第62話 学校で怪談(一)
宇賀田稔流、数え十四(中学1年)の夏。
授業中に、後ろの生徒からちょんちょんと背中をつつかれた。
そして、折り畳まれた紙を、いかにもコソコソした|雰囲気で渡された。
稔流が八つ折りのそれを静かに開いてみると、そこには『メンバー募集』と書いてあり、既に何人かの名前が書いてあった。
何のメンバーかというと、
《懐かしの旧校舎で百物語っぽいことやろうぜ》
日時:8月16日・19時~
集合場所:天道神社の鳥居前
持ち物:懐中電灯・持ってるやつはスマホ・その他各自
定員:先着10名
~やり方~
1 ひとりずつ怪談を語る
2 語ったら1本ろうそくの火を消す
3 2を五十回やる
4 ちなみに百物語の場合は九十九本で終わらせる。百番目を語ってろうそくを消すと怪異が現れるから
5 これは簡易版だから、四十九本で終わらせないで五十本全部消して怪異が出るかどうかやってみる
6 無事なら自分の家に生還(予定)
「今年もやるのか。大彦も懲りないな」
と、隣の席から声が聞こえてきた。
ついさっきまで誰もいなかったはずの席で、いつの間にかさくらがいて頬杖を付いていた。
(懲りないって言うか……寧ろ好きなんじゃないかなあ、こういうの)
と稔流は心の声で答えた。
ポケットの中にはずっと、さくらの椿の花びらを巾着袋に入れて持ち歩いている。これを持っていると、稔流は心で伝えたいと思ったことを会話のように返すことが出来る。
このイベントは昨年にもあった。小学校を卒業する前に、何か夏の思い出を作っておこうという事で、大彦と稔流を含む5人でやったのだ。
確かに夜の旧校舎はそこに建っているだけで怪しい怖さを醸していたし、中に入るのも探検のようで、怖いのとワクワクするのと半々でいい思い出になったと思う。
――――大彦と稔流にとっては。
というのは、前回は最後の一本を残して終わりにするつもりが、さくらがふざけて最後の蝋燭を吹き消してしまったので、真っ暗な部屋に稔流とさくら以外の悲鳴が響き渡ることになったからだ。
大彦はその怪奇現象(?)も含めて楽しそうだったが、結局それは大正時代に建てられた古い木造校舎なので、隙間風でたまたま火が消えたのだろうということで落ち着いた。
……というか、そういう事にしておかないと怖すぎたので、うやむやになったのだ。
因みに、その時のメンバーは天道小学校6年2組の男子児童5名で九十九話にするつもりだったのだが、5人で九十九話は多すぎた。
10周待たずにネタが尽きて、後半はグダグダと雑談になってしまったので、今年は人数を倍にして、且つ話の数は半分に減らしたのだろう。
「稔流はどうするのだ?」
(参加で……。俺は定員オーバーでも巻き込まれるんだろうし)
去年、神隠しの前例がある稔流は、帰りが遅いと心配されそうで乗り気ではなかったのだ。
でも、いつの間にか《王の末裔》の親友ポジションになっていた《降臨する狐の子》は『鳥海さんちでお泊まり会』の名目で黒ベンツがお迎えに来てしまったので、今年も選択権は無いと思う。
回ってきた紙には、大彦の他に中学になってクラスが離れてしまったふたりも含めて、昨年の四名の名前は先に書き込まれていた。
1 鳥海大彦
2 比良涼介
3 波多々佐助
4 鳥海秀樹
今回はそのほかに
5 比良文子
6 宇賀田姫華
とふたりの女子が加わっている。
(意外だなあ。姫華さんはともかく、文子さんってこういうの鼻で笑いそうなタイプだと思うんだけど)
稔流が『ともかく』と言った宇賀田姫華は、小学生の頃からヤンキーだった。稔流が引っ越してきた時には既に金髪で、
「お前、いい髪色してんな。カラコンいらねーとか超うらやましいわ」
と、向こうから挨拶された。
教師から注意されても、
「宇賀田がきつね色で何が悪いんだよ。地毛だっつーの地毛。大兄さんがいいって言ってるんだからいーんだよ。文句なら大兄さんに言えよ」
と、宇賀田だから地毛(本家から遠いので自力で染めている)、そして通称大兄さん(鳥海さんの高貴な長男という意味)と呼ばれている大彦の父を味方に付け、教師を黙らせてきた強い女だ。
大兄さんは、中学高校と若気の|至りでリーゼントでキメていたので、姫華の金髪にもOKサインを出すしかない。
「意外でもないよ。文子は姫華と仲がいいではないか」
そう言えばそうだった、と稔流も思い出した。
文子は長い髪をキッチリとお下げにして銀縁眼鏡という、とてもわかりやすい優等生なのだが、何故かヤンキー姫華と仲が良い。
「誘われたのは、姫華の方だろうよ。文子は秀樹の嫁だからな」
「え!?」
稔流は、やっちゃった感に変な汗を感じた。
天道村の梅雨は、温暖化をものともせずに梅雨寒で、今日もそうなのに。
だが、驚いてつい声を上げてしまったので、生徒と教師の全員の注目が稔流に集まっている。
「宇賀田稔流、どうかしたか?」
苛ついた様子の数学教師が、チョークを手にしたままジロリと稔流を睨んでいる。
大彦とは違う意味で、稔流は小学校から引き続き『特別な配慮』が必要な生徒であるとされており、それを面白く思っていない教員もそれなりにいる。
はあ、と稔流は小さく溜め息をついた。嘘は苦手だ。思い付かないので、本当の事を言った。
「神様の声を聞いていました」
静まる教室。そして続く、ひそひそ、コソコソというさざ波のようなざわめきが、『毎回ながら』未だに慣れない。
「何だ、それは。神懸かりとやらか?」
あからさまに馬鹿にした口調だが、馬鹿でいいからさっさと授業に戻ってほしい。が、
「ふふ、私の稔流に喧嘩を売るとはいい度胸だ」
さくらが笑った。――――否、笑っていない。