表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
77/102

第77話 疫神(三)

「思ったより、だいぶ悪そうなんだよな…」


大彦が、片手でスマホを(いじ)りながら(つぶや)いた。


巫女舞(みこまい)すげー楽しみにしてたのに、出来なかったから()()んでるだろうなって思ってたんだけどさ…。あいつマメなのに、ラインの既読(きどく)無視(むし)って初めてだわ」


意外(いがい)にも狭依がスマートフォンを持っていたのは、『百物語みたいなこと』の時に初めて知ったが、メインは家族との連絡用とのことだった。

狭依は、一時期稔流(みのる)と大彦に嫌われているのではないか、と(なや)んでいたようだが、大彦とライン交換(こうかん)するくらいには親しい間柄(あいだがら)(もど)れていたらしい。


「なあ、水疱瘡(みずぼうそう)(あと)って、そんなに(ひど)いもんなのか?」


大彦自身は、幼稚園の(ころ)の流行で罹患(りかん)したが、軽く()んでよく覚えていないらしい。

そして、大彦は稔流が医者の息子だから聞いてみたのだろうが、その答えなら(すで)にネットで調べて知っているだろう。


「人それぞれだよ。…男子より女子の方が気にするだろうね」

「だよな。あいつ、自分の()()は顔だけとか卑屈(ひくつ)なこと本気で思ってそうだし、そのくせ無自覚(むじかく)気位(きぐらい)が高いんだよ。お姫様(あつか)いで育ってきたからさ、『狭依ちゃん綺麗だったのに可哀想(かわいそう)』とか言われるくらいなら、一生家から出ねえかもしんねーわ」

「…………」


鳥海(とみ)もほったらかした阿呆(あほう)だが、波多々(はたた)比良(ひら)も、しくじるくらいなら鳥海(とみ)伝手(つて)陰陽師(おんみょうじ)かいい(おが)()でも当たれと、私が教えてやったというのに)


と、さくらが舌打(したう)ちしていたのを思い出した。


(何か、悪い事があったの?)

怪談遊(かいだんあそ)びの時に大彦が持って来たアレだ)


さくらは、面倒臭(めんどくさ)そうに言った。


(お天王(てんのう)様を粗末(そまつ)にするからだ。平井寺でも鳥海の家でもいい、家宝(かほう)程度(ていど)に大事にして、毎日酒と水を(そな)えるくらいの事をしておけば、天神様の子が(たた)られる事も無かったろうに)


(狭依は嫌いだが、先祖(せんぞ)がしでかした失敗を、(わけ)もわからずに(かぶ)ったのは不憫(ふびん)ではあるな)


波多々(はたた)の家が、天神だけを(まつ)ってお天王様を追い出し、(のち)(さわ)りが出たら厄介(やっかい)だと仏の比良と(とも)封印(ふういん)してしまったのが、そもそもの間違(まちが)いだったとさくらは言う。


鳥海は『王の末裔(まつえい)』ではあるが、祭祀(さいし)にも仏法(ぶっぽう)にも(うと)いのだから、頼まれて引き取ったものの、それ以上何のしようもない。


(お天王様は、とても強い疫神(えきじん)だ。心の底から丁重(ていちょう)にお(まつ)りすれば大きな加護(かご)()られるが、無礼(ぶれい)を働けば病で(たた)るくらい、分かり切っているものを)


狭依が(たた)られたのは、お天王様を追い出した天神の子――末裔(まつえい)であり、霊力(れいりょく)が高い巫女であり、天神のお気に入りだったからだ、と。


「大彦君、五十物語の時に見せてくれたもの、あれからどうなったの?」


(ちな)みに、あの後(きつね)の子供達に自宅まで送られた仲間は、朝に目が覚めて首を(かし)げたりパニックになったりで、連絡を取り合って小学校まで見に行った。

でも、何も無かったかのように南京錠(なんきんじょう)(とびら)を閉ざしていた…という、これから末永(すえなが)く天道村で語り()がれるであろう怪談がひとつ誕生(たんじょう)したのだった。


「…何でそんな事聞くんだ?」


稔流は端的(たんてき)に答えた。

「狭依さんを(たた)っているのが、お天王様だから」


大彦に遠回りは必要ない。いつか村長になるならば知っておくべき事だ。


「宇賀田の家は、それ知ってんのか?」

「俺が知っているだけだよ。ほかには誰も知らない」

「どうやって知った?」

「神様から聞いた」

「……そうか」


大彦は、疑問を持つ様子は無かった。

稔流ならばそうなのだろう、と納得(なっとく)するだけの感覚を大彦は持っている。


「じゃあ…、もう一度聞くけど、あの封印(ふういん)はどうなったの?」

「こればっかりはなぁ…。多分ヤバかったんだろうな。聞いてもじいちゃんも父ちゃんも教えてくれねえんだよ」


「…まずは、きちんと(まつ)る事」

稔流は言った。


「場所は、『今は』鳥海の家よりも平井寺がいい。お天王様はお寺で(まつ)る事が出来る神様(かみさま)だから。実際にそういうお寺があるから、正しい(まつ)り方とお()びの仕方(しかた)を教えて(もら)った方がいい。……それは俺も知らない事だから。でも、大彦君は平井寺と情報(じょうほう)共有(きょうゆう)した方がいい。大彦君が引き()ぐ村の秘密を、子ども(あつか)いで大彦君に伝えないのは間違(まちが)ってるから」

「…………」

「…って、宇賀田の狐の子に姫神様が神懸(かみが)かりした、とでも言っておいて。ちょうど神楽舞をやったばかりから、信じるしか無いと思うよ」


はあ、と大彦が()(いき)をついた。


「俺さ…村長になるかどうかって、半々の気分だったんだよな。俺の年で、将来(おさ)になれって言われてもピンとこないだろ。……でも、こんなことになっちまったんなら、本気で(つぐ)ぐって決めなきゃいけねえよな」


最後の方は大彦の(ひと)(ごと)のようだったので、稔流は答えなかった。


「お前ってさ、…」

大彦が、じっと稔流の瞳を見つめた。


「人間か?」


(まと)射抜(いぬ)くような視線と、問いだった。

稔流は答えた。


「多分、半分くらい。…もっと変質(へんしつ)しているなら4割。始まったのは小学校で()()()()()()だけど、進行は(はや)くなってる」

「…………」

「年明けには、俺はこの村からいなくなる」

「……わかった」


大彦は椅子(いす)から立ち上がった。

覚悟(かくご)しておく」

「…ありがとう」

「何が?」


稔流は、微笑(びしょう)をした。

()めないでくれて。…ありがとう」


大彦は苦笑(くしょう)して、じゃあなと言って教室から出て行った。

これから授業なのだが、未来の(おさ)には優先すべき事が多い。


「俺達が、ただの子供のままでいるって、難しいね…」


本家という、加護(かご)(たた)りの狭間(はざま)にいる者にとっては。


さくらに会いたい。そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ