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第6話 人ならざるもの(二)

「私が加護を授けたのは、覚えるも忘れるも無いくらい、稔流が小さかった頃だ。なのに、ちょっと目を放した(すき)に、(きつね)河童(かっぱ)が勝手に私の稔流を(さら)って行ったのだから業腹(ごうはら)だよ。……心配した。妖怪のくせに。この世で一番大切なものを失うのが怖いのは、私も人間と変わらないらしい」

「…………」

「稔流だから助けに行ったし、稔流でなかったら、結婚を申し込まれても嬉しいとは思わなかったよ」

「…………」

「夏祭りで、たこ焼きを一緒に食べるか?」

「悪かったね茹で蛸で!」

「悪くないと言っただろう。未来の花婿殿に見蕩(みと)れられるのも悪くない」


 私の稔流とかこの世で一番大切とか花婿殿とか、綺麗だと見蕩れていたのもバレているとか、顔が赤くならないのは無理だ。

 何をどうしたってさくらの方が上手で、その小さな(てのひら)の上で転がされているような気がする。


 かといって、からかわれている訳ではないことも、稔流はわかっていた。

 さくらは、ただとても嬉しいだけなのだ。稔流もまた、そうであるように。


「私は、狐も河童も天の(いかづち)を落として黒焼きにする気満々だったのだが」

「そこまでしなくていいよ! 俺はさくらのお陰で無事だったんだから」

「……と稔流が止めるから、しなかった。そういう優しい心根は、稔流は変わらないな」

さくらは懐かしそうに言って、違う言葉に(つな)げた。


「でも、私は稔流が思っているような、心優しい存在ではないよ。人間が古くから妖怪を恐れてきたのは、恐れる理由が有るからだ。私は人間ではない。美しい誤解をして傷付かぬように、決して忘れてはいけないよ。……私との約束と同じくらいに、忘れないで欲しい」

「………っ」


 やっと再会出来たのに、思い出せなくてもいいと言う。

 思い出して貰えて嬉しいと笑ったのに、プロポーズにも喜んでと返事をしてくれたのに、人間ではないと距離を置こうとする。


 もう、わかったのに。

 稔流が幼なじみと言った時、さくらが不機嫌に見えたのは、怒ったからではないのに。

 本当は悲しくて、悲しみを(かく)そうとして、怒ったように見せるしかなかったのに。


「誤解して傷付くのは、俺だけじゃない、さくらだって……!」




「あらまあ、稔流ちゃんかい?」


稔流は、夢から現実に引き戻されたような気がした。

「……ひいおばあちゃん」


 記憶よりも小さく見える曾祖母(そうそぼ)が、玄関から出てきた所だった。

「よう来たねえ。すっかり大きくなって」

「こんにちは……」


 やはり、遠慮がちな口調と挨拶になってしまった。

 小さい頃は、布団に(もぐ)り込んで昔話を聞かせて貰うほど、懐いていたのに。


「お友達と一緒に上がりなさいな。どれ、お菓子はあったかの」

「え?」

 稔流は、はっとした。


「さくら……?」


 さくらの姿は、そこになかった。確かに、稔流はさくらの手を握り、そして抱き締めたのに。

 さくら自身も、満開の桜の木も春の空も、幻の様に消えていた。


「ううん……俺だけだよ」

「あら、そうなのかい?お(しゃべ)りしている声がしたから、誰かと一緒に来たのかと思ったよ」

「……!」


 曾祖母には、ふたり分の声が聞こえていたのだ。

 稔流に初めて座敷童の話を聞かせてくれたのは、曾祖母だった。この古い家には、昔から座敷童が住んでいると。


 姿は見えないが、誰もいないはずの部屋で物音がしたり、廊下を走り回る足音がしたり、何人かの子供がお喋りをしたりクスクスと笑ったりする声が聞こえると。


(ひいおばあちゃんは、こわくないの?)

(小さな子供だし、楽しそうにしているから怖いと思ったことはないねえ)


(それに、座敷童のいる家は栄えるって言われていてね、この家の者は食べるものに困ったことはないし、流行(はや)り病が来てもひとりも残らんということはなかった。わらじ足だから、兵隊にも取られなかった。だから家が絶えずに長く続いてきたんだよ)


 昔は一家全員が病気で全滅することもあったという恐ろしさを、幼い稔流は理解してはいなかった。

 でも、座敷童は時々悪戯(いたずら)をすることはあっても住み着いた家には(さいわ)いをもたらす小さな神様のような存在なのだと、曾祖母は教えてくれた。


 そして、まだ5歳だった稔流が突然行方不明になり、家族だけではなく村のたくさんの大人達が山に分け入り懸命に捜し、最悪の事態を想定して川や池を調べてみても見付からず、気丈な母でさえ泣き崩れていた、……ところに、稔流はひょっこりと戻って来た。


(神隠し)


(幸いの子か、災いの子か)


(宇賀田の狐の子は――――)


 稔流の記憶では、知らない子に遊ぼうと言われて、かなり強引に連れ去られたものの、始めは楽しく遊んでいた。

 でも、日が暮れてもその子供達は稔流を帰してくれなかった。

 さくらが迎えに来てくれたから、どうにか次の日の早朝に戻って来られた。


 しかし、稔流は1週間も姿を消していたことになっているし、お父さんよりも格好いいと思っていた母まで稔流を抱き締めてわんわん泣くし、何が何だかわからなかった。


()()()みたいに、もう戻って来ないんじゃないかって――――)


「稔流ちゃん、お饅頭(まんじゅう)を持ってきたのかい?」

「え」


 抱き締めた時には全く気にならなかったし、多分無くなっていたはずなのに、その前にさくらの手首を握っていなかった方の手に、つぶあんの饅頭が握られていた。


「えっと…」


 ひとつだけでは、お土産(みやげ)どころか差し入れにも見えない。

 気まずい。どう言い訳しようか。


「ごめんなさい……もらいました……」

 誰から、の部分を言わずに、ぎくしゃくして敬語。


「そうかい」

 曾祖母はあっさりと納得した様子で笑った。


「そういうことも、あるかもしれないねえ。暑いから麦茶でも飲んでいきなさい」

「……うん」


 稔流は、久しぶりに土間に入って柱を見上げた。

 家同様にかなり古いであろう般若(はんにゃ)の面は、(すす)で黒ずんでいてもぼうっと白く浮き上がる幽霊のようで、やっぱり今でも怖かった。


 でも、本当は美しい女性であったろうに、鬼と化した(すさ)まじい形相はただ恐ろしいだけものではなく、


 ――何だか、悲しそうだ。


 幼い日とは、違って見えた。

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