表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/102

第76話 疫神(二)

それは、美しい――――とても美しい少女だった。


狭依(さより)よりも少し小柄(こがら)だろうか。

でも、どうしてか、その美しい顔を見ることが出来ない。


(どうして――――誰なの…?)


わかるのに。

稔流(みのる)(おだ)やかに微笑(ほほえ)みかける、鏡合(かがみあ)わせに()っている少女は、()(ほこ)る花のように美しい姿をしていると、確信(かくしん)出来るのに。


(…白い髪……)


その少女は、『黒髪を(よそお)って』いるけれども、本当は雪のように真っ白な髪の毛をしている。

そして、《ひとり増えているのに(だれ)なのか(だれ)にもわからない》存在……それは、


――――座敷童。


白い髪の、白い座敷童なのだろうか?でも――――


狭依は、ゾクリとした。

その少女の頭には、二本の(つの)()えている。(おそろ)ろしい般若面(はんにゃめん)のように。


そして、その少女が一瞬(いっしゅん)、チラリと天井(てんじょう)を見上げた。


(…………!)


美しいはずのその顔は、()()()の恐ろしい形相(ぎょうそう)(おに)そのものだった。

狭依の脳裏に、夏休みの怪談で聞いた『赤い座敷童』の名がよぎった。



(稔流君)

(ダメよ)


(その座敷童は、座敷童じゃない)


(はなれて…はなれて。鬼に取り()かれてしまう)


(これ以上、近付(ちかづ)いてはだめ。(たましい)(かさ)ねてはいけない)


(稔流君……いかないで、行かないで……()ってはダメよ)


(どうか、お願い――――!)




「……っ」

はあ、はあ、と(あら)い息。自分の呼吸(こきゅう)の音だと気付くのに、少し時間がかかった。


「…悪い夢を見たの?」


狭依の母の美しい顔が、(いた)ましげに見下ろしていた。

きっと、自分はうなされていたのだろうと、狭依は思った。


「…わたし…、何か、言ってた……?」

母は、少し躊躇(ためら)いを見せた。


「…いかないで、って…」

「…………」

「大丈夫よ。お母さんもお父さんも、狭依を置いて行ったりなんかしないわ」


母はきっと、去ってゆく誰かに向って、狭依が必死に(さけ)んでいるような夢を見たと思ったのだろう。


「ちが…う、の…」

そう(つぶや)いて、でも狭依は気付いた。


――――(ちが)わない。


稔流は、あの鬼に微笑(ほほえ)みを向けていた。

(いと)おしそうな、狭依の(むね)がギュッと()めつけられるような、そんな眼差(まなざ)しだった。


稔流は、あの鬼に()せられて、取り()かれている。


鬼は、狭依を(にく)んでいた。そうなのだとハッキリと伝わってきた。

殺意(さつい)のような憎悪(ぞうお)だった。


(なぜ…?)


狭依がいくら(さけ)んでも、稔流が狭依を(えら)ぶことはない。

狭依はもう、思い知っているのに。

何故(なぜ)、稔流に愛されているはずの鬼が、狭依を殊更(ことさら)(にく)むのだろう?


(俺は、狭依さんの優しさなら受け取れる。でも、優しさとは違う特別な心は、受け取れない)


淡々(たんたん)と、でも明確(めいかく)線引(せんび)きだった。

でも、言わないで欲しかったと、お見舞(みま)いに行った日、狭依は病室から出て(なみだ)(こら)えながら思った。


あの時は、狭依はまだ、自分の中にある(ほの)かな(おも)いが何であるのか、気付いていなかったから。

でも、(こば)まれて初めて、自分の中で硝子細工(がらすざいく)のような何かが(くた)()った、その瞬間(しゅんかん)に知ってしまった。


あの時、稔流が無難(ぶなん)にお見舞(みま)いのお菓子(かし)を受け取ってくれていたら、狭依は自分の心に『恋』という名を、付けないままでいられたのだろうか。


(綺麗な人ってハッキリ言うくらい、稔流には綺麗だって思ってる彼女がいるんだよ)

大抵(たいてい)の女は(あきら)めるだろ。そんくらい(さっ)しろよ)


大彦は(かん)がいい。『綺麗な人』と(こた)えた、そのひと言だけで、稔流には稔流の恋心があって、相思相愛(そうしそうあい)の恋人がいるのだと気付いていた。

でも、そんな大彦も気付くことは出来なかった。


――――人間と妖怪が、人間と鬼が、恋をしているなんて誰が思うだろう?


狭依は時々、稔流が稔流ではないような、なくなってゆくような、そんな気がする事があった。

でも、神に近いような気配(けはい)さえ感じるのに、それはやはり稔流なのだ。


――――稔流は、少しずつ《人間ではない何か》に変質(へんしつ)している。

少しずつ、人間ではなくなろうとしている――――


狭依の目尻(めじり)から、(なみだ)(つた)()ちた。

…ああ。私は…どうすればいいの?


教えて下さい、神様……






「おはよう、たっくん」

「お、おう…」


一週間で(たく)出席停止(しゅっせきていし)から復帰(ふっき)してきた。

「よかったね…軽い症状(しょうじょう)()んだみたいで」

「か、軽くったって、一週間は家から出られないんだよ!」


そんなことは知っている。

狭依が軽傷(けいしょう)とは言えない状態で、まだ登校出来ないままであることも。


微熱(びねつ)程度(ていど)なのに女装(じょそう)から()げられて、ナイス俺とか布団(ふとん)の中で喜んでたよね…?」

「な、ななな何で、そんな事まで知ってるんだよおおおお!やっぱ魔王じゃんーーー!」


稔流は(かま)をかけただけなのだが、拓は簡単(かんたん)白状(はくじょう)してくれたムカつく。


「で、でもさ、魔王はすげぇ美人に()けたんだろ?見に行った(やつ)が変な趣味(しゅみ)目覚(めざ)めそうとか言」

「変な趣味って何…?」

稔流が、金色の目を細めた。


「お、俺の事じゃな」

「ちゃんと、教えてくれないかな…?」

「すみませんでしたああああ!!」

拓、土下座(どげざ)


「…それ、やめてくれない?」

学校の玄関(げんかん)で土下座は目立ちすぎる。


稔流は、拓を放っておいて教室に向かった。バス停に来なかったのだから当たり前なのに、(となり)の教室に狭依の姿が無いのが、気に()かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ