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第60話 あの子の思い出(二)

 子供だけ残して母親は行ってしまい、そこには狭依も含めて()()()()()()()の子供が残された。

 そのうちひとりは、小学校高学年か中学生くらいのお姉さんだったので、母親はそのお姉さんに子供を預けたのかもしれない。


「みのるくん」

 その子は小さかったから、背の高い狭依の方が少し(かが)んで視線を合わせた。


 つぶらな、綺麗な金茶色の瞳だった。髪の毛も同じ色で、天童村では『きつね色』と言われていた。

 宇賀田の家には時々そういう《狐の子》が生まれるらしい。


「おねえちゃんと、いっしょにあそぼ?」

「…………」

 だが、その小さな狐の子は、きゅっと唇を()んで、背を向けて走って行ってしまった。


「ばーか」


 背後で、大彦の声がした。


「おまえ、ねーちゃんじゃないだろ。うぜえ」

「ちっちゃい子だったから……」

「あいつ、オレらとおなじだろ。年少組」

「え?」


 大彦とほかの子供達は、稔流を追いかけて行ってしまい、狭依だけがぽつんと残された。

 そして、稔流の年齢については後で知った。


 狭依と大彦は、4月生まれなので当時4歳になっていたけれども、稔流は9月生まれでまだ3歳だったのだ。

 そして、生まれた時からとても小さかったとのことで、『ぜんそく』という病気もあるから病院に通っているのだと。


「どうしよう。2さいくらいかなって思ったから……」


 後悔した狭依は、大彦に聞いてみた。稔流の年や、生まれつき小さいことや、病院に通ってることを、既に知っていたのかを。


「あ?みればわかんだろ」

 大彦は、(むし)ろ何でわからないんだ?という顔と口調で答えた。


「びょーいんはしらねー。けど、おなじ年少のやつにねーちゃんぶられたら、おとこのプライドがきずつくだろ」


 どうやら、誰にも聞いていないのに、大彦にとっては「みればわかる」ことだったらしい。

 まだ幼かった狭依が無神経というよりも、大彦はこの頃から勘のいい子供だったような気がする。


「でも、ちっちゃかったから……」

「ちっちゃいちっちゃいうるせえよ」

 大彦は、本当に(うるさ)そうに顔をしかめた。


「あいつには、オレらがでけーんだよ」


 確かにそうだった。同じ年少組でも、4月生まれの狭依と大彦は大きいし、大彦はに年長組に紛れ込んでも違和感が無い長身だったから。


「おまえ、『あそんであげる』ってかんじ、えらそうなのムカつく」


 畳み掛けられて、狭依はしょんぼりとした。

 初めて会った金茶色の子にも、きょうだいみたいに育った大彦にも、嫌われたと思って、悲しくなった。


「あーもー!なくな!」


 大彦に頭をぐしゃぐしゃされて、せっかく母に結ってもらった髪の毛が(みだ)れてしまった。

 今思えば、頭を()でて(なぐさ)めてくれたのかもしれない。



 稔流の父親は忙しいようで、一泊だけで先に帰ってしまったけれども、稔流と稔の母は数日残った。


「うわあああん!こわいー!おっきいハエーーー!!」

「ちげーよ!セミだっての、セミ!!」


 虫かごの中で、ビビビビ、ジジジジと暴れ回るセミを見て、稔流はギャン泣き。

 でも、カブトムシやクワガタは、自分で触るのは怖がったけれども、興味津々(きょうみしんしん)(のぞ)いているのが、やっぱり男の子ってああいう虫がかっこいいと思うものなんだなあ、とあまり興味がない狭依は思った。


「うわあああん!ゴキブリーーー!!」

「ちげーよ!カブトムシのメスだ!!」


 大彦も、ほかのこどもたちも、稔流と『いっしょにあそぶ』のが上手だった。

 『あそんであげる』のではなく、一緒に楽しんで、一緒に面白がって、一緒に笑って、一緒に遊んでいた。


 でも――ほかの子は上手、自分は下手、そう思ってしまった時から、ボタンを掛け違えていたのかもしれない。


「にーらめっこしましょーあっぷっぷ!!」

「……。あはははっ!」


 稔流は負けてばっかりだったけれども、楽しそうだった。

 ほかの子の変顔が、傍で見ている狭依も下を向いて肩を(ふる)わせてしまうほど、本気で勝ちに来る変顔だった。


 稔流は、自分で変顔を作るのは恥ずかしそうだったけれども、頑張って面白い顔を作ろうとしている様子が、一所懸命で可愛らしかった。


 そして、その頃には既に『お人形さんみたいに可愛い女の子』の地位を確立させていた狭依にとって、変顔になるのは自分のアイデンティティ崩壊の危機だった。


 変顔の狭依など、狭依ではないのだ。

 結局「あっぷっぷ」は頬を(ふく)らませる程度で終わってしまった。


「猫は好きか?」

「すき!……さわったこと、ないけど」

「猫は、見ているだけでもよい生き物だ。私は猫を吸ったり、ぶにぶにとこねるのが好きだが、好き、可愛い、と思うだけでも楽しいぞ」


 ……ねこをこねる。って何。


 と思ったけれども、言い出した女の子と、元から仲が良さそうだった、大彦よりも少し背が高い男の子が、一緒に歌いながら歩き出した。


 その歌声はとても綺麗で楽しそうで、不思議な別世界へ(いざな)うように神秘的だったのに、ふたりの顔も名前も思い出せない。


 ――――あの女の子と男の子は、誰だったのだろう――――?



(通りゃんせ 通りゃんせ)


(ここはどこの 細道じゃ)

(天神様の 細道じゃ)


 雪が|止んだ夜の空気のように透き通った、鈴を振るような歌声。


(ちっと通して くだしゃんせ)

(御用のないもの 通しゃせぬ)


(この子の七つのお祝いに)

(お札を納めにまいります)


 綺麗な歌声に踊るように、たくさんの子供がくすくすと楽しげに笑っているような気がしたけれども、ほかには誰も見えなかった。

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