第72話 巫女舞と座敷童(一)
「ねえ……たっくん」
「何だよ……魔王」
稔流は、いっそ魔王だったらよかったんじゃないか、と思いながら答えた。
「何で、俺が巫女舞やんなきゃいけないの?」
「俺に聞くな……知ってんだろ」
「まあ、おばあちゃんから聞かされたけどさ……」
稔流は遠い目をした。
知っているのと、納得するのとでは、違うのだ。
「何で、女装しなきゃなんないの……?」
「巫女舞だからだろ……」
「何で、自分の誕生日に女装で巫女舞……?プレゼントじゃなくて罰ゲームだよね……」
「あ~、魔王でも同情するわ。予祝でハピバ」
「どうも……」
稔流と拓がふたりでだるるんと|壁にもたれているのは、天道村公民館のホールだった。
今から、ここで秋分の日の神事で奉納する巫女舞の練習が行われる。
この|神事限定の一日巫女の基準は
一 数え十三から十九までの少女であること
二 波多々および宇賀田の家格が高い順から八名選ぶこと
天道村の昔の習俗では、数え十五で成人とされたが、実際に嫁入りする年齢は数え二十でも遅くはなかったので、つまりは未婚女性という意味だ。
そして、稔流と拓に降りかかった不幸は、次の掟による落とし穴だった。
三 家格が本家および一から三の分家から選ぶことを優先し、それ以下の分家に該当年齢の少女がいても、家格が上の『男ではない者』が選ばれる
「俺、自分が男じゃないとか考えたこと無かったんだけど?」
「今からDT卒業したら、清らかじゃなくなって男にカウントされるけどな」
稔流は思わずむせた。
婚約者が座敷童なので、そんな生々しいことは考えたことがなかった。
「喘息?」
「違う……」
神事的には、《《身が清らかであれば》》成人前なら男子であっても巫女装束を着れば少女と同じという理屈。
とにかく、家格が高く清らかであることが肝心なのだ。
去年に稔流と拓が免れていたのは、三までの分家に条件に合う女子がいたからだ。
今年はふたりが他県の高校に進学して下宿生活になり、空いた穴を埋めるのが稔流と拓になってしまったのだった。
「魔王はいいよな……化粧すれば映えそうじゃん」
「あんまり男らしくない顔だからね……|映える気はしないけど。たっくんの方が童顔だからそれっぽくなるんじゃない?」
「ならねえよ!この、俺の逞しい眉毛を見ろよ!」
確かに、拓は童顔ながら『男』を主張する顔をしている。
「たっくんどんまい……」
「マインドに決まってんだろぉぉぉ!!」
「あ、稔流君、たっくん、ちゃんと来たんだね」
巫女舞のセンター・狭依が笑顔でやって来た。
「逃げたかったけどね…」
稔流の場合、曾祖母が「曾孫の神楽舞を見られるなんて、わたしゃ幸せ者だ」と涙ぐんで言うので、逃げる選択肢は無くなった。
拓は、本家の息子ですら逃げなかったのに、二の分家が逃げられるはずが無い。
「大丈夫だよ!結構白くお化粧しちゃうから、誰が誰だかわかんなくなるよ」
「それは無い。去年だってセンター狭依とバックダンサーだったじゃん」
去年の神楽舞を、稔流は見ていない。
神事のみで、屋台が連なるような賑やかな祭ではないし、一般開放してはいるが、必ず見に行かなければならないものではない。
取り敢えず、稔流は少し安心した。
拓の記憶が、輝くセンター狭依とバックダンサーで合っているならば、稔流は一層影が薄い感じに神楽殿の隅で適当に揺れていればいいと思う。
幸い撮影禁止の神事なので、友達が見物に来ても翌日学校で冷やかされるだけで済む。
……それでも、イヤだ。
稔流は、膝を抱えて顔を伏せた。
とにかく、さくらに見られるのがイヤだ。
笑われたりしたら、絶対に落ち込む自信がある。
自分の誕生日に好きな子に女装を見られて笑われるなんて、罰ゲームを通り越して呪いなんじゃないか。
「笑わないよ」
気が付けば、いつの間にか稔流の隣でさくらが同じように膝を抱えて座っていた。
「稔流は、拓の百倍綺麗になるぞ」
「嬉しくない……」
稔流は、別に映えなくていい。
「さくらが踊れば、誰よりも綺麗なのに……巫女じゃなくて神様だけど」
「魔王、さっきから何ひとりでブツブツ言ってんの?現実逃避?」
しまった、声に出していた。
「誰が魔王……?馴れ馴れしいな」
「お前だってたっくん呼」
「だから何……?もう一度言ってくれるかな。二の分家……」
「うわあああああすみません!!」
拓、土下座。
「稔流く~ん、拓く~ん!こっちだよ~!」
狭依が満面の笑みで手を振っているので、ふたりともトボトボとそっちに行くことにした。
何故か、さくらも付いてくる。
(さくら、どうしたの)
ポケットの中には、いつも椿の花の巾着袋。
「どうしたも何も、『さくらが踊れば誰よりも綺麗』なのだろう?」
さくらの頬がほんのりと赤い。
(踊り方、知ってるの?)
「当たり前だ。私が今まで何回これを見てきたと思ってる?」
さくらは、座敷童で、小さな神様だ。
だから、毎年ちゃんと見に来ていたのだろう。