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第49話 金色の少年(一)

 当然、丸13日間の意識不明から目覚めた患者に、医師が退院許可を出すはずがない。

 そして、両親が村の診療所を午後休診にして駆けつけた。


「稔流……っ」

 母が目を潤ませた。気丈な人だと思っていたのに、案外涙もろいんだな、と神隠しの終わりと6歳の誕生日の夜を思い出した。


「お父さん、お母さん。久しぶりだね。1ヶ月半くらいかな」


 稔流は、目を細めて微笑した。

 両親共に、言葉に詰まり、ひとり息子がやっと目を覚ました、その喜びの表情が消えた。


「来ていいの?村にひとりしかいない医者と看護師が病院を放り出して。おばあちゃんとおじいちゃんが交代で俺の傍についていてくれたのも、村にとってお父さんやお母さんの代わりになれる人がいなかったからだよね?そのくらい知っているから、そんな顔しなくてもいいのに」

「…………」


 父も母も、言葉を探した。何から言えばいいのだろう?

 両親共に、稔流が墓地から走り去ってから、一度も稔流を訪ねることはしなかった。そのまま、長い時が過ぎてしまった。


 心配はしたけれども、曾祖母に対しては明るく素直で、学校でも友達が出来て楽しそうだと聞いて、拍子(ひょうし)抜けしたような気分だった。

 もう、両親を恋しがる年頃ではなくなってしまったのだろうかと寂しく思ったが、開業したばかりの病院が忙しく、そちらに気が()れていた。


 稔流が「自分の誕生日が書いてあるお墓なんて見たくない」と叫んだ言葉は、当然で、正しかった。あの時は、何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうし、実際取り(つくろ)う言い訳しか言えないと思い知らされていた。


 産声を上げられなかった娘を、決して忘れてはいけない、居なかったことになどしないと想う余りに、聞き分けが良く大人しい息子への配慮(はいりょ)を欠いていたのは、本当の事だったのだから。


 きっと、稔流が一時は心肺停止になり、村の外の大病院に入院という大事件が起こらなければ、――――そして稔流が目覚めないままだったなら、次に見舞いに来るのは日曜日になっていただろう。

 こんな事故に遭うことなく稔流が元気でいたならば、年末年始の休診期間くらいまでは、結果的に――――放置していたのだろう。


「どうしたの?誕生日も一昨日だったみたいだし、今年はお祝いはいらないよ。……ううん、毎年9月23日は、みのりの冥福を祈る日にしていいよ。俺はお正月の時に年を取ることにするから。俺は次のお正月で()()()()だね。それでいいよ」


 きつね色の目は、金色を宿して笑っている。

 口元も、笑っている。だが、


 ――――笑っているのに、笑っていない。この子は、こんな表情をする子だっただろうか?


 この子は、本当に自分たちが育てた息子なのだろうか――――


「何か勘違(かんちが)いしてるみたいだけど、俺は何も怒ってないよ?」


 ――――だって、もうどうでもいいことだから。

 とまでは、稔流は言わなかった。他意は無いのに嫌味に聞こえてしまいそうだし、わざわざ口にすることでもない。


 これが、さくらの言っていた代償(だいしょう)のひとつなのだろうか?人ならざるものに近付いてゆくことは、人の心を少しずつ失ってゆくことでもあるのだと。


「お父さん、覚えてる?」


 稔流の声に、父は我に返った。

「あ……何かな?」

 稔流は言った。


「誰も悪くなくても、悲しくて(つら)い出来事に出会ってしまう。そういうことも、あるんだよ」


 父は、遠い記憶を呼び覚まされた。

 確か、稔流の7歳の誕生日の直前だった。稔流が突然尋ねたのだ。


(どうして、みのりは死んだの?)


 稔流は、自分とよく似た名前の『みのり』が誰なのか、見当は付いていたのだろう。

 幼い息子の問いに、父は言葉を選びながら、稔流の誕生の経緯(いきさつ)と、死産だった妹がいたことを話した。


 稔流は、その時の父と全く同じ言葉を口にしたのだった。

 しかし、当時の父の意図は違い、稔流のそれは「もうこの話はお終いだよ」という意味なのだとわかった。


「ちょっと疲れた。少し寝るよ。おばあちゃんも疲れてるはずだから、一緒に家に連れて行ってあげて」

 皆、そっと視線をやり取りした後、躊躇(ためら)いがちに「また来るね」と言って帰っていった。




 大彦と狭依が見舞いに来た。


「稔流、久しぶり」

「久しぶり。2週間しか経ってないけど、そんな気がするね」


 狭依は、本当にホッとした表情で言った。

「よかった。元気そうで……」

「うん。元気だから明後日退院なんだよ」

「え?早くね??」

「そうでもないよ。もう何ともないから。明日じゃなくて明後日なのは、ただの様子見だよ」

 稔流は微笑した。


「心肺停止の時間が長いと、何か障害が残る場合が多いからって、色々な検査をされたよ。お医者さんも驚くくらい、何の異常も見付からなかったんだけどね。俺も(ひま)だし、本当は今日にでも帰りたいくらいだよ」


「やめとけ」

 大彦が(さえぎ)って、いつもとは違う深刻(しんこく)な表情で言った。


「……土気色(つちけいろ)、ってやつ?俺、生きてる人間がそんな色になるって、初めて見た。もう、見たいとも思わねえよ。多分、みんなもそう思ってる。トラウマ級だぞ」

「うん……ごめんね。心配かけて」

「狭依も涼介も、泣きまくって大変だったんだぜ?意地でも止めとけばよかったって」

「大彦君!バラさないでって言ったのに!」


 比良亮介は、五十メートル走が始まる時点で、雄太に言えば何とかしてくれる、と言ってくれた友達だ。桜の蹴りでプールにダイブした時も(かば)ってくれた。

 狭依は、一回走った後の稔流の苦しげな様子を見て、二回目は走らずに一回目だけの記録にして(もら)うように言ってきた。


「亮介君の所為じゃないし、狭依さんの所為でもないよ。ちょっと運が悪かっただけだから」

「ちょっとじゃねえだろ!狭依と亮介だけじゃねえよ。俺も終わってからじゃなくて、五十メートル走れって言った時に郷里をぶん殴っておけばよかったって、何度も思ったんだ!」

「大彦君、だめだよ。稔流君を責めに来た訳じゃないでしょ?」


 涼介はこの場にいないけれども、いつも元気な大彦といつもにこやかな狭依が、友達を死なせる所だったという後悔、もう取り返しがつかない思った恐怖を、今でも強く持っていることが伝わってきた。


「先生のこと、ゴリって言うのやめたの?」

「…………」


 大彦は、狭依の方を見た。

(わり)い。こっから男と男で(はら)()って話すから、ちょっと部屋の外に出ていてくんね?自販機と椅子があった辺り」


 狭依は、そんなのずるい、とむくれたけれども、席を外してくれた。

 ドアが閉まって、しばらくしてから大彦が言った。


「稔流、わざとだろ?」

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