表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
78/102

第78話 天神の子(一)

「あの娘を(なお)せと?」


誰もいない、()()()()()()()()()()空間で、さくらは綺麗な顔をしかめて神社の拝殿(はいでん)の前に立っていた。


狭依(さより)は《天神様の子》だろう。天神様が(なお)せば良い」


天神に()び出されて来てみれば、「波多々(はたた)の巫女を美しく(よみがえ)らせろ」と言う。


美しく、とわざわざ言うのならば、狭依は水疱瘡(みずぼうそう)治癒(ちゆ)しても多くの痘痕(あばた)が残り、村一番の器量好(きりょうよ)しの評判(ひょうばん)を失うという事なのだろう。


(我には出来ぬ。天王(てんのう)(さわ)りなれば。我が《我が娘》(いや)せば(たた)った天王は(いきどお)り、(さら)(たた)るだろう。波多々の家が(ほろ)びかねぬ)


さくらは不機嫌(ふきげん)(かた)をすくめた。


「…は!(ねこ)でも七代(たた)るというのに、『てんのう』と()ばれるほどの神を追い出したのだから、(ほろ)びても不思議はない。何事もなかった事にせよというのは、虫が良すぎる」


人間の言う『お天王様(てんのうさま)』とは牛頭天王(ごずてんのう)と言い、文字通りに牛頭(きゅうとう)を頭部に(いただ)く神だ。


廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)によって日本全国で迫害(はくがい)され、その神像は(こわ)されたり川に流されるなどして多くが失われ、その波は秘境(ひきょう)の村である天道村にまで(およ)んだ。


神主(かんぬし)の波多々家は、天王の神像を(こわ)すことも流す事も出来ないと悩んだが、霹靂神(はたたがみ)という祖神(そしん)である雷神(らいじん)(えら)び、仏教の要素(ようそ)が強かった天王の祭祀(さいし)をやめた。


平井寺(ひらいでら)はその名の通り多比良(たひら)(すなわ)ち平家と安徳天皇(あんとくてんのう)(とむら)(ため)建立(こんりゅう)され、阿弥陀(あみだ)如来(にょらい)本尊(ほんぞん)としてきた寺だ。


 牛頭天王という、インドにも大陸にもルーツが見えない出自不明(しゅつじふめい)の神を引き受ける事には難色(なんしょく)を示したが、しかし仏教の神は仏よりも荒々しい存在であり、村の為には放っておくことも出来ない。

 祀りはしないが波多々の神主に手を()して、(とも)に神像を封印して『王』の称号(しょうごう)を持つ鳥海の家に(あず)けた。


そして年月を()て、その封印の力が弱まり(ほころ)びが出始(ではじ)めて、(わす)()られようとしていた神の(たた)りが()れ出した。


(今、波多々の巫女が、ひとりで(さわ)りを引き受けている)


「それはそれは…。狭依のお(かげ)で波多々の一族は命拾(いのちびろ)いか。天神様の(おぼ)()し通りでは?」


先祖(せんぞ)(あやまち)ちが後世(こうせい)一族(いちぞく)(およ)ぶ所を、狭依が形代(かたしろ)となって(ふせ)いでいるのは、狭依の巫女としての能力が高いからだ。


狭依は、重い病に(かか)る事で無意識に波多々の一族を守っている。

だが、天神がここまで言うなら、このままでは狭依は美しさどころか命を失うという事なのだろう。


狭依の命が(たた)りへの代償(だいしょう)となるなら――――狭依ひとりの生贄(いけにえ)()むのならば、(たた)りは(おさ)まる。


だが、単に狭依が()えきれずに命を落とすのならば、今まで狭依がその身を(もっ)て『封印』を継承(けいしょう)していた力が消失し、(たた)りは波多々本家を中心に、一族全体に降りかかるだろう。


因果応報(いんがおうほう)では?神と仏が住まうこの国の(ことわり)だ。そんな事は私よりも天神様がよく御存知(ごぞんじ)であろうに、何故(なぜ)私が出ねばならぬ?」


狭依に(つみ)はない。(つみ)があるとすれば、天王の祭祀(さいし)をやめた波多々当主の血を引いているということだけだ。

だが、血を引いていることが手がかりとなり、遠い過去の因果が子に(むく)う。


(のろ)われた家系というものは確かに存在し、そして断絶(だんぜつ)する。何らかの形で(たた)りや(のろ)いを昇華(しょうか)させない(かぎ)りは。


「私は宇賀田(うがた)の家の座敷童だ。あの家に住まう喜代(きよ)稔流(みのる)は守るが、宇賀田(うがた)でさえそれ以外は生きるも死ぬもどうでもよい。あやめは居なくなったが、まだ三太(さんた)がいる。三太(さんた)こそ、どんな事をしてでも狭依を(すく)いたい座敷童だろう」


さくらは、元々()()()()()()()()()を、よく思ってはいなかった。

理屈(りくつ)ではない。いつも()を向けたい気持ちにさせる、それが波多々の一族だった。


波多々の屋敷(やしき)居着(いつ)いたあやめや三太には、同じ座敷童として友情めいた感情を持っていたが、波多々の『人間』は嫌いだった。その中でも、狭依は特に大嫌いだった。


でも、姫神の計らいで宇賀田の本家に居着(いつ)くことになったからか、その家は居心地(いごこち)が良かったし、その家に生まれ育ったものや(とつ)いできた者たちは、好きだった。


(お前は、まだ気付いていないのか?)


「何を?」


(さくら、お前は座敷童だ。だが座敷童の力はとうの昔に失っている。お前は、座敷童である以上に、赤い座敷童……(おに)なのだ)


「………!」

どくん、とさくらの心臓(しんぞう)が、()ったような気がした。

そんなものは、亡骸(なきがら)も残せない妖怪にはある(わけ)もないのに。


(お前ほど霊力が強い座敷童が()んでいながら、どうして宇賀田の本家は(ほろ)びる?)


「知らぬ!座敷童の助力(じょりょく)など、現世(うつしよ)に命を持つ人間にとっては些細(ささい)なものでしかない!この村の座敷童の(ほとん)どが消えてしまった今でも、人間は勝手に生き続けて、勝手に(さか)えているではないか!」


座敷童が居着(いつ)いた家にもたらすものは、簡単に言えば『(うん)』というものだ。

運は、生死を分けるほどの意味を持つ事もある。

しかし、家系というものは運のみで(さか)える事も(ほろ)びる事もしない、その程度のものだ。


人間の(いとな)みは、人間が(みずか)ら次の代へ次の代へと引き()いで来た。それは(はる)かな昔からそうで、今も変わらないのだ。


(お前は《特別な子》だ。だが――――)


何故(なぜ)、お前の家に住んでいた(ころ)喜一(きいち)登与(とよ)には(ゆたか)ひとりしか子が生まれなかった?あの夫婦は若いうちに結ばれ仲睦(なかむつ)まじかった。双方(そうほう)ともに子を(さず)かる力を持っていたというのに)


(ゆたか)のほかに何人か子がいれば、お前が気まぐれに狐の子を(さら)おうとも、本家自体が(ほろ)ぶ事は無かっただろう)


(豊に兄弟がいなくても、お前が狐の子をの心を(さら)わなければ、本家はまだ続いただろう――――続くだろうに)


「私は知らぬ!宇迦(うか)の姫神様を(まつ)ってもなお、姫神様の御加護(ごかご)(およ)ばないならば、私ひとりではどうしようもない!」


さくらは(さけ)び、両耳を(ふさ)いだ。

そんな事をしても、無意味(むいみ)だとわかっているのに。


神の言葉は、(たましい)(ひび)き、決して(のが)れることは出来ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ