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第73話 巫女舞(二)

 練習が始まった。

 指導者は稔流の祖母と狭依の母だ。


 祖母は、比良の三の分家の出身だ。

 一方、狭依の母は5代前に波多々本家から《外》の神職の家に嫁いだ娘の子孫という、《客人》と《帰ってきた者》の中間のような存在だった。

 だが、これくらい世代が離れている里帰りは、《神聖な客人(まろうど)》として迎えられるのだそうで、実に息の長い里帰りだ。


 両者共に、神事に関係する宇賀田と波多々の出身ではない。でも、出自が何処であれ、波多々や宇賀田に嫁いだ女は、子孫へ舞の技能を伝えられるように、自らも習得するのが習わしだ。


 一日巫女たちは、伝える使命を持ったふたりの女性の舞を、真似(まね)て動く。

 ゆったりとした動きなのに、案外(つか)れるんだな、と稔流は思った。


「……逆か。ゆっくりだから、疲れるのか……」


 太極拳と同じような理屈なのだろう。キビキビ動く方が実はやりやすい。ゆっくりと途切れることなく絶え間なく舞い続ける、それだけで汗が滲んで体温が上がる心地がする。


「そうよ、稔流君。良く気が付いたわね。余計な力が入ると疲れ易いから、体の使ってないない部分の力を、上手く抜くのがコツなのよ」


 狭依の母が上品に笑う。どこをどう見ても、狭依の母。狭依が末っ子で更に上に二人の子供がいると聞いているが、かなり美人で年齢が謎だ。


「それじゃあ、ひとりずつ舞ってみて」

「げっ」


 と稔流の隣で拓がカエルのような音を出したが、ただ真似させるのではなく、ひとりひとりをしっかり指導してくれるのだろう。


 まずは、狭依。

 流石は現役の巫女。優美で滑らかな動きは、とても洗練されたものだと素人の稔流が見てもわかる。昨年の神事に参加していたので、本当は今回特別に練習をしなくても、いつでも舞えるのだろう。


「宇迦の姫神様って、あんな感じなのかなあ……」


 拓がボーッと呆けているのを見て、去年狭依以外がその他大勢に見えたのは、元から狭依しか目に入らない拓の個人的な感想である可能性が出て来た。

 狭依の舞が素晴らしいので、対比して女装の一日巫女が悪目立ちしたら、当分学校に行きたくない。


 その後女子が何人か舞って、とうとう

「稔流君」

「はい……」


 何この公開処刑? と思いながらホールの中央に出ると、さくらが稔流の正面に向かい合って立った。


「稔流。私が鏡合わせに舞うから、手本にして舞ってみろ」

「え……?」


 ふわ、とさくらが舞う。稔流は、自然にさくらにシンクロするように体が動いた。


 ……さくらが、綺麗だ。本当に、誰よりも。

 《さくら》の名に相応しく、咲き誇る花のように美しく。


 ――ああ、まるで……

 桜の花の、女神様みたいだ――


「そこまで」

 パン、と手を叩く音と共に、稔流は我に返った。終わりの合図だ。


「まあ……稔流君、とっても綺麗ね。お祖母様から習ったの?」

「いいや、私は教えてないよ」


 祖母はとても嬉しそうだ。狭依も目を丸くして、胸元でぱちぱちと手を叩いている。

「すごーい! 稔流君きれい!」

「あの……微妙な気分だから、出来ればノーコメントでお願いします……」


 ふと気付けば、もうさくらは姿を消していた。

 さくらは狭依を嫌っているので、あまり此処に居たくないのだろうか。

 そして、拓がジト目でこっちを見ている。無言で「裏切り者……」と言っている。


 こんな練習が、放課後何回か続いき、拓がぎー・がしゃんというロボットみたいな動きからどうにか脱却出来た頃、本番の秋分の日を迎えた。


「え……? 狭依さん、来られないんですか?」

「水疱瘡なの」


 昨日、狭依は体調が悪いと言って学校も休んでいた。

 その前日に、小さい発疹(ほっしん)が、額の生え際にひとつ出ていたのだが、その時には元気だったのでただの吹き出物だと思ってしまい、病院に行くのが遅れたという。


 狭依の母親は、残念そうで、それ以上に心配そうに言った。

「普通、一週間くらいで治るものなんだけど、あっという間に発疹が増えてしまって……。もっと長くかかるかもしれないわ。稔流君は大丈夫?」

「はい。俺は保育園の時に軽く(かか)ったので…」

「……。狭依が小さい頃は、まだ任意の予防接種だったから、受けさせなかったの。この村は、そういう子が多いのよ。以前の診療所は、週3回の通いのお医者さんで、予防接種は受け付けていなかったから……」


 母親は、とても後悔しているようだった。《外》の小児科で予防接種を受けていたら……と。

「あの子、泣いていたの。頑張って練習したのにって……」

「…………」


 稔流は、何と答えれば良いのかわからなかった。

 狭依はいつでも、簡単に上手に舞えるのだろうと、勝手に思っていたことを悔いた。


 何事も、上手な人は軽々と簡単にやっているように見えても、本当はそこに至るまで努力を積み重ねているものだ。

 狭依もそんな努力家で、そして今日は年に一度の晴れ舞台になるはずだった。


「人数が減ってしまったけど、神事を止める訳にはいかないから、狭依の分まで頑張ってくれるかしら」

「……はい」

「全員、狭依の舞も練習しでしょう? 稔流君に代役を務めてほしいの。稔流君が一番綺麗に舞えていたから」

「……………………」


 これは予想していなくて、稔流は固まった。

 狭依の舞は、所々特別な動きがあり、一応みな習ったものの本当に『一応』のレベルでしかないからだ。

 本番という緊張の中、間違えずに舞えるかどうかはかなりあやしい。


 正直、一日巫女に抜擢された時には、冗談じゃない、神事がどのくらい重要なものなのかは知らないが、変な理屈で『男ではない清らかな者』にされてしまって、女装までして巫女舞を強要されるなんて、セクハラでパワハラだと思っていた。


 でも、稔流がやりたくなかった巫女舞を、出来なくて悔しい、悲しいと、今頃伏せりながら狭依が泣いているのだと思うと、もうゴチャゴチャ言うのは見苦しいことくらいはわかる。


「……わかりました。やってみます」

「それから……」

 狭依の母は、言いにくそうに続けた。


「拓君も、水疱瘡で来られないの。今小学校の方で流行っているみたいで……狭依もだけど、どこかで貰ってしまったみたい」

「…………」

 

 拓の方は、ギリギリ免れて布団の中でガッツポーズしているのだろうと、稔流の眉間に皺が寄った。

 とにかく、八人の舞手がふたり減って六人になった。立ち位置を変えるしかない。


「代わりに出てやる。拓はどうでもよいが、私も狭依の舞は出来る」


「さ……」

 くら、と言い切る前に、どうにか飲み込んだ。


 さくらは、もう巫女の衣装を着て、黒い髪を後ろで束ねて花で彩られた冠を被っていた。

「狭依でなくて済まないが、いないよりはいいだろう」

「……いいえ。助かったわ。お願いね」


 狭依の母が、何の違和感もなく答えたので、稔流は驚いた。

 狭依の母には、さくらが見えているし声も聞こえている。でも()()()()()()()()()ことには気付いていないのだ。

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