第66話 学校で怪談(五)
――――封印。
何て、厨二病を刺激してくれる言葉だろうか。
問題は、厨二病で済ますには、あまりにもガチな雰囲気だということなのだが。
誰もが言いたくなかったことを勇敢にも口にしたのは、空気を読む思い遣り深い男・比良涼介だった。
「多数決で決めたら、駄目な案件じゃね……?」
そんな気がする。
涼介と同じ比良の文子が、冷静に続きを引き受けた。
「お札が何枚かあるけど、梵字なら本家のお坊さんが読めるんじゃない?」
「梵字って?」
「これ、サンスクリット語っていう古代インドの文字なの。本家本元のインドではとっくに滅びているのに、日本では真言っていう呪文みたいなものやお墓の卒塔婆に現役で使われてて、インド人からするとそんな日本は最高にロックだそうよ」
「ロックとは」
「梵字のほかは、天道神社の大岩様に彫られている、文字か記号かよくわからないものに似てるようなお札もあるけど……」
狭依が言った。
「お父さんかおじいちゃんなら、読めるかも。大彦君、画像を送ってくれたらお父さんとおじいちゃんに、……」
言いかけた狭依は、そこで目を逸らした。
「ううん……無理。私に送信されたら、私が祟られそうだから……」
「…………」
神主の娘にして巫女が、本能で拒んだ。特級呪物確定。
「それ以外の、よく分からん模様の札は道教のものだよ」
不意にさくらが言った。
「道教は陰陽師の領域だな。仏教や神道と混ざって伝わっているから、坊主でも神主でもその術を使うか否かはさておいて、知識くらいはあるだろうよ。比良と波多々の当主に任せておくんだな。手に負えぬようなら、《外》から陰陽師か拝み屋を呼べ。鳥海の人脈で捜せばどうにかなるだろう。素人が焚き上げでもしたら祟られるぞ。――――これで終わりだ。私は次の話を聞きたい」
「オッケー。次は時計回りで順番な」
大彦がさくらの言う通りに蝋燭を一本消したので、稔流は驚いた。
(今のって、みんなに聞こえてるの?)
「聞こえるようにしないと、参加出来ないだろう」
それはそうだ。そして座敷童は人間に混ざって遊ぶのが好きだ。
「さっき言ったのは嘘ではないぞ?上手くやって貰わねば、この村ごと滅びかねんからな」
「……………………」
とにかく次。
「じゃあ……、私ね。心霊ものは苦手だから、昭和時代のお話」
二番手・波多々狭依。昭和時代と言われると、江戸時代みたいに昔に聞こえるのはどうしてなのだろうか。
「昭和時代ってね、都会でも女の人は専業主婦なのが当たり前だったの。旦那さんだけのお給料で、大抵の家が夫婦と子供二人か三人くらいで、中流階級の生活が出来る時代だったの。ひとつの会社で定年まで勤め上げれば、老後の安泰も保証されていたの。だから、奥さんたちは頑張って子供を育てながら、銃後の守りを務めていたのよ」
昭和時代の説明だ。これのどこが怪談なのだろうか。
「だからね、旦那さんは今まで家庭を顧みなかった分、これからは奥さんと仲良く一緒に旅行をしたりして、穏やかな老後を過ごすつもりで、退職した日に最後のお給料袋を持って家に帰ったの。まだ旦那さんはATMじゃなかったから、お給料は現金で手渡しだったのよ」
「……………………」
狭依の未来の夫は、ATMで決定。
「そしておうちに着いたらね、奥さんがニコニコしながら待っていたの。緑の紙を持って。怖いでしょ……?」
稔流はどこかで聞いた覚えがあったが、他の友人、特に男子は知らないようだ。
「緑の紙って何?」
狭依は、厳かに言った。
「離婚届よ」
「……………………」
「専業主婦はお金を稼がないって、馬鹿にする人って結構いるでしょ?でも、結婚20年経ったら、旦那さんの稼いだお金は銃後の守りの奥さんのお陰だって、裁判で請求出来るの。年金も分割出来るわ。だから、その奥さんもどうしても離婚したかったら、40代でもそう出来たはずなの。でも……」
でも……?
「定年退職まで辛抱すれば、旦那さんの退職金も奥さんの権利を主張出来るの。……家をほったらかして家事も育児も丸投げ、『おい』のひと言でご飯もお茶も出て来て当然、夜は飲み会で午前様、出張が増えたのは浮気……奥さんは30年以上耐え忍んでいたのよ。だから、念願の日をやっと迎えられたことが嬉しくって、緑の紙を持ってニコニコして待っていたの。大人の女性の忍耐力と執念って、凄まじいわ……小娘の私には、まだ無理よ。でも、今更奥さんと仲良く旅行なんて、虫のいい事を考えていた男って頭が悪いわね。浮気なんて、車の助手席に髪の毛1本落ちていれば、奥さんはすぐ察するのに。シャツに口紅が掠ってたり、シャンプーや石鹸の匂いが家の物と違ったり。男は、どうしてバレてないなんて思うのかしら……?」
「……………………」
「都会の大人の世界って、ちょっと怖いよね?村八分ほどじゃないと思うけど……ふふっ、おしまい」
狭依が、一本蝋燭をフッと消した。
『村一番の器量好し』の怪談は、田舎の中学生男子には、サイコホラーだった。