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第70話 学校で怪談(九)

 その後軽めの怪談が続き、次は10人目。何故か魔王と呼ばれる狐の子・宇加賀稔流。


 ――のはずだったのだが。

 誰も気が付かない11人目・座敷童さくらが、不意に語り始めた。


「知っている者もいるだろうが、昔この村には入れ墨の習慣があった。時と共に彫り師が減って(すた)れたが、お前達の曾祖父の世代なら、何人かはそういう男がいたものだよ。……でも、どうして入れ墨の伝統が受け継がれてきたのか、意味は知ってるか?」


 この話も、全員誰も知らなかった。

 意味も由来もわからないのに、ただ昔からの慣習だからと現代まで続いているものは、この村にはいくつもある。


「入れ墨は、この村の先祖のひとつ、海戦で敗れた海人族の習わしだ。千数百年も昔から形だけ続いてきたから、山奥に隠れた子孫達は、既に海のことなど覚えていない。入れ墨が必要だったのは――」


 さくらは、言った。 

「水死体になった時、誰なのか見分ける為だよ」


 あっさりとした口調が、返って怖い。


「海でふやけて(ふく)れ上がった水死体は、それは酷い有様でな。顔を見ても誰だか分からないこともある。まあ、見るものではないよ。腐った所から、魚やら貝やらに食われているしな。――だが、見分ける方法はある」

「…………」

「入れ墨だよ。個人ごとに模様が違うから、同じ入れ墨は存在しない。だから、皮膚が剥がれ落ちていなければ、必ず誰の死体か(わか)る」

「…………」

「終わりだ」


 さくらは、蝋燭を一本ふっと吹き消した。

 何とも重苦しい、四十九プラス一物語に相応(ふさわ)しい空気が漂った。


「えっと、次は俺だよね」

 さくらが本格的過ぎた……と思いながら、稔流は話し始めた。


「俺が、塾の先生に聞いた話。受験って、受験票さえあればどうにかなるんだ。筆記用具を忘れても、言えば貸してもらえるし。でも、教え子の受験生には、コンパスと三角定規のセットも持っていくようにアドバイスしたんだって。募集要項には書いてないし、実際使わないんだけど」


 中学受験というものも、秘境の村の子供達は誰も知らない。

「じゃー、何で持っていくんだよ」

「ほかの受験生を動揺させるためだよ」

 

 稔流は、不自然じゃない程度に明るめの声で言った。あまり明るくすると、無理をしている感が出てしまう。


「それを受験会場で見た他の人は、『えっ、あんなの持ち物に入ってたっけ? 自分は忘れてきたんだろうか?』って軽くテンパるんだよ。大きな塾だったから、周囲には何人もコンパスと定規を机の上に置いてある子がいるからね。……本番って、ただでさえ緊張して、実力を出し切れない人が多いのに、それ以上にテンパったら、……どうなると思う?」

「……………………」

「問題用紙が配布される前から、もう心理戦が始まっているんだよ。受かるかどうかギリギリの子は、一点の差が合否を分けるから、精神状態って重要なんだよね。だって……」


 稔流は、にこり笑った。


「入試は、学校に入れる為にあるんじゃないんだよ。定員以外の受験者を、()()()()()()()んだから……」


 秘境の子供達の、10秒の沈黙。


「東京こえええええ!!」

「ズルじゃん! そこまでして受かりたいのか!?」

「ズルじゃないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()し、そこまでして受かりたいよ。受験には猛勉強が必要だし、塾も親が課金してくれてるんだし、元を取りたいよね。受験()()、っていうじゃない? 受験会場は、戦場なんだよ。……おしまい」


 稔流は、ふっと蝋燭の火を消した。


 皆、黙った。都会とは、殺伐(さつばつ)とした戦争が繰り広げられている異界なのだ。

 そこから村に爽やかに帰還した宇賀田稔流は、狐の子で魔王なのだ。


「これで一巡か。じゃー、また俺からな」

 大彦は言った。


「昭和に流行った人面犬ってさー、実はtkb大学から逃げ出した人間と犬のキメラなんだぜ」

「大彦君……これ名誉毀損にならないかな……」


 怪談はひとりにつき五話だったので、本格的なものから笑いをとるものまで、心霊ものからサイコホラーまで、様々なものがあって適度なスリルを満喫しながら終盤を迎えた。


「これって、波多々か宇賀田の方が詳しいと思うんだけど……」

 まだギャランドゥではない鳥海秀樹が話し始めた。


「座敷童って、白い座敷童と赤い座敷童がいるっての、聞いたことないか?」

「俺は知らないけど……?」


 稔流はもう二年ほど、婚約者の座敷童とひとつ屋根の下で暮らしているが、そんな話は聞いたことが無い。


「あたしもー」

「俺も……」

 宇賀田姓の姫華と拓も知らない。波多々の佐助も知らないし、本家の狭依も首を傾げる。


「うちに座敷童がいたっていう話はいくつか伝わっているけど、色のことは聞いたことないよ?」

「まあいいや。ずいぶん昔の噂だから、信じるか信じないかはあなた次第ってことで」

 秀樹は続けた。


「白い座敷童に()かれた家は、栄える。でも赤い座敷童に憑かれた家は、滅びる。家が(かたむ)くとかいうレベルじゃなくて、皆殺しにされる」


 ……みなごろし。


 本当なら、洒落にならない怖い話だ。


「っていうか、皆殺しで滅びた家があるって、俺が小さい頃にひいじいちゃんが言ってたんだよ。ひいじいちゃんも誰かから聞いたらしいから、出所がわからないんだけど」

「滅びたって、どこの家だ?」

「それが……さあ」


 秀樹は、言いにくそうだ。

「もうひいじいちゃんとっくに墓の中だから、怒んないでくれよな」

「いーから言え」

「……波多々の本家」

「え?」


 皆の注目を一身に浴びて、狭依が(まばた)きをした。


「えぇと、私の家?」

「うん」

「続いてるんだけど……?」

「うん」

「本家じゃなくても、皆殺しなんていう話、聞いたことないよ……?」

「だよな。俺も変だなあって思っただけ。終わり」


 秀樹が蝋燭を1本吹き消して、次。


「じゃあ……私の最後のお話ね」

 口調が既にホラーな感じの文子が言った。


「実はね、専門の知識や特別な力が無くても、人を呪うことは出来るの……」

「……………………」

「お坊さんも神主さんも、陰陽師も関係ないし、藁人形も使わないし、呪いたい相手の髪の毛も必要ないの。……だって、とっても簡単に、()()()()()()んだもの……」


 鳥海秀樹は、文子のどんな所が好きなのだろうか。この、過剰な感じにミステリアスな雰囲気がいいのだろうか。


 文子は言った。

「それはね、本人に面と向かって、『あなたを呪っています』って言うの。それだけよ。……おしまい」


「ちょっと待て」


 拓が止めた。怖がりなのだから、余計なツッコミはしなければいいのに、気になって夜遅くまで眠れなくなるタイプ。

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