやもしれぬと嗤った。私がお天王様の元へ行かないなら、私にさくらの名を与えた者を、人質に取ると仰せだ」


 さくらという美しい名を持つ鬼が、骨がゴキゴキと(きし)んで童女(おとめ)とは言えぬ大きさとなり、美しい白い(おもて)はメキメキと音を立てて形を変え、赤い血に()まり、鬼の形相(ぎょうそう)となった。


「そうでなければ……! 私が波多々の嫡流を、再び皆殺しにしてやろうものを!!」


(ほう、見事なものだ。座敷童と()った時は愛らしい童女(わらわめ)であったろうに。確かに、今の其方は紛れもなく鬼だ)


「だから何だ? 鬼となっても、さくらの名は消えぬ。私が此処へ来たのは、天神の為でもなければ波多々の巫女の為でもない。行けと言われたから来たまでよ。私は、私が唯一愛した者を、守り切れればそれでよい。貴方様が去れというならば、すぐにでも去ろう」


 大彦が言った。稔流を連れて逃げろと。

 天王(てんのう)の名を持つ神に実際に出会ってみて、全身に()()さるような瘴気(しょうき)神気(しんき)()びて、思い知る。


 この偉大な神に、(かな)うわけがないのだと。


「この剣だけ、置いてゆく。貴方様のものだ。牛頭天王(ごずてんのう)――雷神……天神・素戔嗚尊(すさのおのみこと)と同一視された神よ」


 にい、と赤い鬼は裂けた唇の端を吊り上げた。


「天羽々斬剣……神殺しの神剣。もう一柱の天神・霹靂神を斬るも 斬る価値もないと捨て置くも、好きになされよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ