第64話 学校で怪談(三)
姫華は、一向に構わず言った。
「やるじゃん。あのクソ教師の不倫情報、どっから仕入れた?あたしが証拠掴んできたから、今日大彦に報告するはずだったんだけどなー。うちの中学の音楽教師と小学校の事務の先生と二股とかさあ、学校を密会現場にすんなよ。保健室のベッド、消毒とかヌルい事言ってないで爆速で取っ替えろよな。クソ野郎の金で」
稔流は遠い目になった。さくらも、どっから仕入れたのだろうか。
そして本当に、今更どっちかにしても、大彦経由で鳥海さんの耳に入って免職案件。
「俺は証拠を掴んでるわけじゃないから、報告は任せるよ。あと、女子をもうひとり誘うって聞いたけど?」
「姫仲間で狭依呼んどいたわ。返事待ちだけど」
狭依は中学に入ってからクラスが離れてしまったせいか、久しぶりに名前を聞いた気がする。
「え……狭依さん?、こういうの、乗るタイプじゃないと思ってた」
「姫仲間はスルーかよ」
狭依の名前は、宗像三女神という三人姉妹神のうちの一柱が由来なのだろう。というか、波多々の本家は神職なので、それしか思い付かない。
「市杵島姫の別名で、弁財天と同一視されてる女神様の名前じゃないの?」
「何だ、知ってんじゃん。で、乗るタイプじゃないってのも合ってるけどさ、って、場所変えるわ」
マイペースな金髪の後ろ姿は、稔流が付いてこないとは全然思っていなそうな感じだ。
文子と言い、圧があるタイプの女子じゃないと、旧校舎に勝手に忍び込んでの胆試しは楽しめない気がするのだが、その点狭依はどうなのだろうか?
「何があったか知らねーけど、狭依は小学校の頃から、お前と大彦に嫌われてるかもって思ってるんだよ。狭依が考えすぎってだけなら、別に仲間に入れてもいいだろ?みんなでバカやってる間に、どさくさに紛れて仲良く出来そうじゃん。でも、実は嫌いだってんなら、狭依が可哀想だからほかの女子当たるけどさ」
さすがヤンキー。遠慮せずに直球を投げてきた。
嘘が通用しないタイプは、嫌いじゃない。自分からはあまり女子と関わらない稔流だが、姫華とは何となく親しい。
「俺は嫌いじゃないよ。小学校で転校してきた時、俺も知らない縁談の噂が流れてて困ったから、クラス委員だった狭依さんに、転校生だからって特別扱いしないで欲しいって言ったことはあるけど……それ以上に取られちゃったのかな。大彦君の方は知らないよ。姉弟みたいに育ったって聞いてたし、仲がいいと思っていたくらいだから」
「あっそ。じゃー、狭依で決定な」
「大彦君は誤解だったの?」
「どっちでもいーんだよ。村八分でもないのに、未来の長が誰かをハブるなんて許されねーだろ。稔流はともかく、大彦は狭依と上手くやる義務があんだよ」
「…………」
ああ……そうか、と稔流は腑に落ちた。
代々の『鳥海さん』は、絶対的な権力を持つ代わりに、村民から絶対に信頼されるように振る舞う義務を果たしてきたのだ。
『鳥海さん』は、君臨していて統治もしていて独裁すらしているけれども、下手な民主制よりも名君の独裁の方が、庶民は安心して暮らせる。
代々の『鳥海さん』という、古代の大王の末裔の名に恥じない長に|治められてきたのが、天道村なのだろう。
だから、秘境の村なのに案外過疎化していないし、小学校から中学校まで1学年につき3クラスの数の子供がこの村で今も育っている。
稔流は、元々縁談の話は、大彦と狭依の組み合わせだったことを思い出した。
「狭依さんが、大彦君のお姉さんや小さいお母さんみたいにしなければ、大丈夫なんじゃないかなあ……」
「それな。狭依は世話好きすぎて、天然にノンデリやらかす事あるんだよ。でも、狭依はいい女だよ」
いい女、という言葉のチョイスが、大人っぽいというか、妙に生々しいというか、女の子の方が先に大人になるという話は本当なのかもしれないなあと、稔流は思った。
稔流はさくらと結婚する為に、早く大人になりたいと思っているけれども、それは数え十五歳までだ。実年齢なら十三歳の正月で数え十五に達するのだから、子供と言っていい年齢だ。
稔流は、その先を知らない。
狐の嫁入りのように、ふたりで何処かとても遠い所に行く、としか。
きっと、周囲の友達は皆、自分が十八歳で成人して高校を卒業するとか、就職するとか、それ以降のこととか、きっと何かしら想像しているのだろうけれども、稔流にはそれがない。
「……俺には、人間としての未来は、無いんだよ」
稔流が数え十五を迎える正月まで、あと半年を切った。
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何も」
「稔流って、独り言が多いよな。まあ、あたしらには独り言に見えてるだけかもしんないけど」
姫華はなかなか鋭い。でも、深入りはしてこない。
不良の多くは訳ありで、本人が語らない限り踏み込まないのが、不良なりの優しさなのかもしれない。
だから、少しだけ本当の事を言いたくなった。
「独り言のこともあるし、そうじゃないこともあるよ」
そして、来年の今頃、稔流はもうこの学校にはいないのだろう。