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第73話 巫女舞と座敷童(二)

練習が始まった。

指導者(しどうしゃ)稔流(みのる)の祖母と狭依(さより)の母だ。どちらも生まれは宇賀田(うがた)でも波多々(はたた)でもないが、(とつ)げば子孫へ技能(ぎのう)を伝えられるようにと習得(しゅうとく)するのが習わしだ。


その、伝える使命(しめい)を持ったふたりの女性の(まい)真似(まね)て動く。

ゆったりとした動きなのに、結構(つか)れる。


「……(ぎゃく)か。ゆっくりだから、(つか)れるのか…」


太極拳(たいきょくけん)と同じような理屈(りくつ)なのだろう。キビキビ動く方が実はやりやすい。ゆっくりと途切(とぎ)れることなく()え間なく動き続ける、それだけで(あせ)(にじ)んで体温が上がる心地がする。


「そうよ、稔流君。良く気が付いたわね。案外(あんがい)(つか)れるから、体の余分(よぶん)な力を()くのがコツなのよ」


狭依の母がにこりと笑う。どこをどう見ても狭依の母。狭依が末っ子で更に上に二人の子供がいると聞いているが、かなり美人で年齢(ねんれい)(なぞ)だ。


「それじゃあ、ひとりずつ()ってみて」

「げっ」


と稔流の(となり)(たく)がカエルのような音を出したが、ただ真似(まね)るのではなく、ひとりひとりをしっかり見てくれるのだろう。


まずは、狭依。

流石(さすが)現役(げんえき)巫女(みこ)。美しく(なめ)らかな動きは、とても洗練(せんれん)されたものだと素人(しろうと)の稔流が見てもわかる。昨年の神事に参加していたので、本当は今回特別に練習をしなくても、いつでも舞えるのだろう。


宇迦(うか)の姫神様って、あんな感じなのかなあ…」


拓がボーッと(ほう)けているのを見て、狭依以外がその他大勢(おおぜい)に見えたのは、元から狭依しか目に入らない拓の個人的な観点(かんてん)のような気がしてきた。

狭依の舞が素晴(すば)らしいので、対比(たいひ)して女装(じょそう)の一日巫女が悪目立(わるめだ)ちしたら、当分学校に行きたくない。


その後女子が何人か舞って、とうとう

「稔流君」

「はい…」


何この公開(こうかい)処刑(しょけい)?と思いながらホールの中央に出ると、さくらが稔流の正面に立った。


「稔流。私が(かがみ)()わせに()うから、合わせて動け」

「え…?」


ふわ、とさくらが舞う。稔流は、自然にさくらにシンクロするように体が動いた。


……さくらが、綺麗だ。本当に、誰よりも。


《さくら》の名に相応しく、()(ほこ)る花のように美しく。


――――ああ、まるで…


桜の花の、女神様みたいだ――――


パン、と手を(たた)く音と共に、稔流は(われ)(かえ)った。終わりの合図(あいず)だ。

「まあ…稔流君、とっても綺麗ね。お祖母(ばあ)様から習ったの?」

「いいや、私は教えてないよ」


祖母はとても嬉しそうだ。狭依も目を丸くして、胸元(むなもと)でぱちぱちと手を叩いている。

「すごーい!稔流君きれい!」

「あの…微妙(びみょう)な気分だから、出来ればノーコメントでお願いします……」


ふと気付けば、もうさくらは姿を消していた。

さくらは狭依を(きら)っているので、あまり此処(ここ)に居たくないのだろうか。

そして、拓がジト目でこっちを見ていた。無言で「裏切(うらぎり)り者…」と言っている。


こんな練習が放課後何回か続いて、拓がぎー・がしゃんというロボットみたいな動きからどうにか脱却(だっきゃく)出来た頃、本番の秋分の日を迎えた。


「え…?狭依さん、来られないんですか?」

水疱瘡(みずぼうそう)なの」


昨日、狭依は体調が悪いと言って学校も休んでいた。

小さい発疹(ほっしん)がその前日に出ていたのだが、その時には熱はなかったので、ただの()()(もの)だと思ってしまい、病院に行くのが(おく)れたという。


狭依の母親は、残念(ざんねん)そうで、それ以上に心配そうに言った。

普通(ふつう)、一週間くらいで(なお)るものなんだけど、あっという間に発疹(ほっしん)()えてしまって…。もっと長くかかるかもしれないわ。稔流君は大丈夫?」

「はい。俺は保育園の時に軽く(かか)ったので…」

「……。狭依が小さい頃は、まだ任意(にんい)予防接種(よぼうせっしゅ)だったから、受けさせなかったの。この村はそういう子が多いのよ。以前の診療所(しんりょうじょ)は、週3回の通いのお医者さんで、予防接種は受け付けていなかったから…」


母親は、とても後悔(こうかい)しているようだった。《外》の小児科で予防接種を受けていたら…と。

「あの子…泣いていたの。頑張(がんば)って練習したのにって……」

「…………」


稔流は、何と答えれば良いのかわからなかった。

狭依はいつでも、簡単に上手(じょうず)に舞えるのだろうと思ったことを()いた。


何事も、上手な人は軽々(かるがる)と簡単にやっているように見えても、本当はそこに(いた)るまで努力(どりょく)()(かさ)ねているものだ。

狭依もそんな努力家(どりょくか)で、そして今日は年に一度の()舞台(ぶたい)になるはずだった。


「人数が()ってしまったけど、神事(しんじ)としては成立するから、狭依の分まで頑張(がんば)ってくれるかしら」

「……はい」

「全員、いざとなったら舞えるようにって、狭依の舞も練習しでしょう?稔流君に代役(だいやく)(つと)めてほしいの。稔流君が一番綺麗に舞えていたから」

「……………………」


これは予想(よそう)していなくて、稔流は(かた)まった。

狭依の舞は、所々特別な動きがあり、一応みな習ったものの本当に『一応』のレベルでしかないからだ。

本番という緊張(きんちょう)の中、間違(まちが)えずに舞えるかどうかはかなりあやしい。


正直、一日巫女に抜擢(ばってき)された時には冗談(じょうだん)じゃない、神事がどのくらい重要なものなのかは知らないが、変な理屈(りくつ)で『男ではない清らかな者』にされてしまって、女装までして巫女舞を強要されるなんてセクハラでパワハラだと思っていた。


でも、稔流がやりたくなかった巫女舞を、(おど)れなくて(くや)しい、(かな)しいと、今頃(いまごろ)()せりながら狭依が泣いているのだと思うと、もうゴチャゴチャ言うのは見苦(みぐる)しいことくらいはわかる。


「…わかりました。やってみます」

「それから…」

狭依の母は、言いにくそうに続けた。


「拓君も、水疱瘡(みずぼうそう)で来られないの。今小学校の方で流行(はや)っているみたいで……狭依もだけど、どこかで(もら)ってしまったみたい」

「…………」


拓の方は、ギリギリ(まぬが)れて布団の中でガッツポーズしているのだろうと、稔流の眉間(みけん)(しわ)()った。

とにかく、八人の舞手(まいて)がふたり()って六人になった。見映(みば)えが良いように立ち位置を変えるしかない。


「代わりに出てやる。拓はどうでもよいが、私も狭依の舞は出来る」


「さ…」

くら、と言い切る前にどうにか飲み込んだ。


さくらは、もう巫女の衣装を着て、()()()を後ろで(たば)ねて花で(いろど)られた(かんむり)(かぶ)っていた。

「狭依でなくて()まないが、いないよりはいいだろう」

「…いいえ。助かったわ。お願いね」


狭依の母が何の違和感(いわかん)もなく言ったので、稔流は(おどろ)いた。

狭依の母にはさくらが見えているし声も聞こえている。でも()()()()()()()()()ことには気付いていないのだ。

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